第46話 夜2 貴族の羊はなにとをもふ1
丘に
朽ち果てた教会の高い天井は部分的に崩れ抜け落ち、そこから差し込む柔らかい月の光によって、荒れ果てた教会内部の古びた祭壇が寂しげに照らされている。
左右の側廊の壁には所々硝子の割れた釣鐘窓が並び、月夜の空が覗いていた。
側廊内側の身廊には、今にも崩れそうな大きな支柱が立ち並ぶ。
会衆席には朽ち果てた木製のベンチだった物の残骸が散らばっている。
身廊からまっすぐ突き当たる出入り口の二枚扉は、片方がうまく嵌っていないのか、僅かに開いた隙間から月の明かりが差し込み、薄暗く埃の舞う床を照らす。
誰にも使われず、ただ崩れ落ちるのを待つだけの、朽ち果てた姿をした廃教会だった。
月明かりの綺麗な夜空の下、丘の上に佇む廃教会のチャペルの壁にはめ込まれたステンドグラスは、意思を持った生き物ように存在感を放ち、月明かりを取り込み内部に明かりを届けているようだった。
手足を縛られた身体を
手足を縛られ身を捩るジャックスとは少し離れた場所に、ジャックスと同じように猿轡をされて手足を縛られ、床に横たわる人影が見えた。
丈の長い茶色いスカートを履き、白いシャツと薄手のクリーム色の上着を着た少女――リア・グレイシアが、軽く呻いて目を覚ました。
年老いた男の声が、赤い髪のジャックスに向けられて響く。
「お目覚めになりましたか」
手足を縛られ床に横たわる青い貴族服を着たジャックスが、声がする教会の出入り口の方へ顔を上げた。
月明かりに照らされた中央ドーム奥の身廊から、人影がこちらに向かって歩いてきていた。
長い白髪を後ろで束ね、潰れた左目を傷跡が塞ぎ、左目には片眼鏡をかけて髭を生やし、タキシードを着こなした老執事――ガルマンダが、手足を縛られチャペルに横たわるジャックスを見据え、月明かりに照らされ中央ドーム内で立ち止まった。
青い貴族服を着たジャックスは、中央ドーム内で佇むタキシードを着たガルマンダに向かって声を出そうとしたが、口を塞ぐ猿轡のせいで声が出せない。
タキシードを着て片眼鏡を掛けた隻眼のガルマンダが、月明かりに照らされた中央ドーム内で、手を腰の後ろで組み静かに佇む。
長い黒い髪を後ろで編み込み、黒白のメイド服を着て、右の目元に泣きぼくろのある眼鏡を掛けたメイドの女――メルが、中央ドーム内の陰から現れた。
中央ドーム内の陰から現れたメルは黙って佇むガルマンダに会釈し、チャペルの祭壇前まで歩く。
手足を縛られ床に横たわる青い貴族服を着たジャックスの目の前まで歩み寄り、眼鏡をかけたメイド服のメルは、両膝を床についてしゃがみ、床に横たわるジャックスの上半身を起こした。
黒白のメイド服を着て、黒いセミロングの髪で口元の左にほくろのある目つきの鋭いメイドの女――エルは、いつの間にかタキシードを着たガルマンダの傍らに現た。
黒白のメイド服を着たエルは腕を組み、手足を縛られて自由に動けないチャペルのジャックスとリアを見据え、中央ドーム内でタキシードを着たガルマンダと共に静かに佇んでいた。
眼鏡を掛けたメイド服のメルが、青い貴族服を着たジャックスの上半身を起こし、口から猿轡を外した。
両膝をついてしゃがむメイド服のメルに猿轡を外してもらい、声が出せるようになった赤い髪のジャックスが、中央ドーム内で手を腰の後ろでで組んで佇むタキシードを着たガルマンダに訊いた。
「ガルマンダ、これは一体どういうことだ?」
片眼鏡をかけた隻眼のタキシードを着たガルマンダは、ピクリとも表情を変えず、聞き返した。
「お気づきになられませんか?」
床から上半身を起こした態勢で、手足を縛られたままの青い貴族服を着たジャックスは、少し離れた場所で横たわり、身を捩っている丈の長い茶色いスカートを履いたリアに顔を向ける。
