貴族の羊はなにとをもふ
第45話 夜1 憧れ
深く眠る少女――リア・グレイシアは夢を見ていた。
その夢は小学年の時、学校裏の森の中で戦闘スキルの練習を一人でしていた記憶だった。
小学年のリアは、どうしても授業で見せられた習ったスキルを使いたかった。
赤い着物を着た老人――ゴバド・ボービルから授業で教わり、あれから数日がたった。
小学年のリアは日が暮れて夜になるまで、ずっと一人でスキルの特訓していた。
赤い着物を着た老人ゴバドが、突き出した拳で巨大な岩をいとも容易くへこませたあの光景が、リアには寝ても覚めても終始頭から離れずにいた。
かっこいい、すごい、自分もやりたい……、と、あのとき味わった身体を駆け抜けていく衝撃波と、骨まで響いていく轟音が、リアには忘れられなかった。
あんなすごいことが出来る自分になりたい、強くなりたい、強くなって今度は逃げたくない……、何者かに家が襲われ、必死なって逃げ出し、全てを失ったあの夜、あのとき自分に力があったのなら、今とは状況が変わっていたかもしれない。
そんな後悔の念が、巨石を前にして特訓を続ける小学年のリアの脳裏をよぎっていく。
ゴバドみたいに強くなりたい……、小さなリアは自信よりも何倍も大きな巨石を目の前にし、傷だらけの小さな拳を握り、構えた。
リアは目を瞑り呼吸を整えて、構えた小さな拳に意識を集中する。
日々鍛錬を怠らず、丁寧に、集中して、気合を入れて……、リアはゴバドからの教えを心の中で復唱する。
これぞ必殺の極意、とゴバドが生徒たちに向けて言った言葉が蘇り、リアの頭の中に響く。
リアは心に感じたまま痛みによって揺れ動く動揺を捨て去り覚悟を決め、ギッと歯尾を食いしばり、小さな拳を力いっぱい握り、意識を集中し、大きな理想を思い描く。
小さなリアの大きな想いの乗った拳が力を宿し、僅かに白く光を放ったように見えた。
リアは弱弱しく発光するその白いオーラに包まれた小さな拳を、目の前の巨石に向かって解き放った。
「必殺ッ!」
リアがそう叫び、白いオーラに包まれた小さな拳が岩肌に触れた。
小さなリアの拳が岩に触れ、皮膚を触り骨に重さが乗る。
打撃の衝撃が拳の先から腕、関節、肩、胸、腰、腿、膝、踵、つま先……、と力の流れと一緒に伝わっていく感覚が、リアにははっきりと分かった。
インパクトの瞬間だけスローモーションになったような、一瞬だが大きな感覚だった。
ドン、と今までとは違う鈍い衝撃音が周囲に響き、止まり木をしていた鳥が飛び立った。
骨が割れた音でもなく、重い鈍器で岩を殴ってめり込んだような鈍く抉るような衝撃音だった。
突き出した拳に意識を集中していたリアは、はっとして顔を上げ、突き出した自分の拳の先を見つめた。
突き出した拳の半分が、巨石にめり込んでいた。
そして、岩にめり込んだ拳に全く痛みはなかった。
岩から拳を引き抜いて、リアは自分の拳を見つめた。
怪我はない、骨も折れてない。
リアは自分の手を開き、閉じ、動くことを確認する。
動く、大丈夫だ……、と、リアは笑みを漏らし歯を噛み締め、しだいに喜びがこみ上げてくる。
小さなリアは成功した嬉しさから手を挙げ、大きな声を上げた。
「やったぁぁできたぁぁ!」
小さなリアはスキルが成功したことに喜び、ひとしきり飛び跳ね、寝転んだ。
老人の声が、突如、喜び転げ回るリアの耳に聞こえた。
「見事だ小娘。必殺の極意のコツをつかんだようだな」
小さなリアが寝そべりながら顔を上げると、そこには赤い着物を着たゴバドが、いつの間に満足げな笑顔を浮かべ、腕を組んで立っていた。
リアは恥ずかしがりながら服を手ではたいて起き上がる。
赤い着物を着たゴバドが、ゆっくりリアに歩み寄る。
リアの打撃によってくぼみの出来た巨石の前で、ゴバドが立ち止まった。
ゴバドは感心し、くぼみが出来た岩を見つめつつ、頷いた。
