第4話 昼1 ギルドからの依頼1

 白い三角巾を頭に被り、妹がバイト先で使ったお下がりの補修済みの茶色のエプロンを着けた貴族風ニートの青年――ユリウス・ロップス・グレイシアは、自宅リビングの一角で椅子に腰掛け、午後の一時をくつろいでいる。


 椅子に腰を掛ける白い三角巾を被ったユリウスのすぐ脇の壁には、先ほどまで使っていた箒とちりとりが立てかけてある。


 ユリウスが窓の外の景色を眺めると、通りには近所のおばさんたちが立ち話をしたり、時々荷馬車が通り過ぎていくのが目に映る。


 いつもの穏やかな午後の一時だった。


 ガタガタの使い古された木製のテーブルの上には、有名ブランドヌワールのティーセットが二つとティーポットが、窓から差し込む日の光に照らされて、白く輝き厳かに佇んでいる。


 ティーカップの取っ手をつまみ、一口、紅茶をすする。

 鼻腔から抜けていく、さわやかな紅茶の香りとかすかに残る甘い香り。

 喉を流れていく黄金の液体は、まるで金色の飴のようなフルティーな甘さを舌の奥に残していく。


 カチャリと陶器のぶつかる音を静かに立て、ティーカップを皿の上に置く。


 キッチンの片付け、リビングの掃除、風呂掃除、トイレ掃除、自宅警備員としての日中の作業を終えて、白い三角巾を被ったユリウスはくつろぐ。


 和やかな窓の外の景色を眺めつつ、高級な紅茶を望みどおりのブランド物のティーセットで味わう。


 ユリウスにとって、なんとも言えない至福の一時であった。


 そんなユリウスの耳に、僅かに騒がしい足音が、玄関側の家の外から聞こえてきた。

 カツカツカツと足早の、女性が履くヒールの音が裏路地に反響している。


 その足音は確実に、この穏やかな午後の一時を破壊しに来たものだろう、とわざと聞こえるように鳴らしている気配から、薄々ユリウスは感じとった。


 耐え難い怒りを押さえつけているかのような、息巻く気配も感じる。


 足音がリビング奥の玄関に近づいてくる。


 ヒールが地面を叩く音が、玄関の前で止まった。

 そして、バーンと激しい音と共に、唐突に玄関のドアが勢いよく開かれた。




 玄関を開け放って、そこに立っていたのは、ベージュのワンピースを着た金髪の女性――マリエッタ・ロードネスだった。


 ベージュのワンピースを着たマリエッタは、今にも大声を吐き出しそうな自分を押し殺すかのように、ほっぺをぷっくりと大きく膨らましている。

 険しく眉をひそめたその彼女の眼光は、明らかに怒りを宿していた。


 ベージュのワンピースを着たマリエッタが、ドアをまたバーンと激しく閉めると、部屋の窓に振動が響いた。


 ぐぐぐぐ、とうつむき握りこぶしを作り、胸を挟むように両腕を引き締める。


 顔を膨らませていたマリエッタが、顔を上げて絶叫する。


「一体なんなんですのあの失礼な男はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 今まで押し黙っていた感情を爆発させるマリエッタ。


