第22話 クレイジーキティ3

 父からもらったプレゼントの短刀とペンダントを首から下げたわたしたち姉妹は、村を出てから三日間、ソーモンの街に向かい南東へ、素足のまま森の中をさ迷い歩き続けた。

 顔や腕や足に切り傷や擦り傷を負い、服はボロボロになり、身体は汚れていた。

 獲物を狙う獣の気配に怯えながら身を隠し、夜は身を寄せ合い空腹に耐えつつ、歩き疲れて意識を失うように木の根に隠れて眠った。


 村を出てから四日目の夜に、ソーモンの街に着いた。

 助けを求めれば誰かが助けてくれる、そんな甘い考えのままわたしたちは街に入った。


 街は暗く、夜道を出歩く人々は誰もが怖く殺気立っていた。

 路上には飲んだくれてそのまま眠っていたり、蝿が集り動かなくなっている人が何人もいた。

 煙草の吸殻に生ゴミ、糞尿に吐瀉物、空の酒瓶や脱ぎ捨てられた衣類や靴などが転がっていて、ゴミで石畳の道は汚れて異臭が漂っていた。


 それでも、わたしたちは人がいることに安堵した。

 何日も服を着替えず身体も洗えず薄汚れたわたしたちは、誰に声をかけるのでもなく、薄暗い街をさ迷った。


 最初は助けを求めようとしたが、子供の声なんて聞く耳を持たず無視され続けた。

 すれ違う生気の無い人たちや荒れた街の光景を見て、この街は薄汚れた素足の子供に手を差し伸べる、そんな親切な雰囲気ではないことを悟った。


 人通りの多い繁華街から外れ、人気の無くなった路地で、空腹と疲れで意識が朦朧としていたわたしは誰かにぶつかった。

 ぶつかったのは二人組みの男だった。


「いてぇじゃねぇか!」


 といきなりわたしは振り返り様に蹴り飛ばされた。

 エルも続けて暴言を浴びせられ、蹴り飛ばされる。

 餌を求める野良猫を蹴散らかすように、男たちはわたしたちを追い払う。


「よさなかいかお前たち」


 と、地面を這い蹲るわたしの耳に、また別の男の声が聞こえた。


「ベックさん」


 顔を上げると、サングラスをかけた身なりの良い男が二人組みの男の背後に立っていた。

 男たちがベックと呼んだその男は、今まで触れ違ってきた生気のない人たちとは違い、生き生きとした余裕を見せていた。


「どうしたんだおまえたち。見ない顔だな」


 サングラスをかけた男は指輪だらけの手を、地面を這い蹲るわたしに差し伸べた。

 その男の掴んだ手は、村が襲われてからここまでで、初めて人の温もりを感じた気がした。

 わたしはエルを起こし、男に礼を言った。


「ありがとう……」


「いいってことよ。腹減ってるか? ならついてくるといい」


 サングラスをかけた男に連れられて、わたしたちは言われるまま人気のない路地をさらに奥へと進んでいった。

 連れてこられた場所はアパートに挟まれた、完全に明かりもなく、ゴミ溜めのような場所だった。


 男は立ち止まり、わたしたちに振り返った。


「さぁ、品定めといこうか……」


 サングラスをかけた男はいやらしく笑みを漏らしす。

 わたしたちの背後には、いつの間にか先ほどの二人組みの男がいて、道を塞いでいた。


 この街はこういう街だ。

 村で出会った黒装束の男が言っていた、運が良ければという言葉の意味が分かった気がした。


 わたしたちは、運が悪かったのだ。


「やめて!」


 とエルが叫んだ。


 首から下げていたプレゼントのペンダントを引っ張るサングラスの男の腕を掴み、エルは必死に抵抗した。

 サングラスの男は無言でエルを手の甲で殴り飛ばした。

 その衝撃でペンダントの紐が千切れ、エルは地面に突っ伏した。


 わたしは背後の男に抱きつかれて、動けなかった。

 背後の男の気味の悪い息遣いと息が耳に吹きかかる。


 サングラスの男がペンダントを手にして言った。


「なんだゴミじゃないか……」


 サングラスの男の手からペンダントが離れ、地面に落ちた。

 そして、男は地面に落ちたペンダントを踏み砕いた。


 その光景を見たわたしは、わたしの中で何かが弾けた感覚があった。

 急に大きく抑え切れない熱い怒りがこみ上げた。

 全身が、押さえきれない力で勝手に動いた。


 わたしは身をよじって振り返り、耳元の男の首に噛み付き、獣のように歯を肉に食い込ませ、頚動脈を食いちぎった。


 悲鳴を上げる男の手が離れ、わたしは首から下げた短刀を握り、鞘から引き抜いた。

 ペンダントを踏みにじるサングラスの男の太腿を、わたしは握った短刀で引き裂いた。


 男は情けない声を上げて膝を落とす。

 わたしは子供の背丈程の丁度良い位置になった男の顔面へ、短刀の刃を突き刺した。

 肉を突き破り、骨を貫き、男の顔面に短刀が深く突き刺さる。


 男は悲鳴を上げて顔を抑え、転げ回る。

 わたしは男に馬乗りになり、命を懇願する男を無視し、何度も短刀で男の顔面を貫いた。

 何度も、何度も、男が絶命しても、原型が無くなるほどに短刀を突き刺した。


 わたしは自分でも何をやっているのか分からなかった。

 こみ上げる怒りと興奮と快楽が、男の顔をぐちゃぐちゃにするわたしの理性を支配した。

 弱い者の命をいたぶることがこんなに気持ち良いことだったなんて……、わたしは血と肉片を浴びながら快楽に身を任せて何度も男の顔を短刀で破壊した。


「メル!」


 漸くエルのその声と、振り上げた手をエルに止められた感触で我に返った。

 気が付くと、目の前にはミンチになったサングラスの男の顔があった。

 地面の肉の中に、折れた短刀の刃が突き刺さっていた。

 短刀を握っていた手を見つめると、血まみれになった手と、刃の折れたプレゼントの短刀の柄が握られていた。


 弱すぎる……、父も、父が作ったこの短刀も、わたしの狩にはついていけない……、わたしは折角父からもらったそのゴミとなった短刀だった物を手から離し、地面に捨てた。


 静かになった周囲を見渡した。

 二人組みのもう一人の男はどこかへ逃げたらしい。

 わたしは死体となって動かなくなった男の身体を漁った。


「なにやってるのメル……」


 エルの不安そうな声が聞こえた。

 高価そうな服のうちポケットを弄り、わたしは死体を漁りながら答えた。


「もっと強い武器を揃えなきゃ。こいつからお金を奪って、もっと強い、壊れない武器を買わないと……」


 金貨の入った袋を見つけて手に取り、わたしは死体の指から指輪を外しながら笑顔で続けた。


「いけるよエル。わたしたちはここで狩をするんだ」

 

 わたしは金貨の入った袋に男の指から外した指輪を全部入れ、立ち上がった。

 金貨と指輪の入った袋を、わたしは誇らしく掲げて、見つめた。

 それが初めて動物の命を自分の手で奪い、そして手に入れたわたしの狩の成果だった。

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