第51話 ゴエティアの魔王達③
「またあの悪夢が現れたのかと思うと……いやはや、恐ろしいですなぁ……」
やれやれと語るのは、蝿の王ベルゼブブ。
ゴエティアにおける、魔物達が住まう国「カーネル」を統べる魔王の一人。
蝿の王ベルゼブブ――。
大柄で筋肉質な体つきをしており、背中には蠅の羽を生やした見た目は初老の男。
白髪をオールバックでまとめ、いつも丸縁の黒い眼鏡をかけている。
そんなベルゼブブの素性は、他の魔王でもよく分かっていない。
千年前の戦いにおいては、ベルゼブブはサタンの側近として軍を率いて戦いの最前線に立っていた。
進軍は順調に進み、あと少しで人間の国を攻落出来そうなところまで迫った時。
勝利を確信していたベルゼブブは、その後信じられないような悪夢と直面する事となる。
そう、突如として現れた一人の悪魔により、率いていた軍は壊滅に追い込まれてしまったのである――。
あれは今思い出しても、本当に悪夢としか言いようがない。
暴れ回る悪魔を止めるべく、ベルゼブブは早急に腕利きの精鋭部隊を全て向かわせたのだ。
しかし結果は、瞬殺であった……。
その有り得ない光景を目の当たりにしたベルゼブブは、慌てて撤退を命令する。
相手が誰であろうと、一撃で瞬殺する一人の悪魔。
それはたとえ魔王が相手であっても、恐らく結果は同じだろう。
実力者故、それを一瞬で悟ってしまったベルゼブブは、少しでも被害を減らすべく即座に全軍へ撤退を命じたのだ。
それからは、ただひたすらに全力で逃げた。
羽を広げ、悪魔とは逆方向に全力で飛行することで、何とか命からがら逃げ切る事が出来た。
だがそれも、今になって思えば逃げ切ることが出来たわけではないのだろう。
あの悪魔に、どうしてか見逃して貰えただけ。
あの時、突如悪魔が姿を消した事で、運よく命を落とさずに済んだだけなのである。
それが分かってしまう程、あまりにも一方的な虐殺だったのだ。
ベルゼブブは当時を思い出し、小さく身震いをする。
サタン同様、もう二度とあれに関わってはいけないと覚悟を決めながら――。
「……話は分かった。だが、何を言われようと我々は我々の判断で行動させて貰う」
最後にそう語るのは、魔王の中で最も新参のガルドだ。
ガルドは、ゴエティアの中でも国ではなく無法地帯の一角「エフ」より誕生した魔王だ。
エフでは種族など関係なく、各地から辿り着いた者達が住まい、国を追われた者や犯罪者などならず者も多い危険地帯。
そんなエフにおいて、最も実力のある者が魔王を名乗る事が許されている。
その点についてはエルドーと同じではあるが、エフにはルールや慣わしなどは何も存在しない。
そのため、千年前の戦いで当時の魔王が姿を消して以降、ずっとエフには魔王が存在しなかった。
だが近年、突如としてエフの魔王に君臨したのだ。
それがこの、ガルドだった。
全身を黒の振るメイルで覆った謎の多い男で、その実力はサタンをもってしてまだ計り知れないものがあった。
それでも、ゴエティアの中でも最も危険地帯であるエフを統べる魔王。
相応の実力者であることは間違いないだろう。
……だが、それでもだ。
それでもあれだけは、絶対に敵に回してはならないと、サタンは口を開く。
「……ガルドよ、これだけは忠告させて貰う。あの大悪魔にだけは、絶対に関わるな。これはお前達だけの問題ではなく、ゴエティア全土の安全を脅かす問題なのだ」
「ふん、大魔王ともあろう方の発言とは思えないな」
「私もサタンに賛成だ。もし、貴様らがあれに少しでも関わろうと言うのであれば、その前に私が力づくで止めさせてもらう」
サタンの忠告を聞き流すガルドに、サリエラが重ねて忠告する。
その言葉は決して冗談ではなく、この場に緊張が走る――。
ゴエティアが誕生する以前より存在するサリエラは、サタンにも引けを取らない程の実力者。
そんなサリエラの放つ本気の威圧に、他の魔王達は気圧されてしまう。
同じ魔王であっても、サリエラの持つ力は別格。
魔王と呼ばれる実力者だからこそ、それを本能で悟ってしまったのである。
しかし、それでもガルドだけは動じなかった。
もう話は済んだとばかりに、部屋を立ち去るガルド。
そんなガルドに続いて、セタス、メルディ、ドラゲルグと、千年前のあの戦いを知らない魔王達も続く。
「……やれやれ、あの若造どもは何をやらかすか分からんな」
「私は本気だ。いざとなれば力づくで止める」
「ふん、大悪魔も恐ろしいが、サリエラも十分恐ろしいな」
「――そうだな、いざとなれば私も動く。決してあの大悪魔だけには、二度と関わってはならぬのだ」
覚悟の籠ったサタンの言葉に、当時を知るサリエラとベルゼブブも頷く。
こうして、今回の魔王会議は不安要素を残しつつも解散となった。
ガルドや他の魔王達の行動は監視しつつ、引き続き大悪魔対策を継続する必要があるだろう。
そう決心したサタンは、早速監視役の手配をする事にした。
再びあの圧倒的なまでの力が、ここゴエティアへ向けられることのないように――。
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