第53話 夜9 貴族の羊はなにとをもふ4
片眼鏡を掛けた隻眼の、タキシードを着た白髪の老紳士――ガルマンダが、右手で短剣を構えながら、教会入り口付近の閃光と衝撃音、身廊の中央ドーム近辺で地面から立ち昇った炎の柱を、横目で見て確認する。
赤いマントをつけシルクハットを頭に被り、ジョーカースマイルマスクを顔につけたクリーム色のタキシードを着た謎の男――怪盗オクターは、なぜか安堵した顔を浮かべ笑みを漏らしたガルマンダの顔を見て、口を開いた。
「仲間がやられたのに余裕だな」
片眼鏡を掛けた白髪のガルマンダが、瞳を閉じ笑みを漏らしながら口を開く。
「不思議なものだ……、貴様が言う通り、私の部下がやられたはずだが、私は今、物凄く安心をしているようだ……」
片眼鏡を掛けた白髪のガルマンダが、ほんの少しの間思いに耽る。
ガルマンダが昔を思い出す。
床に溜まる血黙りの上で、折り重なるように死んだ兄弟の死体を見下ろしていた。
(私は漸く気がついたのだ……、あれは小さな命を哀れんでいたのではなかった……)
ガルマンダが思い浮かべる。
鬼神ゴバドにより自分の右目を失った時を、そして、恐れて逃げ出し、必死に追いかけてくる恐怖感を振り払えず、大陸を駆け回り惨めに逃げ帰った自分の姿を、ガルマンダは思い浮かべて笑いながら胸中で自問自答する。
(そう、あれは、怖かったのだ……。殺されることが怖かったか? いや違う。死ぬことが怖かったからか? いや、それも違う……)
笑みを浮かべるガルマンダが、静かに首を振る。
家族というテーマのヘタクソな似顔絵を、幼かったジャックスから渡されたとき、ガルマンダは自分を否定しようとして、その時、気持ちを認めようとしなかった。
ガルマンダはその時、すでに分かっていた疑問の答えを、胸中で叫び自分に言い聞かせた。
(答えはもうすでにあの時気がつき、分かっていた。私は一人で死ぬのが怖かったのだ。私は自分の手で殺したあの幼い兄弟が羨ましかったのだ。私は、一人で死ぬのが怖くて常に死神から逃げ回っていただけの臆病者だったのだ!)
ガルマンダが教会入り口付近で血を流し倒れている青い貴族服を着た青年――ジャックス・レイモンドの姿を見て微笑み、目を瞑った。
(結局、私はただ孤独を恐れて自分を迎えてくれる群れを探し求め、暗い森の中をただ一人でさ迷って強がっていただけの、弱い一匹の狼でしかなかったのだ……)
ガルマンダが、ジャックス、メル、エルの顔を思い浮かべる。
(家族か……、今なら私は逃げ出さず、命を捨てることを選択できるかも知れぬな……)
左手で顔を抑え、白髪のタキシードを着たガルマンダが、静かに声を上げて笑い出す。
「くっくっくっく……」
こみ上げる自信と自死の感情に耐え切れずに、ガルマンダは天を見上げ、大声で笑い始めた。
その不気味な笑い声が、寂れた教会内に反響し、響き渡った。
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