第13話 二日目の朝

 クリストフ魔法学校――。


 アルブール王国が世界に誇る、最高峰と名高い魔法の学び舎。

 ここでは、世界中から魔法の才能があると認められた若者達が集められ、最新の環境で魔法の全てを学ぶ事が出来る。

 卒業した者は将来を約束されており、だからこそ誰しもが魔法の才能を欲し、そしてこの学び舎へ進学する事を夢見ている。


 クリストフ魔法学校へ入学するには、入学希望者と合格者数の割合で言えば非常に狭き門となっている。

 毎年、千人以上の人が受験にやってくるのだが、魔法適切検査及び基礎学力試験を経て、成績上位者の五十名しか入学が許されない。

 だからこそ、ここクリストフ魔法学校に在籍するという事は、それだけで凄い事なのだと羨望の対象にもなっているのであった。



 アルス・ノーチェスは、背が高いわけでも、運動が得意なわけでもない、自他共に認める平凡を絵に書いたような少年であった。

 しかし、幼少期からたまたま魔法の才能が見られたため、その事に歓喜した両親からの猛プッシュもあって、遥々田舎からクリストフ魔法学校の受験に挑む事となった。

 けれど、魔法の才能があると言っても、ここへ受験に挑んでくるような人達と比べてしまうと、特別魔法に秀でているわけではなかった。

 オマケに田舎出身である事から、これまでまともに勉強をした事も無かったアルスは、魔法に関する基礎学力も独学しか出来ず決して高いとも言えなかった。

 それなのに、どうしてここクリストフ魔法学校に入学出来たのか、それは今でも一番の謎だった。

 だが、だからこそこんな環境で魔法が学べるのだ。

 奇跡的に入学できたアルスは、これまで魔法の訓練や座学を一生懸命学び続けてきた。

 そのおかげで、座学ではそこそこの成績を収める事が出来るまでになったのだが、残念ながら魔法の才能については、下から数えた方が早いというのがアルスの限界だった――。



 ◇



 自室のベッドで、目を覚ますアルス。

 昨日は本当に色々ありすぎた事もあり、ベッドに入るとすぐに眠りにつく事が出来た。

 それでも眠る前、刺激的すぎるアスタロトさんの事が何度も脳裏に過ったのだが、眠気が勝ってくれて本当に良かったと思う……。

 それから起き上がったアルスは、眠たい目を擦りながらリビングへと向かう。


「起きたか。おはようアルス」

「あ、おはようございますアスタロトさん。早起きですね」

「昨晩はゆっくり休ませて貰ったからな。それにな、使い魔の我が主より遅く寝ているわけにもいかないだろう?」

「そ、そんな事気にしなくても大丈夫ですよ!」


 冗談めかして、使い魔アピールを欠かさないアスタロトさん。

 もちろんアルスは、そんなアスタロトさんのおかげで朝からたじたじになってしまう。


 ちなみにアスタロトさんは、普段の黒と赤のドレスへと着替えていた。

 もしも昨日のネグリジェ姿のままだったら、朝から目のやり場に困るところだった……と思いつつも、冷静に考えて今のドレス姿も露出が高く妖艶な事に変わりがない事に気が付く。

 それでも、やっぱり今のこのドレス姿はそういう色気よりもかっこよさが勝るというか、やっぱり素敵だなぁと見惚れてしまう。

 結局、一日経ってもアスタロトさんの美しさに慣れる事なんて全くないアルスであった……。


 この寮では、朝食は共用の食堂で済ませる事となっている。

 そのため、朝の身支度を済ませたアルスは、アスタロトさんを連れて食堂へ向かう事にした。


 コンコン――。


 しかしその時、まるでタイミングを見計らったかのように部屋の扉がノックされる。

 まさかまたスヴェン王子やクレアが来たのだろうかと思い、慌てて玄関の扉を開くと、そこには二人ではなく寮の専属メイドがいた。


「おはようございます、アルス様。スヴェン様からのお申し付けで、アスタロト様の制服をお持ちいたしました」


 メイドさんが手に持っていたのは、その言葉通り女生徒用の制服であった。


「本日より、アスタロト様も魔法学校へ通われるとの事ですが、普段の格好では目立つでしょうとスヴェン様のお気遣いでございます。サイズはおおよその目測でお持ちいたしましたので、もし不都合があればお申し付け下さい」

