第52話 後始末

 悪魔達の襲撃から数日が経過した。

 現在、クリストフ魔法学校は校舎の補修のため休校となっている。


 しかし、学校が休校中であっても、アルスに暇はなかった。

 何故なら、アルスの元へ訪ねてくる人が後を絶たないからだ。


 彼らの目的は同じ。

 それは、アスタロトさんに魔法を教えて貰おうと志願してきているのだ。


 悪魔達との命がけの戦いを経験し、痛感した己の無力さ――。

 それを克服するためにも、今より強くなりたいと強い意志をもって、ここを訪ねてきているのである。


 そんなわけで、学校は休校となった今、代わりにアスタロトさんによる魔法訓練が連日行われているのであった。

 そんな取り組みは次第に知れ渡り、サミュエル団長率いる魔術師団の皆さんも参加を希望してきた時は本当に驚いた。


 そして何より驚いたのが、たった数日の訓練であっても全員の魔法レベルが明らかに向上していることだ。

 アスタロトさんの的確かつ分かりやすい指導は、自分達の何が間違っていたのかを明確にしてくれるから、吸収も早いのだろう。


 それに、ここへ集まっている人達は本来アルスよりも優秀な人達。

 最初こそ見知らぬ魔法知識に戸惑いは感じられたものの、数日経てば全員が新たな魔法を習得しているのであった。


 そんなわけで、学校が休校中であっても、充実した日々を送ることが出来たのであった。



 ◇



 数日間の休校を経て、校舎の修繕が終わり学校が再開された。

 久々の登校のため、普段より少し早めに教室へやってきたのだが、教室の扉を開けると既にマリア先生が教室にいた。


 どうしてこんな早い時間に先生がいるのか疑問に思っていると、アルス達に気付いたマリア先生は慌ててこちらへ駆け寄ってくる。


「二人とも、おはようございます!」

「お、おはようございます」

「早速で悪いのですが、二人ともちょっと一緒に来てください!」


 急いでいる様子のマリア先生に言われるがまま、アルスはアスタロトさんと共にどこかへ連れて行かれる。


 どこへ行くのだろうと思っていると、前方に見えてきたのは職員室だった。

 普段は立ち入ることのない場所なだけに、これから何が待っているのかと少し緊張してきてしまう。


 しかしマリア先生は、その職員室の前を素通りすると、さらにその奥まで進んでいく。

 そんな職員室の奥にある部屋は、たった一つだけ。

 それは、職員室以上に縁のない場所――校長室だった。


 ――え、校長室!?


 戸惑いを隠せないながらも、マリア先生はそのままノックとともに校長室の扉を開ける。

 ここまで来た以上、引き返す事はできないと覚悟を決めたアルスは、そのままマリア先生に続いて校長室へ足を踏み入れた。


「――よく来てくれた。アルスくんに、アスタロト殿じゃな?」


 広々としながらも本で囲われた、独特の雰囲気のある部屋で一人椅子に座っていたのは、この学校の校長先生であるセベレク校長。


 そんなセベレク校長と言えば、かつては王国魔術師団の団長を務めていた程の凄いお方だ。

 今ではサミュエル団長が務めているが、その実力は勝るとも劣らないと言われている。


 そんなセベレク校長に付いた異名は、「竜殺しのセベレク」。

 かつてこの地に現れた巨大な竜を、セベレク校長はたった一人で討伐した事からこの異名が付いているのだという。


 そんな、ここアルブール王国における生きる伝説として広く知られている程のお方を前に、アルスは緊張を隠せなかった。


「まぁ、座ってくれたまえ」

「は、はい……」


 言われるまま、革製の立派なソファーに腰掛けるアルスとアスタロトさん。


「早速本題だが……先日は、悪魔達からこの学校を救ってくれてありがとう。開校以来の未曾有の危機から、よくぞ死者を出す事なく救ってくれた。生憎あの日は不在にしておったのじゃが、デーモンロードが相手ではワシが居合わせたところで無意味じゃったろう……」


 そして立ち上がったセベレク校長は、アルス達に向かって深々とその頭を下げる。


「い、いえ! 元はと言えば、あの悪魔達の目的は僕達だったわけですから、むしろ巻き込んでしまったことを謝罪すべきはこちらであって……」


 思いがけないセベレク校長からの謝罪を受けて、アルスは慌てて謝罪を返す。

 国王様やサミュエル団長には庇って貰えたけれど、やはり原因は自分達にあるのだから……。


「何を言う、君達に非などあるまい。君達はこの学校の生徒なのじゃ。であれば、生徒を守るのがワシらの仕事なのじゃからな。――じゃが、結果は守るのではなく守られてしまった。ワシら教師も更なる修練を積まねばならぬじゃろう……」


