第8話 夕1 思いつきの窮地と救出

 貴族専用ホテルのスイートルームの客室の一室で、青い貴族服を着た恰幅良い赤髪の男――ジャックス・レイモンドは、装飾された赤いレザーの豪華なソファーに座り、自分が犯した失態にイラつき、黙り込んでいた。

 赤い髪のジャックスは太い腕を組み、苦い顔をし、茶色の紳士靴を履いた足で、何度もつま先を上げてトントントントンと緑色の絨毯の敷かれた床を叩く。


 客室のドア付近の絵画が掛けられた壁の前に、タキシードを着た顔に傷があり隻眼で左目に片眼鏡をかけた髭を生やした白髪の老執事――ガルマンダが、背筋を伸ばし直立不動で、白い手袋をはめた手を後ろで組み、横目でソファーに座るジャックスの背後を無言で見つめている。


 その横に、静かにメイドの女が手を前に組み、目を瞑り黙って一人立っている。

 黒い髪にセミロング、口元の左下にほくろがあるその女メイド――エルも、ガルマンダと同じく、ホテルに帰るなりずっとソファーに座ったままの主人に対して、じっと何も言わずに待っている。


 客室のドアがコンコン、とノックされる。


 直立不動の片眼鏡をかけた白髪の老執事、ガルマンダがノックされたドアに目をやり、口を開く。


「入れ」


 ドアがカチャリ、と開き、メイドの女がお辞儀しながら現れる。


 黒い長いロングヘアーを後ろで一本に編み込み、眼鏡を掛け、右の目元に泣きぼくろがある。

 その眼鏡をかけた女メイド――メルが、金と赤で彩られたティーセットと色々なクッキーが乗っている皿を運ぶためのステンレスのサービスワゴンを押して、客室に入ってくる。


 ステンレスのサービスワゴンを押し、白髪の執事のガルマンダと、黒髪でセミロングの口元にほくろがある目つきの鋭い女メイドのエルの前を通過し、ソファーに座っている青い貴族服を着た赤い髪のジャックスの横で止まる。


「ジャックス様、お茶をお持ちいたしました」


 と、眼鏡をかけた泣きぼくろのある女メイドのメルは軽くお辞儀し、イラついている様子の赤髪のジャックスの横で淡々と表情を変えず、ステンレスのサービスワゴンの上でティーカップに紅茶を入れる作業を始める。


 客室に帰ってきてから言葉を発しなかったジャックスが、漸く口を開いた。


「失態だ……、俺はまた過ちを犯してしまった」


「いかがなされたのですか?」


 と、眼鏡をかけたメイドのメルがティーカップに紅茶を注ぎながら淡々と訊く。


 青い貴族服を着た赤髪のジャックスは目を瞑り、言った。


「マリエッタの目の前で暴れてしまった……」


 ジャックスは渋る表情をした顔を右手で押さえ、続けた。


「それにユリウスに対してもだ。俺はあの日、マリエッタのお茶会をぶち壊した日、二度とユリウスに対して暴力は振るわないと自分に誓ったのに……」


 後悔し、落ち込むジャックスの目の前のテーブルに、眼鏡をかけたメイドのメルが紅茶の入ったティーカップとティースプーンの乗った皿を置いた。


 落ち込むジャックスの話を聞きながら、眼鏡をかけた泣きぼくろのあるメイドのメルは、小さなミルクポットと砂糖の入ったポットも続けて置いていく。


「どうしてだ、どうして俺はあいつらに対して毎回こんな事を……。仲良くしているあいつらを見ていると、無性にこみ上げてくるものがある。それが分かっていても止められない。それに、今日のあれは、まるであの日の再現だった。俺は大人になってもあの場面で状況を変えられない、昔と何も変わってはいないではないか……」


「それは、マリエッタ様とお友達の方に対しての嫉妬ではないでしょうか」


 と、眼鏡をかけたメイドのメルが、クッキーの載った皿をジャックスの目の前のテーブルに置いて、続けて言う。


「好きなものを目の前で取られて、嫌な気持ちになられたのではないかと」


 嫉妬だと、そんな馬鹿な……、と軽く笑ってから、納得せざる終えなかったのか、赤い髪のジャックスが肩を落とし、ため息をついた。


 ジャックスが砂糖のポットからスプーンで二杯、目の前のティーカップの紅茶に入れる。


「それにしても、今回の訪問でのマリエッタの俺に対する印象は最悪だ。ロードネスまで出向いてロードネス卿と謁見までして失態続きでは、レイモンド家の者として面目が立たない。このままではまずい、何とかしなければ……」


