第25話 クレイジーキティ6

 ソーモンの街からネス港まで、馬車で移動して二日かかった。

 ネス港に着いたときはもう夜で、街を囲む外壁を通る為の門の検問には人が並んでいなかった。

 馬車の運転手が検問にわたしたちの分の通行証も提示し、怪しまれることなくすんなり通ることが出来た。

 わたしたちを乗せた馬車は厩舎付きの馬車庫で停車し、そこでわたしたちは運転手に降ろされた。


 数日分の着替えと退職金の入った袋などの荷物が入ったリュックを背負い、わたしたちは馬車を降りる。

 ソーモンからの二日間、旅のお供だった運転手は終始愛想が悪く、何も言わずにわたしたちにネス港の通行証を手渡し、別れも礼も言わずにそっけなく立ち去った。

 ネス港の通行証をリュックにしまい、わたしたちはレイモンド家に潜入しているスパイの待つ、ネス港の倉庫郡に向かった。


 倉庫郡の一角に<レイモンド家のローエン商会>という看板のある倉庫が建ち並んでいる。

 その倉庫の五番と番号が割り振られた倉庫が待ち合わせ場所だった。

 わたしたちはその五番の倉庫の扉を飽け、中に入った。


 倉庫の扉を閉め、真っ暗な倉庫内を警戒しながら奥へ進む。

 暗闇の中は物音もなく、人の気配はまったく感じない。

 食材や品物が入った木箱や麻袋が、いたるところに積まれている。

 その積まれた木箱や麻袋の物陰にも注意しながら、わたしたちは奥へと進んだ。


 暗闇の中で男の声が響いた。


「漸く来たか……」


 急にとてつもない突き刺さるような殺気を感じ、わたしたちは足を止めた。

 服の袖に隠していた腕に仕込んだナイフをとっさに引き抜いて身構えた。


「倉庫内に引火してはいかんのでな、すまないが明かりはつけられない」


 倉庫の奥から、男の声と足音が徐々に近づいて来る。


「あとその物騒なのしまってくれ。商品に傷が付くとドヤされるのでな」


 闇の中に視線を集中し目を凝らしていると、ぬっと気配もなく人影が現れた。

 その人影はわたしたちから数メートルの距離の離れたところで止まった。


 クレオネピラに散々鍛えられた今でこそ分かる、目の前に立つ男のとてつもない強さ。

 人影から感じるプレッシャーと殺気だけで、ナイフを構えるわたしたちは身動きが取れなかった。

 距離もわたしたちの攻撃の間合いを見計らったように、仕掛けも出来ず、逃げることも出来ない絶妙な距離だった。


「攻撃する意思はない」


 再び、男が武器を仕舞うようにわたしたちにそう促した。

 わたしたちは動かずじっと立っている男に警戒しながら、袖の手首に近い腕の辺りに仕込んだ鞘にナイフをゆっくり収めた。


 暗闇に目が慣れ始め、男の全貌が見えてきた。

 わたしたちの目の前に立っていたのは、タキシードを着た老紳士だった。

 白髪で、右目を怪我していて隻眼、左目には片眼鏡をかけている。

 口元と顎に白い髭を生やし、整えてある。

 手を後ろで組み、わたしたちを縫い縛るような鋭い視線で捉えつつ立っていた。


 タキシードを着た白髪で隻眼の老紳士が口を開いた。


「お前たちがギルドが寄越したわたしの部下だな。期待はしていなかったが、中々、良いのを寄越してくれたな」


 白髪の老紳士が続けて自己紹介をする。


「私の名前はガルマンダ、これは今の名前だ。これから言う名前は他言無用、一度しか明かさない。昔は夢死幻狼むしげんろうと呼ばれていた」


「まさか⁉」


 その名を聞いて驚き、わたしは思わず声を漏らした。

 ソーモンのギルドの中でも、かつて最強と呼ばれていた伝説の暗殺者<夢死幻狼むしげんろう>。

 彼はずいぶん昔に死んだとされていた。


「クレイジーキティー、お前たちも私と同じでのだな」


 そう、わたしたちも男と同様に死んだとされている。

 夢死幻狼むしげんろうとわたしたちクレイジーキティは、同じようなものなのかもしれない。


「事前に大まかには説明は受けているな?」


 そう訊かれたわたしは、目の前の相手にプレッシャーを感じ、汗を流しつつ答えた。


「あ、あぁ、ソーモンのことを隠しつつローエン・レイモンドの計画とやらに手を貸すんだろ?」


「よろしい。大体そういう事だ」


 疑問に思って、わたしは目の前の老紳士ガルマンダに訊いた。


「それで、わたしたちは何をすればいいんだ?」


「私の部下として、お前たちにはメイドをやってもらう」


 そう言って、ガルマンダが背後に隠していた袋を二つ、わたしたちに向かって放り投げた。


 わたしとエルは投げられた袋を受け取り、抱え持った。


「これは?」


「メイド服だ。寸法は事前に聞いていた通りに仕立てから、嘘をついていなければサイズは合うはずだ。ここから出る時には着替えてくれ」


 袋の中には黒白のメイド服が入っていた。

 ほんとにメイドやるのか……、とわたしは胸中でつぶやいた。


「私は今、レイモンド家の三男ジャックス・レイモンドの執事をやっている。これが少々問題児でな、手を焼いて困っている。メイドもあまり長続きせず辞めていく。わたし一人ではどうしても手に負えん。そこで、ローエン・レイモンドに少し骨のあるやつがいないか頼んでみたのだ。そして今回、白羽の矢が立ったのがお前たちクレイジーキティだ」


わたしは自分の名をガルマンダに告げた。


「メルだ」

 

 エルも、続いて名を告げる。


「わたしはエルだ。よろしく」


 ガルマンダが頷き、続けた。


「よろしい。自己紹介がすんだところで少しだけ話をしよう。我々の直接の仕事は今年で十になるジャックス・レイモンドのお世話係だ。しかし、事情があってな、命を狙われることがよくある。私は給仕をメイドに任せて護衛を主にしていたが、先ほども言ったとおりメイドたちがすぐ辞めてしまう。そうなると給仕も行いながらジャックスの身を守るのは少々骨が折れる。そこで、予め護衛も出来て給仕も行えそうなメイドとして、お前たちに働いてもらう。これから給仕の主な仕事は私が教える」


「あんま自信ないよ?」


 エルが調子に乗った口調でそう言った。


「大丈夫だすぐ慣れる。ソーモンで幼い頃から生き抜いてきたのならメイドの仕事なんて天国に近いだろう。それに、王族や貴族界のある程度の立ち振る舞いは習得していると聞いている」


 ガルマンダが顎の白い髭を一度触り、続けた。


「ジャックスは、今現在は休暇の為ネスに帰ってきているが、普段はサンハイト領の学園で寮生活をしている。もちろん、我々も従者として同行する」


 髭を触り何か考えながら、ガルマンダが口を開く。


「とりあえずは簡単な給仕の仕事から任せたい。良いな?」


「あぁ、問題ない」


 わたしがそう返答した後、エルが面倒くさそうに口を開いた。


「要はガキのお守りだろ? 何とかなるだろ」


「正解だ。がんばってもらいたい」


 ガルマンダは何か含んだ口調で笑みを漏らした。


 わたしたちはガルマンダから指示を受け、とりあえず黒白のメイド服に着替えた。

 心配だったが服のサイズは合っていた。

 その後、ガルマンダに連れられて、わたしたちは倉庫を後にし、レイモンド家の屋敷へと移動したのだった。

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