第40話 昼7 炎の料理人

 <ロードネス噴水公園>の噴水前の広場で煙が上がっている。

 噴水を取り囲むように並んでいるベンチが、粉々に破壊されていたり、黒い魔道士が放つ火の玉により燃え上がっている。

 昼下がりにベンチで座りくつろいでいた人々は逃げ惑い、普段穏やかな雰囲気が漂う噴水の周辺は黒い魔道士の襲撃により一変し、恐怖で混乱していた。


 この場を離れようと急いでいた母と子が、逃げ惑う人々に押されて地面に転ぶ。

 人々が逃げ去った後、逃げ送れて最後に残ったその母子が立ち上がる。

 しかし、母親が足をひねり、顔に苦痛を浮かべて膝を立て、身体を屈ませたまま立ち止まる。


「ママ!」


 と、小さな女の子が痛みで立ち上がれない母親の身体を支えて、悲痛な叫びを上げる。


「逃げなさい!」


 痛みで立ち上がれない母親が、険しい顔で女の子に大声で促す。

 黒い魔道士から逃げ遅れた動けない母子の背後に、黒いローブを着てフードを被り、黒い霧で顔の見えない魔道士が、羊皮紙を広げ母子に向かい不気味に立っていた。


「ファイアボール……」


 黒い魔道士が言葉を発すると、羊皮紙から煌々と照る火の玉が飛び出した。

 飛び出した火の玉は母子を逸れてすぐ横の街灯に激突する。

 街灯が火の玉がぶつかった衝撃と熱でで折れ曲がり破断した。

 屈んだまま動けない母子の頭上に、折れた街灯が落下する。


 とっさに、母親が女の子をかばう様に目を瞑り身体を覆いかぶさった。

 ドォォン、と周辺に衝撃と音が響く。


 女の子を身を挺して庇った母親が顔を上げると、目の前に大きな影が自分たちの前に立っていた。

 母親が横へ顔を向けると、折れて落下した街灯が土煙を上げて地面に転がっていた。

 折れた街灯が母子の頭上に落下する直前、颯爽と現れた大男が、その大きな拳で母子に落下する街灯を殴り飛ばしたのだった。


 頭に白い三角巾を被り、丸太のような太い腕に脚、茶色いエプロンを掛けたスキンヘッドの大男――ダニエルが、背の母子に振り返る。


「大丈夫か?」


「えぇ……」


 と、母親が脚を抑えてよろめきながら立ち上がる。

 女の子は足を痛めた母を支える。


「じゃあ、気ぃつけて帰んな。避難所に行けば足の治療もしてくれるはずだぜ」


 と、白い三角巾を被ったスキンヘッドの大男のダニエルは、母子に向けて親指を立て、サムズアップをする。


「ありがとうございます」


 母がそう言うと、女の子に身体を支えられながらひねった足をかばい、この場をゆっくり立ち去っていく。

 立ち去っていく二人を見送り、白い三角巾を被ったスキンヘッドの大男のダニエルが、太い首を振って骨を鳴らし、拳を握ってバキバキと音を鳴らす。


「さて、店の売り上げの邪魔をしてくれたのはお前か」


 黒い魔道士に振り返り、普段優しく大きなダニエルの目が厳しく獣のような鋭い目つきに変貌する。

 とてつもない殺気が、巨漢のダニエルの身体から立ちこめる。

 拳を鳴らすダニエルと対峙する黒い魔道士が、静かに声を発する。


「ファイアボール……」


 黒い魔道士が持つ羊皮紙から、ダニエルに向かって一直線に火の玉が飛び出す。

 白い三角巾を被ったスキンヘッドのダニエルは、大木のような太い腕を交差して防御する。


 ドォォン、と周囲に衝撃と音が響き渡る。

 僅かに煙がぷすぷすと立ち、腕は少し赤くなっているが、ダニエルは全くダメージを負った様子はなく、無傷に近かった。

 交差した太い腕から笑みの漏れた顔を覗かせ、ダニエルが黒い魔道士に言った。


「料理人に火は効かねぇよ」


 交差した腕を解き、ダニエルが拳を構えた。


「ライトニングステップ!」


 声を発した次の瞬間、ダニエルの姿が消える。

 と、瞬きする間もないほどの一瞬で、白い三角巾を被りエプロンを着けた大男のダニエルが、拳を大きく振りかぶって黒い魔道士の目の前に現れた。


 ドォォォォォォン、とものすごい音と共に、ダニエルの岩のような拳が顔にめり込み、黒い魔道士の黒い霧で覆われた顔を一気に振り抜いた。

 黒い魔道士の身体が衝撃で宙に浮き、そのまま空中で何回も回転する。

 黒い魔道士は回転したまま地面に激突し、身体がゴムボールのように跳ね上がった。


 黒い魔道士の身体がピクピクと痙攣し、地面に倒れたまま動かなくなった。

 ダニエルがやれやれ、と茶色いエプロンを大きな手で汚れを払って埃と砂を取る。

 ダニエルと黒い魔道士が戦っている現場を遠くから発見したロードネスの警備兵が数人、急いで駆け寄ってきた。


「大丈夫でしたか⁉」


「あぁ、公園はめちゃくちゃだがな」


 噴水周りのベンチが破壊されて散乱している様子を、警備兵が見渡す。

 ダニエルが地面に倒れて動かなくなった黒い魔道士を、太い指で指差した。


「あとこいつを頼む。俺は店の片づけをしないといけない」


「かしこまりました」


 と、敬礼し、警備兵たちは縄を持って黒い魔道士に近づき、身体を縛って動けないように拘束した。

 警備兵が拘束した黒い魔道士を担いで連行していく。


 白い三角巾を被ったスキンヘッドのダニエルは、彼らを暫く見送った後、屋台を片付ける為に広場を離れて大通りへと戻っていった。

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