 そう言ってセベレク校長は、国王様同様に今回の件を受け入れてくれた。

 そんな周囲の温かさに、アルスは申し訳ない気持ちと同じぐらい、嬉しい気持ちで溢れ出す。


「ふむ、話は分かった。では、諸悪の根源に直接詫びを入れさせるとしよう」


 ひと通りそんなやり取りを黙って見ていたアスタロトさんは、そう言って魔法陣を一つ展開する。

 その真紅に輝く巨大な魔法陣に、セベレク校長と居合わせているマリア先生は驚きの表情を浮かべる。


 そしてその魔法陣の中から飛び出してきたのは、デーモンロードのイワン。

 そしてその背後には付き従うように、元クラスメイトのヤブンの姿があった。


「お、おおお、お呼びでしょうか!! ア、アスタロト様!!」


 飛び出して来るや否や、額に大量の汗を流しながら膝をつくイワン。

 息を少し切らしているのは、慌てて行動したからというよりも、アスタロトさんを前に緊張の色を隠せないためだろう。


「此度の件、やはり貴様らのせいでこの学校にも迷惑をかけたということでな。であれば、その張本人が詫びを入れるのが筋というものだろう」

「わ、詫びでございますか……?」

「なんだ? 二度言わねば分からぬか?」

「い、いえ!! め、滅相もございません!! こ、この度はわたくしめの行動により多大なご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ございませんでしたぁ!!」


 アスタロトさんの放つ氷のような一瞥を受けて、慌てて額を地面に擦り付けながら謝罪するイワン。

 そしてヤブンはというと、言われるまでもなく申し訳なく思っているのだろう。

 イワンの隣で、一緒にその頭を地面に付ける。


 そんな、まさかのデーモンロードからの全力の謝罪を前に、状況の理解がまだ追い付いていない様子のセベレク校長。


「デ、デーモンロードが……謝罪を……!?」


 デーモンロードとは、本来存在そのものが災害級の強者。

 過去にも気まぐれで国を滅ぼしたこともある恐ろしい存在が、今目の前で必死に頭を下げているのだ。

 そんな意味不明な光景を前に、驚くのも無理はないだろう。


「かつて、ワシが王国魔術師団の団長を務めていた頃、デーモンロードとは一度戦ったことがある……。あの時は、本当に絶望を味わったよ……。人間では決して敵わぬ、力の高みを思い知った程じゃ……。だから、この学校に攻め入ってきたのがデーモンロードだったと聞いた時は、驚いて気を失いそうになってしまったほどじゃ……」

「なんだ? こいつを知っているのか。この世界には、デーモンロードは一人だけだったはずだが?」

「は、はい! その通りでございます!! わ、わたくしも、この者とは以前戦った記憶がございます!!」

「な、なんと!? あの時のデーモンロードとな!? そ、それが何故こんなことに……!?」

「全てはわたくしめの気まぐれ故、大変申し訳ございませんでしたぁ!!」


 驚くセベレク校長に、恐怖でその身をプルプルと震わせながら再び謝罪するイワン。

 そんな二人を前に、ヤブンはどうしていいのか分からずおどおどと戸惑っていた。


「では、問題を起こした張本人がこうして謝罪しておるのだ。今回の件は、これで勘弁してやっては貰えないだろうか? 許されぬのなら、今すぐこの場で滅ぼしても構わないのだが、こんな奴でもこの世界における力の均衡のためには必要でな。居ないと少々面倒なことになるのだ」

「あ、ああ、十分じゃ。負傷者こそ出たが、幸い死者は出ておらぬのでな。それによく分からないが、いくらアスタロト殿でもデーモンロードを滅ぼすのは不可能じゃろう」

「そんなことはないのだが、助かる。では、この件はもう終いでいいな?」

「ああ、それで構わん」


 こうして、最後はアスタロトさんが話をつける形で、この場は一応? 丸く収まったのであった。

 しかし、アスタロトさんから滅ぼすと言われたイワンはビクリとその身体を震わせており、ただ一人無事に事が片付いたことにも気付いていないのであった。


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