第11話 来客②
みんなの聞く姿勢が整ったのを確認して、真剣な顔付きでスヴェン王子が口を開く。
「私のところにも、魔術師団から連絡が入りました。今日、サミュエル団長とアスタロトさんが決闘をし、そして結果はサミュエル団長の惨敗であったと」
「え!? 嘘!? あのサミュエル団長が!?」
クレアは知らなかったのだろう。
あのサミュエル団長が敗れた事にとても驚く。
その反応も無理はなく、王国最強であるサミュエル団長でも敵わない存在がいるだなんて、正直誰も考えもしなかった事なのだ。
それだけ、アルブール王国にとってサミュエル団長というのは、絶対的な存在。
だからこそ、そんなサミュエル団長が放った魔法の全てをはね除けられて敗けただなんて、一体誰が想像出来ただろうか。
「我々も、あの一件でアスタロトさんの実力は実際に見ているから結果については驚かない。だけどね、この情報が国民や他国へ漏れるとなると、少し不味いんだ。ここアルブール王国の絶対的守護者であるサミュエル団長が敗けたとあっては、国民の不安が広がるのはもちろん、他国から狙われるキッカケになるかもしれない」
「ね、狙われるって、それは流石にオーバーなんじゃない? サミュエル団長の強さそのものは、他国でも充分知れ渡ってるはずよ?」
「ああ、もちろんその通りだ。でも、サミュエル団長も歳を重ねているだろう? アスタロトさんのような、我々の常識を凌駕するような圧倒的な存在を知らない他国が聞いて、この件をどう解釈するか、だ」
「……今ならアルブール王国を落とせるんじゃないかと、思うかもしれない?」
「そういう事だよ。だから、この話は他言無用でお願いしたい」
あの戦いの結果は、やはりアルスの責任などでは手に負えない大きな意味を持っていた。
腹を括ったはずなのに、今更になって不安になってきてしまう――。
「――あぁ、すまないアルスくん。不要に不安を煽ってしまったね。実際は、サミュエル団長は衰えるどころかその腕を日々増し続けているし、アスタロトさんを除けば近隣国で最強な事には変わりはないんだ。その事がちゃんと伝われば、どうという事もないのさ。……だが、サミュエル団長が敗れたのもまた事実。アスタロトさん、聞いたところによると、我が王国魔術師団に魔法をお教え頂けるとのお話は、本当でしょうか?」
「ん? あぁ、たしかにそんな話はしたな」
「ありがとうございます。――では、良ければそこに私も混ぜては頂けないでしょうか? 私はこの国の王族として、国民を守る義務がございます。ですが、今のままでは国民を守るに相応しい力がございません。ですので、今よりもっと力をつけられる環境があるならば、私はどんな訓練でも受け入れるつもりです」
「――ふむ、変わらず良い心がけだな。それは構わんのだが、サミュエルとやらにも言ったが我の最優先はアルスだ。その前提での話となるがよいか?」
「もちろんです」
こうして、なんとスヴェン王子もアスタロトさんに魔法を教わる事となった。
スヴェン王子の国を思う心は本物で、これまで同じ魔法学校で学んできたはずのアルスだが、その心意気の違いに感心すると共に、自分の考えの甘さを痛感する。
「ふーん、だったら私も参加するわ」
「いや、お前はダメだ」
「ちょっと! なんでよ!!」
「――キィキィと煩い小娘が近くにおっては、疲れるではないか」
「なによそれぇ!」
本当にダメという訳ではないのだろう。
悪戯に微笑むアスタロトさんに歯向かうように、だったら意地でも参加してやるとやっぱりキィキィ喚くクレア。
そんな睨み合う二人の姿に、なんだか一周回ってこの二人の相性は物凄く良いのかもしれないと思うアルスであった。
「それにしても、まだアスタロトさんと出会って間もないのですが、悪魔への印象は大きく変わりましたよ。正直申しますと、言い方が悪いのですが悪魔と言うのはもっと狡猾で人間に仇なす存在だと思っていました」
喚くクレアを無視して、スヴェン王子はアスタロトさんに話しかける。
それはアルスも同意見で、悪魔というのはもっと理不尽で恐ろしい存在だと思っていた。
「お前の悪魔に対する認識は、別に間違ってはおらぬ。我も千年と少し前までは似たようなものであった」
「な、なるほど……では、どうして今のように?」
「一人の人間と出会い、我は変わったのだが、我とて色々あって今に至るという訳だ」
「人間……ですか。分かりました、色々と踏み込んだ質問をして申し訳ありませんでした」
「気にするな。また時が来れば、その話でも語るとしよう」
こうして会話は終了し、そろそろ失礼しようとスヴェン王子はクレアを連れて帰って行った。
クレアは帰る直前まで、アルスとアスタロトさんが一緒に住むことに反対していたのだが、スヴェン王子に引っ張られる形で今日のところは帰って行った。
千年前にアスタロトさんを変えた、一人の人間……か。
それがどんな人なのか気になるが、この話はこれ以上したくないようなので今は聞くのは止めておこうと思う。
それにアルスには、そんな事よりアスタロトさんにしっかりと伝えたい事があるのだ。
「アスタロトさん。その、僕は最初こそ戸惑いましたが、今は使い魔がアスタロトさんで本当に良かったと思っています。今日一日で、僕自身色々と変わることができたと思いますから」
「ふむ、迷惑ではなかったか?」
「そんな事ありませんよ! こんな、まだまだ未熟な僕ですけど、僕の使い魔になってくれてありがとうございます!」
アルスは両手でアスタロトさんの手を取り、そして今日一日で抱いた感謝を伝える。
アスタロトさんが、その千年前に出会った人のおかげで変わったと言うなら、アルスだってアスタロトさんのおかげで、早速変わる事が出来ているのだという事をどうしても伝えたかった。
「そ、そうか? ならよいのだ……もう夜も遅い、風呂でも頂くとしよう」
すると、少し照れているのだろうか。そう言ってアスタロトさんは、そのままお風呂場へと向かってしまった。
――あ、そう言えばお風呂がまだだったな!
この寮には一つずつ立派な浴室が備え付けられている。
こちらもキッチンと同じく、魔法装置を起動するだけで簡単にお湯を浴槽に溜められるのだ。
この辺の説明は、スヴェン王子がくる前の会話で一通り済ませている。
しかし、お湯の出し方の説明は済んでいても、アスタロトさん用のバスタオルを用意しないといけなかった。
丁度頂きものなどで、お風呂場の戸棚には新品のタオルがいくつかあるからそれを使って貰えば――、
――って、アスタロトさんがお風呂ぉ!?
そこでようやく、このあまりにも濃い一日の中でも、最後に一番のイベントが待っていたことに緊張するアルスであった。
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