第三章
第48話 魔族領ゴエティア
魔族領ゴエティア――。
そこは、アルブール王国から遠く離れた、決して人が踏み入れることは許されないとされる魔族達の住まう国。
ゴエティアとは連合国であり、その中には六つの国が存在する。
そしてこの六つの国は、それぞれが強大な力を持つ魔王により治められているとされている。
しかし、それだけならばゴエティアは存在しないだろう。
その六つの国が一つの連合国として存在する理由――。
それは、六つの国を一つに統治する絶対的な存在がいるから成し得ていることである。
連合国ゴエティアを統べし者。
それこそが、魔族の頂点にして最強の存在、大魔王サタンなのである――。
◇
ゴエティアにそびえ立つ魔王城の応接間へ、サタンにより招集された六人の魔王達が顔を揃える。
こうして魔王達が一堂に会するのは、非常に稀なことである。
前回集まったのは、数十年前。
その時は、この世界から天使が去ったのではないかという議論を行うためだった。
この世界には、常に世界の秩序を管理する大天使が存在している。
しかしある時を境に、大天使によるこの世界への干渉がパタリと途絶えていたのだ。
当時の話し合いでは、結論として要らぬ憶測で行動に出るのは得策ではないという結論に至ったため、この件については何もしない方向で話は決着した。
そもそも、魔王達にしてみれば大天使の存在は致命的な問題ではないのだ。
大天使が相手であれば、サタン達魔王が力を合わせれば倒せることが分かっている存在だからだ。
では、この世界で魔王達、そしてサタンという大魔王が恐れる存在とは何か――。
それはただ一人。かつてこの地を滅ぼし尽くした、大悪魔アスタロトである――。
サタンは今でも、あの時感じた恐怖を覚えている。
思い出すだけで、大魔王である自身の体が震え出す程に――。
それだけ、千年前の戦いはあまりにも一方的であったのだ。
最早あんなもの、戦いとも呼べず――そう、あれはただの、大悪魔による魔族の蹂躙だった――。
当時サタンにとって、敵は大天使だけであった。
この世界を管理する大天使さえ抑えることができれば、あとはこの世界の全てを手に入れることができると考えていた。
だからこそ千年前のあの時、魔王達が協力し合い大天使と戦い、そして見事勝利を収めた事で、魔族による世界征服を決行したのだ。
大天使さえいなければ、残る人間や他種族など敵ではなかった。
領地を広げて行く中、賢明な人間の国は戦わずして敗けを受け入れ、魔族の配下に下る国まで現れた。
サタンにとって、人間などに興味は無かった。
この世界を、自分の手に出来るのであればそれで良かったのだ。
だから、相手にこそならないが、それでも戦わずして一国が魔族の配下に下るというのであればそれで良かった。
そうして魔族による世界征服は、着々と進んでいくのであった。
だが、そんな順調に進んでいると思えた魔族による世界征服も、突如として現れた一人の大悪魔により、一瞬にして敗北に追い込まれてしまったのである――。
どこから現れたのかも分からない、一人の悪魔。
その悪魔によって、目の前で次々と消されていく配下達。
しかもそれは、どれだけ力を持つ存在であろうとまるで関係なく、ただ無差別に平等に、次から次へと消されていくのであった。
それがたとえ、魔王であっても関係なく――。
そんな、あり得ない光景を目の前で見せられたサタンは、この世に生まれて以来初めての感情を抱く事になる。
それは、恐怖――。
自身が魔族最強の大魔王であろうと、本能で察してしまったのだ。
あれには絶対に、敵うはずがないと――。
そしてサタンの出した答えは、逃亡だった。
一刻も早くここから立ち去らねば、サタンであっても無事でいられるはずがなかった。
大魔王であるサタンは、全力で逃げだす。
ただ一目散に、時には他の魔族を掻き分けてでも遠くを目指して――。
だが、そんなサタンを大悪魔が見逃すはずもなかった。
逃げるサタンに気付いた大悪魔は、魔族を屠りながらもサタンのあとを追ってくるのであった。
その速度は、サタンの全力を優に上回っていた。
そして、あっという間にサタンの前に立ち塞がる大悪魔――。
サタンは、死の恐怖とともにその姿をはっきりと目にする。
そこには、この世の美を全てかき集めたような、有り得ない程の美女の姿があった――。
ただ美しく、そして恐ろしい存在――。
サタンは絶望と共に、その姿を呆然と見つめることしかできなかった。
その死神のような美女に、これから殺されるのかと全てを諦めながら……。
だが、その時だった。
サタンに向けて、有り得ない数の多重魔法を向ける大悪魔の動きがピタリと止まったのである。
そして、別の何かに気付いたように、少し焦りの籠った表情を浮かべるのであった。
「――命拾いしたな。次また同じ過ちを犯すのならば、貴様の命は無いものと知れ」
それだけ告げると、大悪魔は急いでどこかへ飛び去って行ったのであった。
こうして、奇跡的に命拾いしたサタン――。
今でもあの時の大悪魔の一言は、サタンの頭の中にしっかりと焼き付いて離れない。
あの言葉を思い出す度、もう二度とあんな存在と敵対してはならないと、サタンは己を戒めるのであった――。
◇
今回、魔王達を集めた理由はただ一つ。
それは、この世界に再びあの大悪魔が現れたためだ。
絶対に敵うはずがない、サタンにとって唯一の恐怖の存在。
そんな大悪魔が再び現れた以上、サタンのすべきことは一つだった。
それは、次こそは大悪魔を討つため――ではなく、他の魔王達が勝手な行動をしないように、抑止するためだ。
サタンは震える手で、応接間の扉を開く。
扉の先には、既に六人の魔王達が席についていた。
千年前、同じくアスタロトの恐怖から生き残った魔王が二人、そして、当時のあの戦いに参加をしていない、消された魔王達の後釜として新たな魔王となった者が四人――。
新たな魔王達は、何用だとその反応は様々であるが、他の二人はこの会議の意味を既に分かっているのだろう。
神妙な面持ちで、サタンの方を向いていた。
サタンは、長机の上座へと腰かけると、集まった魔王達を一瞥する。
そして、この世界に再び現れた大魔王アスタロトについての話し合いをすべく、その重い口を開いたのであった。
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<あとがき>
ということで、第三章スタートです!
さっそく敗けを察している大魔王というのも、珍しいのではないでしょうか。
ただ、他の魔王達はどうなのでしょうね……。
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