タキシードを着たガルマンダ、黒髪でセミロングのメイド服を着たメル、眼鏡を掛けたメイド服のエルの三人は、ピクリとも顔を変えず黙ったまま、冷ややかな目でジャックスを見下す。
上半身を起こした態勢で手足を縛られたままの赤い髪のジャックスは、日中の記憶を思い出しながら口を開く。
「あの店に入ってからの記憶がない。どうやら誰かに襲われたようだが……」
ほぉ、と片眼鏡をかけた隻眼のガルマンダが、軽く口元を動かし、冷めた相槌を打つ。
「それから眠らされて、気がついたら今のような状況だ。手足も縛られて動けない」
青い貴族服を着たジャックスが身を捩り、縛られた手足を動かす。
動きを止めて、ジャックスが顔を上げた。
「あぁ、そうか。お前たちが助けてくれたんだな」
手足を縛られている青い貴族服を着たジャックスが、片眼鏡をかけてタキシードを着たガルマンダ、黒髪でセミロングのメイド服のメル、眼鏡を掛けたメイド服のエルの顔を笑顔で見る。
「ありがとうお前たち、お陰で助かった」
そう赤い髪のジャックスにお礼を言われても、片眼鏡をかけたガルマンダ、黒髪でセミロングのメル、眼鏡を掛けたエルの三人は、表情一つ変えず、冷ややかな目をしていた。
青い貴族服を着たジャックスが、離れた場所で猿轡をされて声が出ず、手足を縛られ身を捩っている丈の長い茶色いスカートを履いたリアと、目の前で片膝をついてしゃがんでいる眼鏡を掛けたメイド服のメルと、中央ドームに佇む片眼鏡をかけてタキシードを着たガルマンダと、黒髪でセミロングのメイド服を着たエルに、順に視線を移してから安堵した声を出した。
「全員無事なようだな。よかった」
手足を縛られたままの青い貴族服を着たジャックスは、安堵して肩を撫で下ろす。
ジャックスは顔を上げて、目の前の眼鏡を掛けたメルに言う。
「メル、手足の拘束も解いてくれ」
床に横たわって相変わらず身を捩ってうごめく、丈の長い茶色いスカートを履いたリアに視線をを移し、ジャックスが続ける。
「あとリアの拘束も誰か早く解いてやってくれ」
両膝を床につきしゃがんだままの眼鏡を掛けたメイド服を着たメルが、何も言わず、淡々とジャックスの足の縄を解いた。
青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスは、足の縄が解かれて足を動かし膝を曲げ、立ち上がる。
背後で縛られている手を動かし、青い貴族服を着たジャックスが続ける。
「手の方も頼む。あとリアも早く……」
と、青い貴族服を着たジャックスが言う前に、眼鏡を掛けたメイド服のメルが、大きく溜息を吐き、立ち上がりジャックスの口を挟む。
「ご自分でやられてはどうでしょうかジャックス様」
眼鏡を掛けたメイド服のメルの言葉を聞き、青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスが、聞き間違えか冗談かと思い、軽く笑った。
「この通り手を縛られていては何もできないぞ」
青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスが、怖い顔をする眼鏡を掛けたメイド服のメルに笑いかける。
眼鏡を掛けたメルはピクリとも笑わず、ジャックスに言う。
「本当に、何もご自分一人でできないのですね」
いつも聞かされる自分に対するメルの軽い小言かと思い、適当にあしらって青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスが続ける。
「いつだってお前たちがいてくれるからな」
