第3話 前日昼 商人貴族ジャックス・レイモンド

 ロードネス城の謁見室、大きな窓から昼間の日の光が部屋に差し込んでいて、室内はとても明るかった。

 緑色の絨毯が敷かれた床に、五人用の長い赤茶色のレザーのソファーが二列向かい合って並んでいる。

 その向かい合ったソファーの前に、低めの木製の重厚なテーブルが一台置かれている。


 ソファーに座る髭を生やした齢五十台の落ち着きのある貴族服を着た男と、その対面には足を組んで座る赤茶色の髪の青い貴族服を着た恰幅の良い青年。

 青い貴族服を着た貴族の青年は、体格も良く健康そうで、肩幅も広く、自信に満ちた高圧的な態度と顔が印象的だった。


 彼ら二人の前のテーブルに、秘書らしきグレーのスーツを着た女性が、皿に載った紅茶の入ったティーカップを運んできて、それを静かに置いた。


 髭を生やした落ち着きのある男、ロードネス領の領主――ガラム・デ・ロードネスは、謁見室で若い訪問客を迎えていた。


「ジャックス君、久しぶりだね。マリエッタの副市長就任パーティー以来かな」


 笑みを浮かべる赤い髪の貴族の青年――ジャックス・レイモンド。

 赤い髪のジャックスは訪問客を迎えるロードネス卿の前で、組んだ足を決して正さず、礼儀しらずな態度を見せ続ける。

 自信に満ちた顔のジャックスは、レザーのソファーの背後に右腕を回し、グッとソファーに背をもたれかかる。


 赤い髪のジャックスがロードネス卿に向けて左手の掌を軽く返して、口を開いた。


「お久しぶりですロードネス卿。お元気そうでなによりです。そうです、お会いするのはマリエッタの就任パーティー以来ですね」


 笑顔を見せる赤い髪のジャックスの高圧的な態度を気にも留めず、ロードネス卿は彼に言う。


「ジャックス君も相変わらず元気そうでなによりだ」


「お気遣い痛み入りますロードネス卿」


 言動と態度が完全に不一致で、あべこべで不遜でありつつ、丁寧な言動を繰り返す赤い髪のジャックス。


 ロードネス卿が不遜な態度のジャックスに訊いた。


「それで、今日はどういった用件で私のところへわざわざ御出で下さったのかな?」


 不遜な態度を続ける赤い髪のジャックスが、率直に答える。


「マリエッタとの婚姻の申し出をしに参りました」


 ぐっ、と歯をかみ締め少し怪訝な顔したが、すぐに冷静になり、ロードネス卿が平常心のまま口を開く。


「申し出るだけなら構わぬが、私もマリエッタもそのような急な話し、受け取るとは思えぬが如何かな?」


 軽く鼻で一息つき、赤い髪のジャックスが口を開く。


「マリエッタももう良い年頃の女性、もうそろそろ相手を見繕ってみても良いのではと」


 赤い髪のジャックスは左手の拳を握った親指で、自身の厚い胸板を指し、続けた。


「それに私目においては古くから付き合いもあり見知った仲。急な政治勢力の政略結婚に巻き込まれるよりは、今のうちに気心の知れた者と結婚をしておいたほうが、無難だとは思いますが」


 ふむ、とロードネス卿が軽く頷き、口を開く。


「事実、あの容姿だ。マリエッタにはそのような話が山のように来る。だがな」


 一口、釘を刺すように軽くジャックスを睨みそう言って、ロードネス卿は続けた。


「もちろん、私もマリエッタも、我々はその全てを受け入れる気はない。それはそなたとて同じこと。いくら見知った仲であろうと、そのような急な話は残念だが受け入れることはない」


 それを聞かされても、赤い髪のジャックスの目元の笑みは崩れていない。


 一息入れて、ティーカップの取っ手を摘んで口元に運び、お茶を一口飲むロードネス卿。


 ロードネス卿がテーカップを皿に置き、訊く。


「因みに訊くが、それはかな?」


 両手を軽く挙げて、ジャックスが答える。


です。特に兄上の、長男ローエン・レイモンドのです」


 やれやれ、と赤い髪のジャックスの話の意図を理解したロードネス卿がうつむき軽く頭を振り、少し緊張がほぐれる。


 ははっ、と軽く笑い、ジャックスが続けた。


「まぁ、マリエッタとの結婚は私の本望であるのも事実。無礼なのは承知の上ですが、今回、こうやってお伺いしたしだいです」


 ため息を吐き、ロードネス卿が口を開く。


「レイモンド伯爵家の事情は良く知っておる。最近、レイモンド家についての物騒な話も耳に入るのでな。特にそなたが口にした長男ローエン・レイモンドについては良い話しは聞かぬ」


 ロードネス卿が、赤い髪のジャックスの心なしか静かになっていく顔色を窺がいながら、続ける。


「話は良く分かった。申し出についての返答は変わらぬが、もうすぐ学生祭が開催される。マリエッタもそれまで忙しいだろう。それまでここロードネスでゆっくりしていくが良い。色々事情があるそなたにとっても、滞在中は監視もないだろうし気休めぐらいにはなるだろう」


 謁見中で初めて赤い髪のジャックスがロードネス卿に頭を下げた。


 ジャックスがお礼を言う。


「お気遣い感謝申し上げますロードネス卿。それではお言葉に甘えさせてもらい、学生祭までロードネスに滞在させていただきます」


 席を立ち上がり、ジャックスが再び頭を下げる。


「それではロードネス卿。今日はこのあたりで失礼いたします」


「うむ、気にすることはない。ゆっくりしていきなさい」


 赤い髪のジャックスが、今まで静かに背後に立っていたタキシードを着た隻眼の白髪の老執事に命令する。


「ガルマンダ、行くぞ」


「はい、ジャックス様」


 白髪のオールバック、顎と鼻下に整った白い髭、左目には片眼鏡を掛けている。

 右目は額から伸びる一筋の斬り傷の跡により塞がっている。


 白い手袋に、タキシードを着た隻眼の老執事――ガルマンダが、ロードネス卿に向かい、左手を背後に、右手を胸の前に当て、深々と丁寧にお辞儀をして、謝罪の意を述べる。


「この度はジャックス様のご無礼の数々、大変申し訳ありませんでした、ロードネス卿」


 軽く手を挙げ、ロードネス卿が言葉を返す。


「ガルマンダ、気にすることはない。いつものことだ」


「ありがとう御座いますロードネス卿」


 それでは、ときびすを返し、タキシードを着た隻眼の白髪の老執事が、先を行くジャックスの背後について部屋を出て行く。


 ロードネス卿の秘書が部屋のドアを開け、二人に頭を下げる。

 二人が部屋から出て行くのを見守るロードネス卿。

 二人が出て行ったことを確認し、秘書が開けたドアを静かに閉めた。


 ロードネス卿がどっ、とレザーのソファーに背をもたれかかり、やれやれ、とため息を吐く。


 ロードネス卿はテーブルの前に用意された紅茶を飲む。

 マリエッタの今後についても真剣に考えなければいけない時期なのか……、と自問しつつ、ロードネス卿は短い一時をくつろいだのであった。

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