「まさか口伝と実演だけで子供が<外の力>をここまで習得するとは……。小娘、貴様はなかなか筋が良い」
うなずき、ゴバドは皺だらけのごつい手を、小さなリアの頭の上に置いた。
「この力は<外の力>といって、この世界に存在しない秘められた力の一つだ」
「外の力……」
「今は詳しく知らんでも良い。なんとなくそんなものがあると知っているだけで十分だ」
ゴバドが小さなリアに向けて話を続ける。
「しかし、攻撃というのは当てることが難しいものだ。たとえそれが威力の高いものであっても、当たらなければ意味がない。威力が高ければ高いほど、敵に当てることが困難になってくる」
そう言うと、ゴバドは、下がっておれ……と、リアを後ろに下がらせた。
ゴバドは岩に向かって立ち、深く腰を下ろし、右手で拳を握って腰に構えた。
「このような動かぬ岩は襲ってくる敵のように逃げも隠れもせん。それに素直にこちらの攻撃を受けてくれるから当てることは容易い」
ゴバドの目がするどい眼光を放ち、岩の一点に集中して捕らえる。
「実践では手練になればなるほど確実に仕留める方法に熟知し、攻撃を当てる嗅覚も、感覚も、経験も、積み重なっている。相手が強ければ強いほど、確実に死を狙ってくる者と覚えておけ」
敵というものがはっきりつかめず理解できないままだが、はい、と素直にリアは頷いた。
巨石と対峙するゴバドが拳を構え、続けた。
「今から小娘に見せる技は比較的隙は少ないが当てることが難しい。それに当たれば一撃必殺、今の小娘でもアイアンクラスの冒険者ぐらいなら地に沈めることができるだろう……」
ゴバドが巨石を睨み、続ける。
「力の加減を間違えれば、今の小娘でさえ鍛えた大人に対して確実に死を与えられるほど強力な技だ。むやみやたらに使うではないぞ」
ゴバドがより一層、拳と足腰に力を込め、深く息を吐く。
「理想にある自分を信じ覚悟を決める。又は、命に代えて何かを守ろうとするとき、必殺はより必殺となり、一撃必殺の力となって<外の力>の真価が発揮される」
ゴバドが続けた。
「これすなわち、
ゴバドの身体から白い煙のようなオーラが立ちこめ、陽炎のように構える姿が揺らめく。
ゴバドが白いオーラが濃く纏わりついた右の拳を、叫びと共に一気に突き出した。
「
ゴオオオオオオオ、と白いオーラが纏わり突いた拳がすさまじい轟音を上げて巨石に触れた瞬間、目の前の巨大な岩は破裂音と共に跡形もなく粉微塵に粉砕し吹き飛び、土煙を巻き上げながら更にすさまじい轟音と衝撃音が響き、周囲一帯に地響きと衝撃波が発生して鳥たちが一斉に騒ぎ上空に飛び立ち、森の木々が巻き起こる突風で大きく揺れた。
リアは顔を守るように腕で防いだが、巻き起こる突風とすさまじい衝撃波に押されて吹き飛ぶ。
足を踏ん張り態勢を立て直すが、リアは衝撃波に押されて足が地面を引きずり跡を残す。
衝撃と突風で吹き荒れる中、リアは顔を守る両腕の隙間から前を覗く。
ゴバドが岩を殴っただけで巻き起こしたすさまじいその光景に、彼女は心が高鳴った。
数日間、あれだけ苦労してやっと拳の形だけ残せた巨石が、一瞬にして粉々になり吹き飛んだ。
土煙と粉々になった岩の粉が上空に巻き上がり、粒ほどになった岩の破片が上空から降り注ぎ、周囲にパラパラと散らばる。
純粋な目に映る赤い着物を棚引かせて佇む老人の姿を、リアは一生忘れないだろうとその時思った。
かっこいい……、リアはただ純粋にその強大な強さに憧れた。
巨石を軽々砕いて見せ、佇むその老人はとてつもなくかっこよかった。
リアは骨まで響き渡った衝撃の余韻を感じながら、しばらくその姿に見とれてしまっていた。
そして今、リアは深い眠りから目覚めた。
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