片眼鏡をかけてタキシードを着たガルマンダと、黒髪でセミロングのメイド服を着たエルは、いつも通りの様子で自分たちと接するジャックスに対して、黙ったまま動かず、ジャックスを見据えたまま中央ドームで佇んでいた。
眼鏡を掛けたメイド服のメルも、伏目がちなまま黙ってその場に立っていた。
誰も口を動かさず静まり返り、場の空気が冷たくなる。
背を撫でる冷たく細い指のような恐怖と静けさが、浮ついた赤黒い髪のジャックスの周囲を取り囲む。
手足を縛られうごめいていた丈の長い茶色いスカートを履いたリアも、何かを察して動きを止め、青ざめた顔で青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスを見上げる。
笑みを絶やさない青い貴族服を着たジャックスだけが、殺気ににも似た圧迫感に逆らうように明るく立ち回る。
「さぁ、早くリアか俺の拘束を……」
「ご自分でどうぞ、とわたくしは申し上げました」
眼鏡から覗くメイド服を着たメルの目が、獲物を狩る獣のような鋭い目つきに変わる。
眼鏡を掛けたメイド服のメルが、右手を振り払う。
メルのメイド服の裾からナイフが飛び出し、眼鏡を掛けたメイド服のメルは、そのナイフの柄を右手に掴んだ。
ナイフを取り出した眼鏡を掛けたメイド服のメルが、青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスに背を向け踵を返す。
離れた場所で横たわり猿轡をされた丈の長い茶色いスカートを履いたリアに向かい、眼鏡を掛けたメイド服のメルは歩き出した。
動揺する青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスが、弱々しく腕を伸ばし、背を向けたメイド服のメルに震えた声をかける。
「おいメル、さっきみたいに手で解けばいいんじゃないのか?」
青いきざおく服を着たジャックスは、そう言って足を一歩前に踏み出す。
手足を縛られ床に横たわる丈の長い茶色いスカートを履いたリアに、眼鏡を掛けたメイド服のメルが近づいていき、背後のジャックスには振り返らずに口を開く。
「思ったよりも結び目が固かったので……」
手足を縛られ床に横たわる猿轡をされた丈の長いスカートを履くリアが、目の前に仁王立ちした眼鏡を掛けたメイド服のメルを、青ざめた顔で上げ見つめる。
眼鏡を掛けたメイド服のメルは、足元で横たわる丈の長い茶色いスカートを履いたリアを、蔑んだ目で見下して、手に持ったナイフを頭上に振り上げた。
眼鏡を掛けたメイド服のメルの手に持つ振り上たナイフの刃が、月の光を反射させキラリと輝く。
青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスが、月明かりを反射させるナイフを振り上げたメイド服のメルに向かって声を上げた。
「いい加減にしろメル!」
青い貴族服を着たジャックスの怒鳴り声が響くと同時に、眼鏡を掛けたメイド服のメルは、月明かりを反射し振り上げたナイフを、丈の長いスカートを履く猿轡のされたリアの顔に目掛けて振り下ろした。
丈の長いスカートを履く猿轡のされたリアは、咄嗟に上半身を大きく捩り、顔面目掛けて斬りつけられたナイフの刃を皮一枚で躱す。
眼鏡を掛けたメイド服のメルが、顔面に目掛けて振り下ろしたそのナイフは、丈の長い茶色いスカートを履いたリアの猿轡を切り落とし、リアの顔に薄い一筋の傷をつけた。
丈の長いスカートを履いたリアの頬の傷から血が滴る。
目の前を掠っていったナイフからリアは目を離さなかった。
ナイフを空振った眼鏡を掛けたメイド服のメルは、顔を上げるリアの左頬を右足で蹴り抜いた。
鈍い音が響き、蹴りの衝撃で丈の長いスカートを履いたリアの体が床から浮き、その身体が古びた祭壇へ吹き飛ばされる。
