第12話 お風呂
「ここを捻れば、自動的にお湯のシャワーが出てくるので」
「ふむ、本当に便利な世の中になったものだな」
浴室の利用方法を説明していると、アスタロトさんは興味深そうに頷きながら聞いてくれた。
「魔術道具は本当に凄いですよね。アスタロトさんの元いたところでは、お風呂はどうされてたのです?」
「あぁ、我の屋敷には温泉があるのだ」
「え、家に温泉ですか!? それはすごいですね」
「中々広くて見張らしもよいぞ。今度アルスも入りにくるがよい」
「い、いいんですか? えっと、じゃあ楽しみにしていますね!」
そんな雑談をしながら、タオルの用意と一通りの使い方の説明を済ませて浴室から出る。
そしてしばらくすると、扉越しにシャワーの音が聞こえてきた。
――本当に今、アスタロトさんがお風呂に……って、何を考えているんだ! これじゃただの変態じゃないか!
なんて一人で悶々としながら、落ち着かないのでお茶を飲みながらお風呂から上がってくるのをとりあえず待つことにした。
こんな事で、本当にこれから先も上手くやっていけるのかなと、一人不安になるアルスであった――。
◇
「上がったぞ。良いお湯だった」
「そ、それは良かったです!」
小一時間経っただろうか、浴室からお風呂を済ませたアスタロトさんが出てきた。
アルスはその声に返事をしつつも、内心では心臓がバクバクしてしまう。
何故なら、この世のものとは思えない美貌を持つアスタロトさんのお風呂上がりなのだ。
それが一体どんな事になってしまっているのか、気にならない方が無理な話なのだ。
そんなわけで、アルスは緊張と共に、恐る恐るアスタロトさんの方をチラッと向く。
するとそこには、小一時間前までずっと一緒にいたはずなのに、それでも息を呑むほどに美しいアスタロトさんの姿があった。
綺麗な黒髪は少し濡れている事でより艶っぽさが増し、お化粧など不要と言える余りにも整い過ぎた顔立ちは、白く輝いて見える。
――あぁ、本当にアスタロトさんは美人だなぁ……。
「――って!? ア、アスタロトさん!?」
「ん? なんだ?」
「な、ななな、なんだって! ふ、服!!」
「あぁ、これか? 我の愛用している寝間着だ」
アスタロトさんの服装に驚くアルス。
それは無理もなく、今アスタロトさんが着ているのは、真っ白なシルクのような素材で出来たロング丈のネグリジェ。
まるでアスタロトさんの身体に張り付くように、全身の整い過ぎたラインがくっきりと分かる程タイトめなシルエットになっており、その透き通るような白い肌の露出の多さと溢れ出る妖艶さに、アルスは顔を真っ赤にしながら慌てて視線を逸らすしかなかった。
アスタロトさんにとっては、ただの寝間着なのかもしれない。
けれどアルスからしてみれば、それはもう完全に下着にしか思えなかった――。
「ふふ、なんだアルスよ。もしかして、我のこの姿が気になっておるのか?」
「そ、そりゃそうですよ! 今とっても、目のやり場に困っています!」
「あはは、やはり可愛いなアルスは。――我はアルスの使い魔だ。なんなら、好きに触れても良いのだぞ?」
恥ずかしがるアルスを揶揄うように、アスタロトさんはゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
そんなアスタロトさんからの誘うような言葉に、アルスの胸の鼓動はどんどんと早くなっていく――。
――そ、そんな! ふ、触れても良いってどこまで……いやいや! これじゃクレアの言うとおりじゃないか! ま、まだ僕は学生なのに、そんな男女の! そんな!!
こういう方面には全く経験のないアルスは、完全に脳内パニックを起こしてしまう。
しかしアスタロトさんは、そんなアルスの隣まで来ると、そっとアルスの頭の上に手を置く。
「ふふ、冗談だ。アルスも早く風呂へ入るがよい。気を使わせても悪いから、今日のところは先に休ませて貰うとしよう。だから我の事は気にせず、アルスはゆっくりしてよいぞ」
そう言って、優しく頭を撫でてくれるアスタロトさん。
見た目の年齢はそこまで変わらないはずなのに、これじゃ完全に親と子供だ……。
それでも、こうしてアスタロトさんに頭を撫でられるのは、全く嫌ではないどころか、ちょっと嬉しかったりする。
「……はい、そうします。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみだ」
アルスの返事に満足するように、それからアスタロトさんはそのまま自室へと向かって行った。
そんなアスタロトさんの後ろ姿までもやはり妖艶で、またアルスは顔を真っ赤にしながら部屋へ入った事を確認すると、それから重たいため息をつく。
――はぁ、アスタロトさん。さっきみたいな冗談はこれっきりにしてくださいね……。これ以上は多分身体が持ちませんので……。
悶々とした気持ちを抱きつつ、たしかにもう時間も遅い事だし、アルスもさっさとお風呂を済ませる事にした。
今日は本当に最後の最後まで色々あり過ぎたなと、心身共にクタクタになりながら服を脱ぎ、そして浴槽へ入る。
――あぁ、やっぱりお風呂は落ち着くなぁ。
それから肩までお湯に浸かりながら、アルスはようやく訪れたこの一人だけの時間、完全にリラックスモードに入る。
――でも思えばこの浴室、僕の前にはアスタロトさんが使用していたんだよな……。それに何だか、同じ石鹸を使っているはずなのに凄く良い香りがするような……。
それにこのお湯だって、アルスが入る前はアスタロトさんが……。
そんな事を、一度意識してしまったが最後。
それからアルスはお風呂を上がるまで、やっぱり悶々とした気持ちでいっぱいになってしまうのであった。
こうして、アルスの長い長い一日はようやく終わりを迎えたのであった――。
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