第5話 昼1 ギルドからの依頼2
路地を反響し、誰かが玄関に向かってくる足音が聞こえた。
その足音は、リビング奥の玄関の前で止まる。
玄関前で誰かの気配を感じ、白い三角巾を被ったユリウスとベージュのワンピースを着た金髪のマリエッタが、互いに目を見合わせる。
すると、ガチャン、という音と共に玄関が勢い良く開け放たれた。
開け放たれた玄関に、恰幅の良い青い貴族服を着た赤茶色の髪の青年が、手を大きく広げ立っていた。
自信に満ちた笑顔の恰幅の良い貴族の青年――ジャックス・レイモンドが大声を上げる。
「探したぞマリエッタ! さぁ、こんな薄暗いむさくるしい場所とはおさらばして一緒に食事でも行こうではないか!」
まくし立てるようにそう言い、青い貴族服を着た赤い髪のジャックスは、玄関をくぐり、部屋の中を見回す。
ジャックスの背後で、玄関のドアが自然に閉まっていく。
顔を見合わせる金髪のマリエッタと白い三角巾を被ったユリウスは、青い貴族服を着たジャックスが突然現れたことに驚いた。
キッチンカウンター奥に覗く、リビングの窓際の、意外と距離の近い二人の姿を見て、ジャックスの顔が少し陰る。
恰幅の良い青い貴族服を着た赤い髪のジャックスが歩き出し、口を開く。
「さぁ帰ろうマリエッタ。こんな埃臭いところにたいした用はないだろう」
キッチンカウンターの脇を通り、リビングまで進み出て、ジャックスが足を止める。
ベージュのワンピースを着たマリエッタが突然現れたジャックスに驚きつつ、口を開く。
「ジャックス、どうしてここが……」
腕を組み、笑みを浮かべる恰幅の良いジャックス。
「甘く見てもらっては困る。これでも商人貴族、情報収集は得意だ。お前の居場所ぐらいすぐ見つけて見せるさ」
それを聞き若干、背筋に冷たいものを感じ、顔を歪める金髪のマリエッタ。
ジャックスがマリエッタの横で椅子に腰を掛けている白い三角巾を被ったユリウスを見下し、言葉を吐き捨てる。
「やせ細って冴えない男だな。目的は金か? なら俺が言い値を払ってやるから二度とマリエッタには近づくな」
ぎっ、と歯を食いしばり、マリエッタがすかさず怒鳴る。
「その言動は彼に対しても、わたくしに対しても失礼すぎますわ! それにあなたは旧友に対してもそんなことを言いますの!」
「旧友? 誰が?」
赤い髪のジャックスが不思議そうに、白い三角巾を被った涼しい顔のユリウスを見下ろす。
ベージュのワンピースを着たマリエッタが、白い三角巾を被った涼しい顔のユリウスに手を向けて、言った。
「良く見なさい。彼は学園で一緒だったあのユリウス・ロップス・グレイシアよ」
目を細め、椅子に腰掛ける涼しい顔をしたユリウスを暫く睨むジャックス。
赤い髪のジャックスは、白い三角巾を頭に被り茶色いエプロンをして椅子に座るユリウスを、じっと見つめる。
記憶を思い出すかのように暫く考え、ジャックスが口を開いた。
「まさか、ほんとなのか……、お前、本当にあのユリウスなのか……」
白い三角巾を被ったユリウスが軽く微笑み、手を上げて挨拶をする。
「やぁジャックス。相変わらず元気そうだね」
暫く目を瞑り、黙り込む赤い髪のジャックス。
ふん、と鼻で息を吐き捨て、目を開けたジャックスが口を開く。
「見違えたぞユリウス……」
ジャックスがゴミを見下すような不敵な笑みを浮かべ、残念そうに言った。
「こんなに落ちぶれて惨めに、馬小屋みたいな場所でうだついているとはな」
マリエッタがたまらず声を上げる。
「ジャックスいい加減口を慎みなさい!」
白い三角巾を被ったユリウスがため息を吐き、興奮するマリエッタの手を掴み、まぁまぁ、と彼女の怒りを押さえ込む。
興奮してなにやら声を荒げるベージュのワンピースを着たマリエッタを、白い三角巾を被ったユリウスが、慣れた様子で軽くなだめる。
気軽にマリエッタの体に触れる涼しい顔のユリウスを見て、ジャックの顔色が激しく変わる。
多少は余裕のあったジャックスの笑みが完全に消え、彼の鋭い眼光が愛想笑いをする白い三角巾を被ったユリウスに向けられる。
赤い髪のジャックスの手に血管が浮かび上がり、胸の前で組んでいる自らの腕を強く握り締める。
目の前で仲良くいちゃつくマリエッタとユリウスを見て、ジャックスは歯を食いしばり、自分の太い腕を強く押さえつける。
白い三角巾を被ったユリウスは、相変わらず緊張が走る場の空気を読まず、ジャックスに振り返り、言った。
「久しぶりなのに大した御持て成しも出来ないで悪いなジャックス。馬小屋でよければ少しくつろいでいかないか?」
赤い髪のジャックスが足を踏み出す。
様子のおかしいジャックスに感づいて、マリエッタが慌てて静止しようとする。