眼鏡を掛けたメイド服のメルに、顔を蹴り飛ばされたリアはそのまま古びた祭壇に衝突し、祭壇は音を立ててバラバラに破壊される。
瓦礫となった埃の舞う祭壇の上で、丈の長い茶色いスカートを履いて手足の縛られているリアが上半身を起こし、血の混じった唾を吐き出した。
「メル!」
と、青い貴族服を着たジャックスが、怒りのこもった激しい怒鳴り声を上げた。
背後で手を縛られたままの青い貴族服を着たジャックスが、瓦礫となった祭壇の上で倒れる丈の長い茶色いスカートを履いたリアに、急いで駆け寄る。
膝を突き、青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスが、リアに声をかける。
「大丈夫か⁉」
瓦礫となった祭壇の上で息を荒げて、手足を縛られたまま横たわる埃まみれのリアが、床に膝を着くジャックスに対して苦しそうに応える。
「な、なんとか……」
眼鏡を掛けたメイド服のメルの冷めた声が響く。
「これで死なないなんて、思ったよりも頑丈なのね、お嬢さん」
「お褒め預かり恐縮ですわ……」
思わず出たお嬢様口調で弱弱しくリアが、眼鏡を掛けたメイド服のメルに減らず口を叩く。
青い貴族服を着たジャックスが、中央ドームで佇むタキシードを着た片眼鏡のガルマンダと、黒髪でセミロングのメイド服を着たエルに、振り返り声を上げる。
「お前たちメルを止めろ!」
タキシードを着たガルマンダと、黒髪でセミロングのメイド服を着たエルは佇み、静かに状況を見守っているだけだった。
業を煮やし、怒りをあらわにした赤黒い髪のジャックスが、鬼のような形相で怒鳴った。
「止めろといっている!」
チャペルのステンドグラスや側廊の窓硝子が震えるほどのジャックスの怒号が、教会内を反響して響き渡る。
教会内が静まり返り、ジャックスの怒号が余韻となって残る。
暫く静寂が続き、誰も動かず、音を出さなかった。
漸く、眼鏡を掛けたメイド服のメルが口を開き、静寂が終わる。
「ほんと、なにもできないのですね……」
眼鏡を掛けたメイド服のメルが続けた。
「目の前で好きな女に手を上げるこのわたしを止めることさえもできない。暴漢から自分の身を守ることも出来ないほど非力で、一族からは幼少から見捨てられたほど能無しで、煙たがられる自分が常に見えていない馬鹿なあなたは、誰一人として救うことは出来ないし、自分の命を自分で保証することさえできない、放牧されて飼われる家畜の羊同然だわ」
眼鏡を掛けたメイド服のメルは、スカートのポケットから白いカプセルに入った毒薬を握って取り出し、それを青い貴族服を着たジャックスに見せた。
「これが何だが、あなたには分かりますか?」
と、眼鏡を掛けたメイド服のメルは、青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスに向けて差し出した手を開く。
眼鏡を掛けたメイド服のメルの手から、パラパラと白いカプセルが床に落ちていく。
「この街に着てからあなたは七回、この毒薬によって命を狙われていました。これらは全てわたしがこの街に来て、あなたの身の回りから回収したものです」
眼鏡を掛けたメイド服のメルは、片足を上げ、床に散らばった白いカプセルの毒薬を踏みにじった。
「この街に来てから他にも付狙い、暗殺の兆候はありましたが、全て我々が対処いたしました」
眼鏡を掛けたメイド服のメルが続ける。
「あなたは気づけましたか? 放牧された羊であるあなたを狙うお腹を空かせた狼たちの気配を」
青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスを、軽くあざ笑いながら見下し、眼鏡を掛けたメイド服のメルが続けて言う。