 ベージュのワンピースを着たマリエッタが、歯をぐっとかみ締め、歯軋りする。


「わたくしは今、寝る間も食事も惜しむほど忙しいですのよ!」


 ベージュのワンピースを着たマリエッタが、リビングの窓際で椅子に優雅に腰掛けている白い三角巾を被ったユリウスにターゲットを絞り、鋭い眼光を向けて足を踏み出す。


「それなのにあの失礼で横暴な男はわたくしの貴重な貴重な貴重な時間を奪った挙句!」


 ベージュのワンピースを着たマリエッタが、喚きながら白い三角巾を被ったユリウスに勢い良く近づく。


「しつこく付きまとい我が物顔でわたくしの執務室にまで来て居付き!」


 白い三角巾を被ったユリウスの目の前で立ち止まり、テーブルに手を置くマリエッタ。


「仕事中のわたくしの目の前でくつろぎながら下品にお茶を飲む始末!」


 身を引いてたじろぐ端整な顔のユリウスに、身を乗り出して顔を鼻先まで近づけ、ベージュのワンピースを着たマリエッタがヒステリックに叫ぶ。


「お父様は一体何を考えてますの! とっとと追い返せばよろしかったですの!」


 マリエッタの気迫に押され、いつも冷静なユリウスの正気が珍しく乱れる。


 ふ、ふっ、と二回、白い三角巾を被ったユリウスが動揺しつつ鼻で笑い、クセのある金髪の髪を額から掻き揚げ、冷静そうな態度を見せる。

 ユリウスがティーポットまで手を伸ばし取っ手を掴み、腕を伸ばしたままの片手で器用に、空のもう一つのティーカップにお茶を注ぐ。


「ま、まぁ、お茶でも一杯飲みたまえ」


「ありがとうございますわ!」


 興奮しながらお礼を言い、ベージュのワンピースを着たマリエッタは、左手でティーカップを掴み、お茶の熱さも感じない素振りで、顔を上げて一気にそれを飲み干した。


 荒々しくティーカップを皿の上に置き、時間差で胸の奥で熱さを感じたのか目をぎゅっと瞑り、マリエッタは胸に手を当てて漸く大人しくなる。


 げほげほ、とうつむき咳き込むベージュのワンピースを着たマリエッタ。


 白い三角巾を被ったユリウスはポケットから白いハンカチを取り出し、マリエッタに差し出す。


 マリエッタが白いハンカチを受け取り口にあて、静かに声を出す。


「ありがとうございますわ……」


 大人しくなったマリエッタを見守りつつ、白い三角巾を被ったユリウスが訊く。


「それで、一体誰なんだその男とは?」


 ピンク色の麗しい唇を白いハンカチで拭きつつ、マリエッタが答える。


「ジャックスですわ。あなたも知ってるあの商人貴族のジャックスですわ」


 へぇ、と懐かしい友人の名前を聞き、ユリウスが僅かに驚く。


 ベージュのワンピースを着たマリエッタが、ばつが悪そうに口ごもり、白い三角巾を被ったユリウスから目を逸らし口を開く。


「求婚、されましたわ……」


 間髪を入れず、白い三角巾を被ったユリウスが笑顔で答える。


「そうかおめでとうマリエッタ、お似合いではないか!」


 それを聞いたベージュのワンピースを着たマリエッタは、すかさず持っていた白いハンカチをユリウスの顔面に叩き付けた。


「めでたくありませんわ! あなたも他人事みたいに言うんじゃありませんわ!」


「他人事……?」


 そう小声で反応し、白いハンカチを顔から外し、目を瞑り少し首を傾げるユリウス。


 暫く微妙な空気の静寂が訪れる。


 少し違和感のあった自分の言動に気がついたベージュのワンピースを着たマリエッタが、はっと顔を上げ、そそくさと乱れた服を調える。


 白い三角巾を被ったユリウスから再び不自然に目線を逸らし、顔を赤らめるマリエッタ。


 顔を背け、ベージュのワンピースを着たマリエッタが腕を組み、動揺しつつユリウスに言った。


「か、勘違いしないでいただきたいですわ。私が嫁いでしまったら一ゴールドの日銭も稼げなくなりましてよ」


「それは若干困る」


「で、でしょう。あなたは困りますわ」


 何とかごまかしきろうとするマリエッタは、顔を戻して話題を変える。


「それにしても、先ほどの紅茶はゴゴノカーディン、それにティーセットはヌワールの物とお見受けしましてよ。一体どうやって手に入れたのですの?」


 白い三角巾を被ったユリウスが答える。


「マリエッタからもらった一ゴールドをコツコツためて買ったのだよ」


「途方もない執念ですわね……」


 購入した合計金額が頭に浮かび、半ば呆れてマリエッタがそう言った。


 ベージュのワンピースを着たマリエッタが自分の胸に右手を当て、続けた。


「でしたらわたくしに言ってもらえば一つや二つ、差し上げましたのに。余っている物もありましてよ」


 白い三角巾を被ったユリウスが窓に視線を移し、何かを思うように口を開く。


「いや、今日は特別な日でね、自分で何とか購入したかったのだ」


 気持ちだけ受け取っておくよ、とユリウスが付け加える。


 自分で、といいつつお金の元をたどればお駄賃として渡していた自分の一ゴールドであることに、若干の違和感を感じつつ、マリエッタは続けた。


「まぁいいですわ。何はともあれ、ジャックスのことは置いておいて……」


 と、ベージュのワンピースを着たマリエッタが何か言いかけたところで、二人は家の外に何かの気配を感じ、お互い顔を上げた。

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