ジャックスは前に出た静止しようとする《《》》マリエッタを腕で強引に押しのける。
白い三角巾を被ったユリウスがテーブルの前に立つジャックスに向かって、止めの一撃を言い放つ。
「そうだ丁度三人いるし、ほらこのヌワールのティーセットもある。二つだけど。それに前から聞きたいこともあったし、あのときのお茶会の続きでもしようじゃないかジャックス」
それを聞き、赤い髪のジャックスが大きな腕を振りかぶり、テーブルの上のティーセットとティーポットを払いのけた。
ガシャーン、と大きな音を立ててそれらが床に叩き落され、砕け散った。
赤い髪のジャックスが白い三角巾を被ったユリウスの胸倉を掴み、締め上げた。
怒りで興奮し真っ赤で、鬼のような形相の赤い髪のジャックスがユリウスに怒鳴る。
「貴様はいつもそうだった! いちいち俺の癪に障ることを涼しい顔して平気でやりやがる! 嫌がらせがそんなに楽しいのか! 喧嘩がしてぇんならはっきりそう言え!」
「ジャックス!」
バシーン! と大きな破裂音と怒鳴り声がした。
赤い髪のジャックスの頬に、マリエッタの渾身の平手打ちが入った。
ベージュのワンピースを着たマリエッタが怒鳴る。
「ジャックス! いい加減にしなさい!」
険しい顔をしたマリエッタが続ける。
「ここはユリウスの家よ! ユリウスが居るのは当たり前じゃない!」
息もつかせず、マリエッタが赤い髪のジャックスの顔を指差し、続けて言った。
「出て行くのはあなたよジャックス! ユリウスに用もないあなたは今すぐこの場から立ち去りなさい!」
マリエッタが玄関を指差し、ジャックスに出て行くよう促した。
怒りで興奮して自分がしてしまったことに気がついたのか、息巻いていた赤い髪のジャックスが目を伏せてゆっくり呼吸を整え、白い三角巾を被ったユリウスの胸倉から手を離した。
そして肩を落とし、ゆっくり振り返り、背を向けて歩き出す。
黙って彼を見つめる二人は、青い貴族服を着た恰幅の良いジャックスの少し寂しそうな背中に、叱られて反省する動物のような哀愁を感じた。
床を踏み玄関へ進む赤い髪のジャックスの足音が、弱弱しく響く。
何も言わず、ジャックスの寂しげな背中を見つめるマリエッタとユリウス。
玄関のドアを静かに開け、赤い髪のジャックスはそのまま物言わずに立ち去っていった。
ドアが静かに閉まるのを見て、二人がため息を吐く。
白い三角巾を被ったユリウスが肩を落とし、椅子を離れて床に屈む。
床に砕け散ったティーセットの破片を静かに拾い集めだす、うなだれた姿のユリウス。
マリエッタが申し訳無さそうに言葉をかける。
「こんなことになってしまって、ごめんなさいユリウス。わたくしのせいですわ」
白い三角巾を被ったユリウスが、床に散らばったティーセットの破片を拾い集めつつ、答える。
「気にすることはない。俺もジャックスを怒らせてしまった。もっと上手くジャックスに声をかけて上げられたかもしれない……」
堅気に自分を責め、肩を落とすユリウス。
そんなユリウスを見て、マリエッタは手を差し伸べようとする。
しかし、何かを思い出しその手を止めた。
マリエッタは触れてはいけない、近づいてはいけない、そんな結界のような壁を突如、破片を拾い集めるユリウスから感じた。
差し伸べようとした手を引き、ぐっと堪えるマリエッタ。
そして、あることを思い出す。
肝心の、ここへきた、忙しい中でユリウスに会いに来た目的だった。
気を引き締めたマリエッタは、壊れたティーセットを拾い集める哀愁漂う姿のユリウスを、険しく厳しい顔で見つめる。
マリエッタがポケットから一通の封書を取り出す。
封書は赤い蝋で判を押されて封をされている。
指に挟んだその封書を、マリエッタはテーブルに向かって投げた。
封筒はテーブルの上に綺麗に着地した。
指を前に、封書を投げたその態勢のまま、マリエッタは白い三角巾のユリウスを見下す。
獲物を狙う視線を感じた小動物のように、床に散らばる破片を拾うユリウスの動きがピタリ、と止まった。
凛々しく、麗しいマリエッタの声が響く。
「怪盗オクター、秘密ギルド<五臓六腑>頭首から、直々にあなたへ依頼します」
マリエッタのその言葉を聞き、ゆっくり顔を上げるユリウス。
その彼の顔はいつもの弱弱しい優男のニートを演じる兄の、優雅でやさしげなものとは全く違うものだった。
冷たく獲物を狙う強者の顔に変貌し、マリエッタを見上げる鋭い眼光からは、大理石で出来た精巧な石造の芸術品のように、あらゆる雑念が消え去っていた。
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