「気づくはずがないですよね。それどころかあなたは小娘に浮かれて舞い上がる始末。ほんと馬鹿すぎて呆れるわ……」
何も言えず黙る青い貴族服を着たジャックスに、静かに眼鏡を掛けたメイド服のメルが口を開く。
「女を振り向かせる為の暴漢に襲わせる演出さえ他人任せで疑いもせず、小娘に声をかけるきっかけでさえ他人に頼り、あまつさえデートするプランさえも、相手のスケジュールの確認も、自分の頭では考え出せずに、すべてが他人任せで何一つ自分一人ではできない、あなたを取り巻くすべてが嘘であることを見抜けない、底を突き抜けた無能な生き物……」
日頃、溜め続けた鬱憤を全て吐き出すかのように、眼鏡を掛けたメイド服のメルのジャックスに対する暴言は止まなかった。
「そして、あなたはまんまと罠に掛かり、多くの他人を巻き込み、信頼してきた者たちに裏切られて、生涯に
サディスティックな色っぽい恍惚とした笑みを漏らし、弱い獲物のように追い詰められるジャックスを痛めつけることに、心の底から快楽を感じているかのような興奮気味の眼鏡を掛けたメイド服のメルが、艶のある色づいた声を上げた。
「ほんと哀れですわ!」
青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスの顔が青ざめていく。
片眼鏡をかけてタキシードを着たガルマンダと、黒髪でセミロングのメイド服を着たエルは、中央ドームで状況を冷静に見つめ、佇んでいる。
青ざめる赤黒い髪のジャックスが、片眼鏡をかけた静かなガルマンダ、黒髪でセミロングのエル、そして恍惚としたメイド服のメルを順に見つめる。
動揺するジャックスの震えた声が響く。
「じ、冗談だよなぁ……、ほら、あの時みたいにわざと襲わせて助けようとか、そういうのだよなぁ?」
中央ドームに佇み、今まで黙っていたタキシードを着た片眼鏡のガルマンダが、見かねて淡々と口を開いた。
「冗談で先ほどのように、殺すほどの力で小娘を蹴ることなどありえるのですかな?」
青い貴族服を着たジャックスが、横たわる丈の長い茶色いスカートを履いたリアに振り向く。
丈の長いスカートを履いたリアは、顔を蹴られ吹き飛ばされて大きくダメージを負っており、辛そうに息をして上半身を起こしている。
青い貴族服を着たジャックスが、再び片眼鏡をかけた隻眼のタキシードを着たガルマンダに視線を戻す。
懸命に取り繕うとする青い貴族服を着たジャックスが、三人に向かって言った。
「ほ、ほら、昨日まで皆であんなに楽しく食事をしていたじゃないか。エルは好きなフライドポテトの大盛りをいつも独り占めして食べてたし、メルはいつも美味しそうにケチャップのかかった料理を食べてたし、ガルマンダも甘いもの好きで何度も気に入ったパフェを選んでたじゃないか……」
青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスが、続けて言った。
「あれ、全部嘘だって言うのか……、全部、演技だったとでもいうのか……」
赤黒い髪のジャックスが、苦しそうに悲痛な顔を浮かべる。
「俺はお前たちと一緒に……、俺を縛る血縁の鎖よりも長い時間、家族同然の絆があると思って過ごしてきた……」
青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスが、喉の奥から声を絞り出すように続ける。
「俺と一緒にいた時間全部、お前たちだけで嘘を共有し、俺を家族として見ていなかったのか⁉」
片眼鏡をかけたタキシードのガルマンダが、動揺し弱っていくジャックスに対し、淡々と告げた。
「あの夜、あなた方を襲ったのは我々です」
片眼鏡をかけたガルマンダの言葉に衝撃を受け目を見開き、青い貴族服を着たジャックスの呼吸が止まる。
