第54話 レジェンダリーデーモン

「ああそうだ。おいお前、人手が足りていないのだろう?」


 ヤブンを連れて元の世界へ帰ろうとしていたイワンだが、アスタロトに呼び止められる。


「ひ、人手ですか……?」


 怯えながらも、返事をするイワン。

 今すぐにでもここから逃げ去りたい気持ちをぐっと堪えながら、これから何を言われるのかとビクビク怯えるしかなかった。


「ああ、我がお前の配下を殺してしまったからな。故に、人手は足りていないのだろう?」

「は、はい……その通りです……」

「であれば、使える奴をお前の下につけてやろう」


 アスタロトの言う通り、正直今のイワンは配下不足に悩まされている。

 その理由はもちろん、配下のほとんどをアスタロトに殺されてしまったからだが、そんなこと口が裂けても言えない……。


 だからこそ、ヤブンの存在には助けられているのだ。

 力こそアークデーモン以下ではあるものの、物事を考える力は無学の悪魔達より遥かに優れているからだ。


 それになにより、ヤブンは言わば運命共同体。

 同じアスタロト被害者の会として、唯一の同士でもあるのだ。


 そんなことを考えていると、アスタロトは魔法陣を展開する。


 赤く輝く、神々しさすら感じられる魔法陣――。

 それは、イワンをもってして見知らぬ魔法陣であった。


 デーモンロードである自身を呼び出すよりも、遥かに複雑かつ巨大なその魔法陣から、一体何が出てくるというのか……。

 そんな恐怖を抱きつつも、イワンはただその成り行きを見守るしかなかった。


「アスタロト様、お呼びでしょうか」


 そして魔法陣の中から現れたのは、一体の悪魔――。

 白い長髪を靡かせながら、ゆっくりと魔法陣の中から出てきたその悪魔は、アスタロトの前で跪く。


 通常、最上位悪魔であるイワンであれば、同じ悪魔の力量は一目で測る事が出来る。

 しかしアスタロト同様、この白髪の悪魔の実力はイワンでは測る事が出来なかった……。


「ジークよ。お前は今日から、そこのデーモンロードの配下としてサポートしてやってくれ。少々この世界の木っ端悪魔を減らし過ぎたせいで、バランスが崩れてしまってな」

「畏まりました。アスタロト様の頼みとあらば、私はその全てに従うのみです」


 不平不満一つ言わず、アスタロトの身勝手とも言える願いを聞き入れるジークという悪魔。

 そしてジークは、アスタロトへ深く一礼すると、イワンの方を振り向きこちらにも一礼する。

 そんなジークを前に、イワンも慌てて頭を下げる。


「紹介しよう。こいつの名はジーク。我の側近の一人で、レジェンダリーデーモンだ」

「レ、レジェ……!?」

「ジークならば、お前の配下としても十分な働きが出来るであろう」


 驚くイワンを無視して、淡々と話を進めるアスタロト。

 しかし、その飛び出してきた名前を前に、イワンの顔は見る見る青ざめていく――。


 ――レ、レジェンダリーデーモンだとぉ!?


 さらりとそう告げられたものの、レジェンダリーデーモンとはそんな簡単に語れるような存在ではないのだ。


 レジェンダリーデーモン。

 それは、伝説級とも言えるデーモンロードより更に上位の悪魔の位。


 通常、この世界においてデーモンロードが最上位悪魔という認識は間違ってはいない。

 けれども、そのデーモンロードの中でも更なる力を有する悪魔は存在し、それらを語る上で特別に与えられた位がレジェンダリーデーモンなのである。


 つまり、知る人ぞ知る最上位の上をいく存在。

 そもそも最上位とは、あくまでこの世界における尺度でしかないのだ。


 この世界の外にある、イワンですら未知の領域――。

 そんな、ある意味超越した存在が現れたことに、イワンは驚きを隠せなかった。


 何故イワンがそれを知っているのかと言えば、それは一度だけレジェンダリーデーモンと邂逅したことがあるからだ。

 それは忘れもしない、悪魔と天使の抗争があった時のことだ。


 突然召喚されたイワンは、天使達との抗争に参加させられたことがあるのだが、その際にイワンを召喚したのがレジェンダリーデーモンだったのである。


 天使の実力は凄まじく、その一体一体がデーモンロードと同格以上。

 しかし、そんな天使達はレジェンダリーデーモンにより容易く屠られていく様を見せられたイワンは、そのあまりの強さに戦慄したのだ。


 それまでのイワンにとって、自身の敵と成り得るのは天使ぐらい。

 そう思っていただけに、それらを凌駕する力を持つ存在というのは、イワンを恐怖させるのに十分過ぎたのだ。


 幸い、イワンは同じ悪魔側。

 レジェンダリーデーモンの矛先を向けられることはなく助かったのだが、そんなレジェンダリーデーモンが今目の前にいる状況に、イワンはただただ困惑するしかなかった……。


「ジークと申します。これより私は、貴方の配下として力になりましょう」


 イワンに対して、アスタロトの時と同じように跪くジーク。

 そんな有り得ない光景を前に、イワンの胃はキリキリと痛みだすのであった――。


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