貧乏貴族2

はんどれーる

~貴族の羊はなにとをもふ~

貧乏少女と怪盗オクター

第1話 夜 ネス港での密会

 都市ロードネスから約六百キロメートルの南に位置する港町ネス。

 ここはロードネス領最大の港町である。


 今は月の明かりもなく暗い夜の港に、昼間のような活気はなく、往来する荷馬車や人の気配はない。

 泊地の岸壁に停泊中の貨物船が二隻と、客船が一隻、暗く波打つ海面に浮かんでいる。

 港には三角屋根の大きく広い倉庫が、数多く建ち並び整列している。


 暗闇に包まれたそんな倉庫の一つに、ただならぬ人の気配があった。


 扉は閉ざされ、明かりのない倉庫内には、瓶詰めされた食料や食材、酒、物品などが入った木箱や麻袋が積まれていた。


 倉庫内の一角の暗がりの中で、四人の人影が浮かんでいる。


 手を後ろで組んで佇む、タキシードを着た隻眼の白髪の老紳士が、鋭い眼光で前の男を見つめている。

 タキシードを着た白髪の老紳士の右目は、額から頬骨にかけての切り傷の跡で塞がっている。

 左目には丸い片眼鏡を掛けていて、顎と鼻下に整った白い髭を蓄えている。

 

 タキシードを着た白髪の老紳士の左右の両脇に、手を前で組むメイド二人が佇んでいた。

 一人は黒髪のロングヘアーの女で、丸い縁の伊達眼鏡を掛けている。

 もう一人はセミロングの黒髪の女で、細く鋭い目をしていた。

 二人ともおそろいのメイド服を着ていた。


 そのタキシードを着た隻眼の白髪の老紳士と、黒いロングヘアーで丸い眼鏡を掛けた女メイドと、黒髪でセミロングの目つきの鋭い女メイドの三人と、対面している男がいる。

 フードを被り顔を隠し、黒いローブを羽織った不気味な男だった。


 顔を隠したローブの男が笑みを浮かべ、静かに佇むタキシードを着た隻眼の白髪の老紳士に言った。


「まさか、お前たちが生きていたとはな……」


 くっくっく……、と顔を隠したローブの男の不適な笑いが、暗がりの倉庫内に響いた。


 顔の見えないローブを着た不気味な男が、続けて言った。


「伝説の暗殺者、夢死幻狼むしげんろうと、殺戮姉妹さつりくしまいクレイジーキティ。もう十年以上も前に死んだとされているお前たちと、こうやって仕事の話ができるとはな。今回、ボスから名前を聞いたときはビックリしたぜぇ……」


 タキシードを着た隻眼の白髪の老紳士と二人のメイドは、ぶれることのない真っ直ぐな姿勢でピクリとも動かず、鋭い目つきでローブを着た不気味な男を黙って見つめる。


 呼吸すら感じさせない直立不動で静かな三人に向かって、顔の見えないローブを着た不気味な男が、少し興奮気味に続ける。


「ギルドのランクで言えば最高のレジェンドクラスでもおかしくないあんたが、一体どうして死を偽装してまで貴族のお守りなんて冗談みてぇな仕事引き受けてたんだい?」


 タキシードを着た隻眼の白髪の老紳士の冷たい声が響く。


「仕事の話だけをしろ」


 それを聞き、やれやれ、と顔の見えないローブの男が、手を上げ肩をすくめる。


「まぁいいや、俺はあんたたちに比べれば新米なもんで。ちょっとしたファン心理みてぇなもんだ、おしゃべりなのは元からだから許してくれ」


 口を堅く閉ざし黙ったまま、顔の見えないローブを着た不気味な男を見つめるタキシードを着た隻眼の白髪の老紳士と、黒いロングヘアーの丸い眼鏡を掛けた女メイドと、目つきの鋭いセミロングの黒髪の女メイドの三人。


 仕切りなおして、顔の見えないローブを着た不気味な男が話し始めた。


「今回の依頼は二つ。一つはあんた達の主人からの……、からの依頼だ。レイモンド家三男のジャックス・レイモンドの暗殺。これは依頼主であるレイモンド家の長男が兼ねてから計画していたレイモンド家の乗っ取り計画の一つ。跡継ぎの一人であるジャックスを殺害し、自分が跡を継ぐ基盤を磐石にしたい、ということだそうだ」


 顔の見えないローブを着た不気味な男が、微動だにせず堅く口を閉ざす三人に確認するように、そこで区切り顔を見回す。


 タキシードを着た隻眼の白髪の老紳士が口を開く。


「続けろ」


 へいへい、と顔の見えないローブを着た不気味な男が、面倒そうに口を曲げて返事をして、話を続ける。


「もう一つは俺たちからの依頼だ。都市ロードネスの副市長でありロードネス卿の一人娘、マリエッタ・ロードネスの暗殺だ。これは俺たちソーモンの秘密ギルド<>がロードネス領を支配する為、敵対する勢力の弱体化が目的だ」


 一呼吸置いて、顔の見えないローブを着た不気味な男が続ける。


「報酬はあんた達三人のソーモンの秘密ギルドへの復帰だ」


 タキシードを着た隻眼の白髪の老紳士が左目を瞑り、少し考え込む。

 顎の白い髭を二、三回右手でさすった後、口を開いた。


「悪くない条件だ。この仕事にも少々飽きが来ていたところだ」


 へっへっへっ……、と顔の見えないローブを着た不気味な男が不敵に笑って言う。


「破格だろう?」


 それを聞き、タキシードを着た隻眼の白髪の老紳士と、黒いロングヘアーの丸い眼鏡を掛けた女メイドと、目つきの鋭いセミロングの黒髪の女メイドの三人は、また無視するかのように何も答えずに黙り込む。


 顔の見えないローブを着た不気味な男が舌打ちし、続けた。


「ロードネスの活動で邪魔になるゴールドランクの冒険者たちは俺たちに任せてもらおう。ちゃんと手筈は整えてある。まぁ、あんたならそいつらが居ても大丈夫だろうがな、失礼だがブランクを考えたこちら側の念のための処置だ」


 タキシードを着た隻眼の白髪の老紳士が口を開いた。


「仕方のないことだ。受け入れよう」


 顔の見えないローブを着た不気味な男が続ける。


「意外と素直なんだなあ、まぁいいや、仕事の話は以上だ。質問はあるかい?」


 返答は無く、三人は鋭い眼光を顔の見えないローブを着た不気味な男に向けたまま、口を硬く閉ざして黙ったままだった。


 そんな三人の姿を見回して、顔の見えないローブを着た不気味な男が三人の意思を察する。


「ないようだな。まぁいいや」


 そう言うと、顔の見えないローブを着た不気味な男の足が、足元の影に吸い込まれる。

 ゆっくりと、顔の見えないローブの男の体が地面の影に沈んでいく。


「じゃあよろしく」


 バァイ……、と軽く手を振り、顔の見えないローブを着た不気味な男は、そういい残し、地面に消えていく。

 足、腰、胸と順に全身が地中に沈んでいく。

 顔の見えないローブを着た不気味な男の姿は、ものの数秒で完全に地中へと消えてしまった。


 再び静寂に包まれる倉庫内。


 倉庫に残されたタキシードを着た隻眼の白髪の老紳士と、黒いロングヘアーの丸い眼鏡を掛けた女メイドと、目つきの鋭いセミロングの黒髪の女メイドの三人は、しばらく直立不動のまま硬く口を閉ざし、思いつめた眼差しで黙り込む。

 暗闇に包まれた倉庫の中、その佇む三人の姿は、どこか寂しげであった。 

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