タキシードを着た隻眼のガルマンダが、ショックを受けるジャックスに別れの言葉を浴びせ続ける。
「あの夜、素直に殺されていれば良かったものを……。そうすれば被害も我々の労力も最小限に抑えられていたのに、非常に残念だ」
目を見開き口を開けたまま、青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスは立ち尽くし、その足が震えていた。
片眼鏡をかけた隻眼のタキシードを着たガルマンダが、うな垂れていくジャックスに冷たく言葉を突き刺す。
「馬鹿をあやすのにももう飽きた。片付けるぞ」
この世で一番信頼していた人物から投げかけられた別れの言葉に耐えられなくなり、青い貴族服を着たジャックスは、目を強く瞑り、歯を食いしばり、俯き、身体をガルマンダたちに向けて両膝を地面に突いた。
ガルマンダたちが動き出す。
青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスが、力なく地面にうな垂れていく。
「お前たちも……」
青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスが、ガルマンダたちに向けて心の底から叫び声を上げた。
「お前たちも俺を一人で置いていくのかああああああああああああ!」
嗚咽を漏らし、何度も地面に額を叩きつけて押し当て、青い貴族服を着たジャックスは涙を流した。
眼鏡を掛けたメイド服のメルが、右手に持ったナイフをその辺りに投げ捨て、腰回りに隠していた二刀の短剣を左右の手で引き抜き取り出した。
眼鏡を掛けたメイド服のメルは、両手に短剣を握り、床に跪く青い貴族服を着たジャックスに近づいた。
両手に短剣を握った眼鏡を掛けたメイド服のメルが、地面に頭をこすり付けて泣き続けるジャックスの頭側に立ち、見下ろす。
跪いて頭を地面にあて、まるで懺悔しているようなジャックスを、眼鏡を掛けたメイド服のメルは見つめる。
眼鏡をかけたメイド服のメルは、何も言わず青い貴族服を着た赤黒い髪のジャックスがさらけ出す首に、焦点を定め短剣を構えた。
「さようなら、わたしの思い出の人……」
眼鏡を掛けたメイド服のメルが、少し弱弱しい声でそう言った。
その言葉は、過去に失った人への悲しい別れの挨拶だった。
虫の泣く音が聞こえる静かな夜、別れの邪魔するものはいなかった。
眼鏡を掛けたメイド服のメルの振り上げられた短剣が、月夜に照らされ白く輝いた。
静かな夜に静かな別れ、そこへ響く澄んだ静かな男の美声……。
「月夜、天に掲げた一升の酒壷、銀に光りて……」
天井からキラリと光る一枚のトランプカードが、短剣を振り上げたメルに向かって降って来た。
頭上から降ってきたトランプに反応し、とっさに眼鏡ッを掛けたメイド服のメルが、上空から飛んできたトランプカードを避けて後方へ飛びのいた。
メルの立っていた床に、絵柄がジョーカーのトランプカードが一枚、突き刺さる。
月夜の覗く開いた天井から、更に男の美声が響く。
「今宵も栄えぬ、悪の道……」
天井から無数のトランプカードが降り注ぐ。
地面に跪いていた青い貴族服を着たジャックスの手を縛っていた縄と、瓦礫になった祭壇の上に横たわっていた丈の長いスカートを履いたリアの手足を縛っていた縄が、上空から降り注いだトランプカードによって切り解かれる。
床にはらりと縄が落ち、トランプカードが床に突き刺さる。
「何者⁉」
崩れ穴の開いたままの天井を、後方に飛びのき着地した眼鏡を掛けたメイド服のメルは声を上げ、振り返り見上げた。
赤いマントを棚引かせ、開いた天井から白い人影が舞い降りる。