 ジャックスがティーカップの取っ手をつまみあげ、紅茶を口に含み、それを一口味わい、ティーカップを皿の上に戻した。


 両手を前で組んでジャックスの横に立つ、眼鏡をかけたメイドのメルが、口を開いた。


「こういうのはどうでしょう。点数稼ぎです」


 客室に戻ってから今まで執事たちと顔を合わせようとしなかったジャックスが漸く振り向いて、眼鏡をかけた泣きぼくろのあるメルの顔を見上げた。


「点数稼ぎとは?」


「好感度を稼ぐことです」


「それは分かるが、どうやって?」


 メルが表情を変えず、疑問符を浮かべるジャックスに対して、答える。


「まずマリエッタ様には暴漢に襲われていただきます」


 メイドのメルの口から唐突に吐かれた暴挙に絶句し、驚いたジャックスが口を開く。


「いきなりなんてことを……」


 気にせずメルが続ける。


「先ほどロードネス噴水公園でマリエッタ様をお見かけいたしました。どうやらお一人のようで、なにやら悩んでおられた様子。あのままだと帰る頃には日が暮れて夜になってしまわれるでしょう」


「相変わらず、すごい情報収集能力だなメルは」


「お褒め預かり真にありがとう御座います」


 と、メイドのメルが軽くお辞儀する。


 ジャックスが先を教えるようにメルを促す。


「それで、どうするんだ?」


「はい、まずは大量に訪れている手ごろなチンピラを金で雇います。マリエッタ様を襲う暴漢役です」


 眼鏡をかけたメイドのメルが、表情を変えず作業のように淡々とした口調で続ける。


「暴漢役の彼らは捕まったところで問題ではありません。所詮、金に釣られて人を襲う程度の知能の輩を雇います。我々の素性は徹底して隠し、マリエッタ様を襲っていただきます」


「危なそうだが大丈夫なのか?」


「ええ、ご心配はありません。マリエッタ様は暴漢に襲われているところを、偶然、通りかかられたジャックス様に助けていただきますので」


「なるほどそういうことか……」


 なぜかメルの安易な発想と計画に、疑いもせず納得する赤い髪のジャックス。


 眼鏡をかけたメイドのメルが、暗記した文章を読むかのように淡々と続けた。


「暴漢役のチンピラにはジャックス様が現れたところで、適当に追い返されるように伝えておきます。そして、翌日、夜間に襲われたマリエッタ様の窮地を救ったジャックス様の好感度は、街で噂が噂を呼び爆上がりです。もちろん、頼りになる男としてマリエッタ様からの信頼度も爆上がりです」


 以上です、と眼鏡をかけたメイドのメルが締めくくる。


 顎に手をやり、赤い髪のジャックスが、気になってメルに訊いた。


「それで、そのチンピラが警備兵に捕まった場合は、はどうなる?」


「こちらの素性は一切明かしません。たとえ捕まってしまっても、ジャックス様のお立場もあり、我々の関与はまず疑われないでしょう」


 顎に手を当てて、どこかに引っかかりを感じるが、自分の印象が少しでも良くなるのならと、赤い髪のジャックスは暫く唸って悩む。


 計画を実行した際の損得の結論を付けて頷いたジャックスは、自分の中で決心し、口を開く。


「よし、それでいこう」


 眼鏡をかけたメイドのメルが頭を下げて、口を開く。


「承知いたしました。そう仰るかと思い、実はもう暴漢役の手配は済んでおります」


「おぉ、さすがメル。有能だな」


 再び頭を下げ、メイドのメルが続ける。


「それでは、これから実行する計画<>の段取りを話したいと思います」


 と、メルは<マリエッタ様襲撃計画>と命名した計画の段取りを、ジャックスに丁寧に話し始める。

 眼鏡をかけたメイドのメルが一語一句丁寧に計画の手順を語り、その内容を頷きながら赤い髪のジャックスは素直に聞く。


 こうして、メイドのメルが主人のジャックスに淡々と語る<マリエッタ様襲撃計画>の準備は早急に進められ、今宵、実行されることとなるのであった。





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