「あ、なるほどです。そうですよね分かりました。わざわざお持ち頂きありがとうございます」

「いえ、それでは失礼いたします」


 そうか、アスタロトさんも今日から一緒に学校へ通うんだったっけ……。

 たしかに今のドレス姿では、確実に周囲から浮いてしまうだろう。

 制服の事なんて何にも考えていなかったから、本当にスヴェン王子には色々と助けられっぱなしだった。


「アスタロトさん、スヴェン王子からアスタロトさん用の制服を頂きました。今日から学校へ通う時は、こちらの服を着た方が目立たなくて良いでしょうとの事です」

「なるほどな、郷に入れば郷に従えだ。であれば、我もその制服とやらを着るとしよう」


 すんなりと受け入れてくれたアスタロトさんは、受け取った制服に着替えに自室へと入って行く。

 まぁまだ始業時間までは余裕があるため、アルスはアスタロトさんの着替えが終えるまでリビングで待つ事にした。

 しかしその間も、アスタロトさんが制服を着たら一体どうなってしまうのだろうと、妄想が捗ってしまったのは言うまでもない。


「……あまりこういう服は着慣れてはおらぬのだが、大丈夫だろうか?」


 初めて聞く、少し自信の無さそうなアスタロトさんの声にアルスは振り向く。

 するとそこには、その言葉通り少し不安そうな表情で立つアスタロトさんの姿があった。


 ブラウンのブレザーの下に白のシャツを着て、下はネイビーベースのチェック柄のスカートを履いている。

 それから、黒のタイツにブラウンのヒールが少し高い革靴を履くというのが、ここクリストフ魔法学校の女生徒用制服である。

 ちなみに男子は、同じくブラウンのブレザーに白のシャツ、下はネイビーのチェックパンツというのが制服になる。

 共にブレザーの胸元にはクリストフ魔法学校のエンブレムが刺繍されており、一目で魔法学校の生徒だと分かるほどのインパクトあるデザインとなっている。


 そんなわけで、着替えてきたアスタロトさんなのだが、言うまでもなくヤバかった。

 もう何がヤバいとかではなく、とにかくヤバいのだ。

 目立たないためという事で、アスタロトさんは既に角を無くしている。

 その結果、美少女が多いと話題の魔法学校においても、これまで見た事のないような美少女そのものだった。


 普段は大人っぽいアスタロトさんだけれど、同じ制服を着ると不思議と同年代に見えるのは不思議なのだが、それがまたアスタロトさんの新たな魅力となっているのであった。


 そんなわけで、今アルスの目の前には、間違いなく学校で一番の美少女が、少し恥ずかしそうに立っているのである――。


「……な、なんだ、どこか可笑しいなら言ってくれ」

「い、いえ! とてもお似合いですよ! あまりにも似合っていたもので、つい見惚れてしまいました」

「そ、そうか? ――なら良いのだが。一応学校へ通うのだから、角は隠しておいたぞ?」

「ええ、そうですね。角は隠しておいて頂けると、不要なトラブルは避けられるかと思います」

「わかった、ではこのまま行くとしよう…………本当に、可笑しなところはないのだな?」


 やっぱり気になるのか、少し顔を赤らめながら小声で再度確認してくるアスタロトさん。

 その反応が可愛くて、アルスは笑いながら可愛いですよとしっかり答えると、ようやく信用してくれたのかご機嫌になるアスタロトさん。

 目新しい服を喜ぶように、スカートを翻しながら嬉しそうにはしゃぐアスタロトさんは普通の女の子のようだった。


 こうして、制服に着替えてご機嫌なアスタロトさんを連れて、アルスは寮の食堂へと向かうのであった。


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