クリーム色のシルクハットを被り、ジョーカースマイルマスクを顔に着け、クリーム色のタキシードを着た謎の男が、シルクハットのつばを右手で摘み、音もなく床に着地した。
「ギルド五臓六腑、怪盗オクター参上!」
天井から舞い降りたクリーム色のタキシードを着た謎の男――怪盗オクターが、赤いマントを翻し、荒れ果てた教会に現れた。
そして間髪いれずに、教会の出入り口の二枚扉の奥から声がした。
「ウィンドプレス!」
片眼鏡をかけてタキシードを着たガルマンダと、眼鏡を掛けたメイド服のメル、黒髪でセミロングのメイド服を着たエルが、同時に背後の出入り口に振り返る。
麗しい女性の声と共に、教会の出入り口の二枚扉が強烈な突風によって粉々に吹き飛ばされた。
巻き上がる埃と土煙の中、その中を優雅に歩く、腰に鞘に収められたショートソードを下げた、真紅のワンピースドレスを着た女性が現れた。
「ロードネス家の次期当主、マリエッタ・ロードネスですわ!」
巻き上がった風の残りで真紅のワンピースドレスの裾を棚引かせ、左手に持った白い鉄扇を広げて口元に当て、胸を張って高笑いを響かせる金髪の美しい女性――マリエッタ・ロードネスが、教会の奥にいるガルマンダたちに言った。
「お茶会へのご招待、真にありがとうございますわ。さぁ、ご容赦よろしくってよ」
オーッホッホッホッ、と天を見上げて真紅のワンピースドレスを着たマリエッタは高笑いを上げる。
片眼鏡で隻眼のタキシードを着たガルマンダが、慌てて眼鏡を掛けたメイド服のメルと、黒髪でセミロングのメイド服を着たエルに命令する。
「人質を奪え!」
短剣を腰から引き抜いた黒髪でセミロングのメイド服を着たエルと、短剣を両手で握る眼鏡を掛けたメイド服のメルが飛び出した。
「ミラージュアルターエゴ!」
シルクハットを被りクリーム色のタキシードを着た怪盗オクターが、左手を前に伸ばし、続けて声を上げる。
「ディフェクショントランス!」
と、シルクハットを被りクリーム色のタキシードを着た怪盗オクターは、伸ばした左腕を今度は左に振って伸ばす。
眼鏡を掛けたメイド服のメルと、黒髪でセミロングのメイド服を着たエルが、同時に声を発する。
「
と、眼鏡を掛けたメイド服のメルと、黒髪でセミロングのメイド服を着たエルの姿が、声と共に消え、一瞬にして床に跪くジャックスの横に黒髪でセミロングのエルが、瓦礫になった祭壇前のリアの傍らに眼鏡を掛けたメイド服のメルが現れた。
二人はそれぞれ青い貴族服を着たジャックスと、丈の長い茶色いスカートを履いたリアの身体を掴んだ。
すると、ジャックス、リアの体が陽炎のように揺らいだ後、姿が変化する。
エルとメルが手に掴んだ服が、クリーム色のタキシードへと変化し、赤いマントを着けてクリーム色のタキシードを着た怪盗オクターが、目の前のそこへ現れた。
黒髪でセミロングのメイド服のエルと、眼鏡を掛けたメイド服のメルが、とっさにその場から飛びのいた。
眼鏡を掛けたメイド服のメルと、黒髪でセミロングのメイド服のエルが、手に持った短剣で目の前に現れた怪盗オクターに飛び掛り、すぐさま切りかかった。
赤いマントを棚引かせ、シルクハットを被りクリーム色のタキシードを着た怪盗オクターたちは、取り出した細身の短剣で、メルとエルが斬りかかった短剣を防いだ。
キーン、と金属がぶつかる音が響き渡る。
教会の身廊の中央まで真紅のワンピースドレスを着たマリエッタが、ヒールを鳴らしながら進む。
「大丈夫でしたか?」
と、真紅のワンピースドレスを着たマリエッタが声をかけると、いつの間にか青い貴族服を着たジャックスと、丈の長い茶色いスカートを履いたリアを、それぞれ抱えたシルクハットを被りクリーム色のタキシードを着た怪盗オクターたちが現れた。
