第53話 和解

「アルス」


 話が済んだところで、ヤブンが改まった様子で声をかけてくる。

 その表情は、どこか思いつめているようだった。


「色々と、すまなかった」


 そしてヤブンは、アルスに対して神妙な面持ちで頭を深々と下げる。

 まさかのヤブンからの謝罪には驚いたが、自分でも不思議ともう負の感情はなかった。


「あ、うん……。僕はもう気にしてないよ」


 だからアルスは、笑ってそう返事をする。

 全く思うところが無いと言ったら嘘になるが、ヤブンからの謝罪が本心からのものだとちゃんと伝わったから。

 だからこそ、もう過去に縛られるのではなく、ヤブンにもこれから先を向いて欲しいと思ったのだ。


「それよりも、ヤブンくんの方はなんていうか、その……上手くやれてるのかな?」


 そしてアルスは、逆にヤブンへ問いかける。

 あの一件以降、ヤブンは今悪魔の世界にいる。

 そこがどんなところか分からないアルスは、そのことがずっと気になってはいたのだ。


「あ、ああ、有難いことに上手くやらせて貰ってるよ。最初は右も左も分からなかったけど、イワンさんに色々と教えて貰って、徐々に仕事も覚えられてるからな。――元々俺は、学校に通う前から就職するつもりだったんだよ。だからまぁ、色々と失敗はしちまったけど、こうして仕事をさせて貰えていることに感謝しているんだ」


 まぁまさか、就職先が悪魔界になるとは思わなかったけどなと笑うヤブン。

 そんなヤブンに、アルスも笑って応える。


「なら良かった。でも不思議だね、こうしてヤブンくんと普通に会話が出来るようになるとは思わなかったよ」

「本当にな。……俺はさ、正直に言えばずっとアルスの事が気に食わなかったんだよ。俺が何を言っても、一切俺に対して抵抗してこないところとか、それなのに女子から人気なところとかな。まぁそれも、全部俺の勝手な妬みだったわけだけどな」


 自重した笑みを浮かべながら、ヤブンはアルスに対して本音を口にする。


「いや、僕なんかが女子から人気なんてことはないと思うけど……」

「だから、そういうところだよ」


 ヤレヤレと笑うヤブンに、本当に自覚のないアルスは反応に困ってしまう。

 何故なら、これまで自分が女性から人気だなんていう自覚は全くないからだ。


「ほう? アルスは女子から人気なのか?」


 するとそこへ、先程までイワンと会話をしていたアスタロトさんが会話へ加わってくる。

 そんなアスタロトさんから話しかけられたヤブンは、恐怖から驚愕の表情を浮かべている。


「あ、いや、その……」

「どうなんだ?」

「ま、まぁ……その通りです……」

「ふーん、なるほどな」


 恐る恐る返事をするヤブンの言葉に、アスタロトさんはふむふむと頷く。

 そしてアスタロトさんは、アルスの方を振り向くと何やら探るように目を細めてくる。


 これは間違いなく、疑いの目というやつだろう……。


 圧倒的な力を持ち、立ち塞がる全てをなぎ倒してきたアスタロトさんによるその疑いの表情に、アルスはどう反応したら良いのか分からなくなる。


「ア、アスタロト、さん……?」

「なんだ?」


 アルスの呼びかけに、露骨に不機嫌そうに返事をするアスタロトさん。


「いや、な、何でもないです……」

「言いかけたんだ。最後まで言ったらどうだ?」


 誤魔化すアルスに、アスタロトさんはグイッとその美しい顔を近付けてくる。

 そんなアスタロトさんを前に、アルスは更に戸惑ってしまう。


「……お、怒ってます?」

「何故、我が怒る必要があるのだ?」

「で、ですよねぇ……」


 口ではそう言うが、やっぱりご機嫌斜めなアスタロトさん。

 よく分からないが、アルスはこれ以上の詮索は危険だと判断するのであった。


「……大悪魔相手でも、お構いなしだな」


 そんな二人のやり取りを見せられたヤブンは、そう言って呆れているのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る