第2話 朝 少女と兄
ベッドで口を開けて腹を出し、気持ち良さそうに眠りこける少女の顔に、窓から朝の日の光が差し込む。
ゆっくりと目を開き、腹が出ていた服を調え、上半身を起こす。
そして欠伸を欠き、背伸びをする。
今起きたばかりの少女――リア・グレイシアが、ブロンドの髪のぼさぼさの寝癖頭を右手で押さえ、ベッドから足を下ろす。
ベッドから降りて左手で肘を支えた右腕を伸ばし、もう一度ぐっ、と背伸びをする。
欠伸を欠きながら歩を進め、ドアの前に立つ。
右手でドアノブを掴もうとするが一度目は失敗し、手が空振りする。
二度目でドアノブを握り、それを回しドアを開け、部屋を出た。
廊下に出て一階のリビングへ向かうため、階段を下りる。
ギシギシ、と一歩一歩階段を下りるたびに床のきしむ音が響く。
リビングに出て、いつもの窓際の丸いテーブルに居る兄の方へ目が向く。
その兄の姿にいつもとは多少違う違和感を感じつつ、右手で口を押さえて欠伸を欠き、リアが口を開いた。
「ごきげんようですわ、お兄さま……」
カチャリ、と陶器のカップと皿のぶつかる高級で静かな音が響く。
白いブラウスを着て茶色のキュロットパンツを履いた兄――ユリウス・ロップス・グレイシアが、手に持った陶器のテーカップが乗った皿をテーブルに置き、優雅に口を開いた。
「おはよう我が妹よ。丁度、お茶を入れたところだ」
またいつもの……、とため息混じりにリアが言う。
「お兄さま、何度も言いますようにそれはお茶ではなくお……、湯……?」
先ほどから感じていた違和感の正体、リアは兄の目の前に置かれた上品なデザインの白い陶器のティーカップと皿のセット二つと、陶器の白いティーポットを凝視して固まった。
白いバラのような慎ましい陶器のカップ。
飲み口のカップの縁は、金で細く厳かに一回りあしらわれている。
その金の線の下に、薄い黄緑色の線が一回り入っている。
皿も同じようにミルクのような純白をベースに、金の縁に薄い黄緑色で少し太めの線が彩られている。
艶やかで女性の四肢のような細い取っ手のティーポット。
頭から腹の部分まで、妖艶な曲線を描くスタイルのティーポットも白く、金の線と薄い黄緑色の線が一回り入っている。
リアが俄かには信じがたいが、それが一体、何なのかに気づく。
生乳のような濃い白をベースに、金の線、薄い黄緑色の彩がされたそれは、間違いなく有名ブランド<ヌワール>のティーセットの特徴であった。
リアがゆっくりテーブルに近づく。
テーブルのティーセットの前で立ち止まり、目の前のそれを見て動揺する。
「お、お、お兄さま……、これは一体……」
ふっ、と金色の髪を掻き揚げ微笑し、兄が言う。
「妹よ、ひとまずお茶を飲んで落ち着きたまえ」
兄はティーポットを手に取り、もう一つの空のティーカップに茶色の液体を優雅に注いだ。
ティーカップに静かに注がれる茶色い液体から、ほのかに柔らかい湯気が立つ。
立ち昇る湯気が空気に晒されると共に、リアの鼻腔に甘い香りが漂った。
リアは固唾を呑み、ティーカップの乗った皿を左手で持つ。
カタカタと緊張して手が震えている。
ティーカップの取っ手を右手でつまみ上げ、金の線が入った縁を口につけた。
茶色い液体を一口含むと、リアの口の中にフルーティーな甘さと軽くやさしいほのかな苦味が広がる。
ごくりと喉に流し込むと、さわやかな紅茶の後味が喉の奥から鼻に抜けていく。
カッと目を見開き、リアが驚愕した。
「ま、まさかこれは……高級紅茶ゴゴノカーディン!」
リアの反応を見て、兄が自慢げに言う。
「正真正銘ヌワールのティーセットにゴゴノカーディンだ!」
暫く高笑いする兄と震える妹。
リアはもう一口飲み、心を落ち着かせ、皿をゆっくりテーブルに置いた。
暗い顔で、リアが兄に聞いた。
「それでお兄さま、これは一体……」
「本物のヌワールと本物のゴゴノカーディンだ」
「いえ、そういう話ではなく」
ぎろり、と兄に睨みをきかせるリア。
リアが続ける。
「まさかとは思いますがご購入なされたのではないのでしょうか」
ふっと、笑い、兄はポケットから銀行の通帳を取り出して差し出した。
兄が言った。
「貯まりに貯まったマリエッタからの一ゴールド貯金が少しばかり足りなかったので足させて貰った」
とっさに兄から奪い取るように、素早く強引に通帳を兄の手から引き離すリア。
恐る恐る通帳を開く。
最後のページの最後の行に記入されている印字は九ゴールド。
その前は五十ゴールドの引き出しであった。
「クソがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
バーンと床に突っ伏し、顔を腕で覆い涙を流し叫ぶリア。
「このクソニートがあぁぁぁぁぁぁ!」
叫び、泣き喚くリアは、とてつもない怒りと悲しみの重さから、その場から一歩も動くことが出来なかった。
「泣くほど喜んでくれるとは、そんなに嬉かったのか妹よ」
悲痛な叫び声を上げ続ける妹の前で、高笑いする兄。
そんな、仲の良い兄妹の、いつもの日常、いつもの朝の始まりであった。
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