ジャックスとリアを床に降ろし、ジョーカースマイルマスクを顔に着けた怪盗オクターたちは、霧のように霧散して消えた。
チャペルに立つシルクハットを被りクリーム色のタキシードを着た怪盗オクター、チャペルで眼鏡を掛けたメイド服のメルと、黒髪でセミロングのメイド服を着たエルから攻撃を受けた怪盗オクター、ジャックスとリアを抱えて真紅のワンピースドレスを着たマリエッタの傍に現れた怪盗オクター、それらの光景を目の当たりにし、片眼鏡をかけた隻眼のタキシードを着たガルマンダが、驚愕していた。
「そ、そんな馬鹿な、これは実態のある分身ではないか……。実態のある分身はこの世界の理には存在しないはず……」
キーン、と金属がぶつかり合う金属音が響き、怪盗オクターと鍔迫り合いをしていたメルとエルが、怪盗オクターから距離を離す為、片眼鏡をかけたタキシードのガルマンダの傍まで飛び跳ねて近寄った。
メルとエルの相手をしていたチャペルの怪盗オクターの分身たちも、霧のように霧散して消えた。
片眼鏡をかけた隻眼のタキシードを着たガルマンダが、チャペルに残った佇んだままのシルクハットを被りクリーム色のタキシードを着た怪盗オクターを見つめ、口を開いた。
「これは世界の理の力とは全く違う<外の力>……、このイノセント・ニュー・ワールドを創った世界の創造主<理の神>と匹敵する力……、<神域スキル>ではないか⁉」
ジョーカースマイルマスクを被った怪盗オクターが、驚愕するガルマンダに向けて応える。
「その通りだ。このスキルはこの世界の理の中には存在しない」
「ならば貴様は……」
片眼鏡をかけて隻眼のタキシード着たガルマンダは、目を見開き声を上げた。
「貴様は外の世界から来た者、<転生者>か!」
「正解だ御老人」
シルクハットを被りジョーカースマイルマスクを着けた怪盗オクターが、右手の指を反り返して身じろいでいるガルマンダを指差した。
片眼鏡をかけたタキシードのガルマンダが、苦虫を潰したような顔を浮かべる。
「おのれ、ゴールドクラス以外にも警戒しなければならなかったやつがいたとは……、とんだ誤算だ」
悔しそうな片眼鏡をかけた隻眼のガルマンダに、シルクハットを被りクリーム色のタキシードを着た怪盗オクターが言う。
「お前たちのことは調べさせてもらった。伝説の暗殺者<
「なぜお前がその情報を知っている⁉」
「潜入が得意なのはソーモンのやつらだけじゃないさ」
赤いマントを翻し、クリーム色のタキシードを着た怪盗オクターが続ける。
「そんな危なっかしいやつらが今までバレずに貴族の執事やメイドをやっていたとはな。様になりすぎて周囲も全く気がつかない、よっぽど天職だったのではないか?」
「うるさい……、それに生きていたから何だというのだ。たとえ転生者で神域スキルの持ち主であろうとも、この
シルクハットを被りクリーム色のタキシードを着た怪盗オクターは、何処からか取り出した細身の短剣を宙でクルクルと回転させた後、右手で柄を握り逆手に持って構えた。
対する片眼鏡をかけたタキシードのガルマンダも、腰に隠していた短剣を抜き取り、構えた。
眼鏡を掛けたメイド服のメルと、黒髪でセミロングのメイド服を着たエルに対し、片眼鏡をかけた隻眼のガルマンダが命令する。
「お前たちは後ろのやつらを任せる。こいつは私が相手を引き受ける」
眼鏡を掛けたメイド服のメルと、黒髪でセミロングのメイド服を着たエルが、頷いてからマリエッタたちの方へ向かう。
片眼鏡をかけた隻眼のガルマンダと、シルクハットを被りジョーカースマイルマスクを着けた怪盗オクターが、お互いに武器を構え、睨みあった。
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