第14話 食堂

 クリストフ魔法学校の寮の食堂は、みんなの共用施設でもある事から中々の広さを誇っている。

 その広さは、街で一番大きいレストランと同じぐらいの広さがあり、今は登校前の丁度良い時間でもある事から、既に多くの生徒達が賑やかに朝食を済ませている。


 当然これは、毎朝繰り返されている見慣れた光景だ。

 だからアルスは、特に気にする事もなくアスタロトさんを連れて朝食バイキングの列へと並ぶ。


 しかし、アルスはすぐに異変に気が付く――。

 先程まで賑やかだった食堂だが、何故かシーンと静まり返り、そしてこの場に居合わせた人達の視線が明らかにこちらへと向いているのである。

 それは決して自意識過剰などではなく、そしてアルスはその理由がすぐに分かってしまう。


 簡単な話だ。

 同じ制服を着て、頭の角を隠したところで、アスタロトさんの持つ美貌までは全く隠せてなどいないのだから――。


「……アルスよ、こちらを見る視線がやたら多い気がするのだが。やはり我の格好、どこかおかしいのだろうか……?」

「い、いえ! そういう事じゃないと思いますので、大丈夫ですよ」

「なら良いのだが……」


 本人的には、ちゃんと角も隠している事だし、あとは思い当たるところは初めてきた制服ぐらいなものなのだろう。

 しかし、神に誓ってアスタロトさんの制服姿におかしいところなど一つもない。

 もしあるとすれば、それはこの世のものではないかのような美貌だけだ。


 そういう意味では、皆が驚くのも無理はなかった。

 一番長い時間を共に過ごしているアルスですら、まだ全然慣れてなどいないのだから。


 それでも、アスタロトさん本人だけはその事に気付いていないのか、不安そうな表情を浮かべており、アルスからするとそんなところも可愛いなと思えてしまう。


 とりあえず、こうジロジロと見られてしまってはアスタロトさんじゃなくても居心地悪いよなぁと、アルスはもう一度食堂を見回す。

 すると、こちらを向いているのはほとんどが男子生徒なのだが、その中に女子生徒も含まれている事に気が付く――。


 その視線は、よく見なくても分かった。これは所謂、羨望の眼差しというやつだと――。


 うわぁ~と感嘆の声を漏らす子までいて、そんな注目を浴びながらするバイキングは、アルスからしてみても非常にやり辛かった……。


 こうして、何とかバイキングで朝食を取ったアルス達は、空いている四人掛けのテーブル席へと着席する。

 当然アスタロトさんも同じテーブルに座るのだが、何故かアスタロトさんはアルスの向かいの席ではなく、ピッタリと隣に座るのであった。


 その結果、周囲の視線がアスタロトさんから、アルスの方へと向いている事が分かった。

 そしてその突き刺さるような鋭い視線は、先程までの羨望の眼差しなどではなく、完全に嫉妬や憎悪の込められた視線だった。

 誰も言葉にこそしていないものの、その視線は「なんでお前が!」という感情が分かりやすく露わになっていた――。


「……なんだ? 我の事であれば流したのだが、アルスに対してまで不快な視線が向けられておるな」

「いえ、気にしていないので大丈夫ですよ! そ、それよりも、早く朝食を頂いちゃいましょう!」

「……ふむ、アルスがそう言うのならば、今は従うとしよう」


 少し納得はいっていない感じではあるが、アルスの言葉に従ってくれるアスタロトさん。

 たしかに向けられる視線は、アルスからしてみても気になるし不快だ。

 けれど、ここでもしアスタロトさんが行動に移せば、それはもう朝食どころの騒ぎではなくなってしまうのが明らかだから止めるしかなかった。


「おや? そこにいるのは、アルスくんにアスタロトさんじゃないか。おはよう!」


 そんな中、周囲の様子なんて全く気にする素振りも見せず、気さくに声をかけてくる人物が一人――スヴェン王子だった。

 スヴェン王子も朝食の乗ったトレイを手にしており、朝からキラキラと輝くような爽やかな笑顔を浮かべながらこちらへ近付いてくる。


 何故ここに王子がと思う人もいるだろうが、スヴェン王子だって魔法学校の生徒なのだ。

 だからここで一緒に食事をするし、なんならこの寮にも一緒に住んでいるのだ。


 スヴェン王子は、たとえ自分が王子という身分であっても、ここクリストフ魔法学校の生徒である以上、みんなと同じ一人の生徒なのだという強い希望で、こうして一緒に寮生活をする事となっている。

 その結果、王子が寮生活をするのならばと、公爵家のクレアやその他身分の高い人達も全員、この寮で生活するのが当たり前となったのである。


 こういう、自らが率先して地位など関係なく平等であろうとしてくれるところも、スヴェン王子が幅広い支持を受けている理由の一つと言えるだろう。

 今だって、外れの村出身のアルスに対して、これだけ身近で気さくに接してくれるのだ。

 そんな分け隔ての無い振舞いに、惹かれない人なんてほとんどいないだろう――。


 それに、御覧の通り誰が見ても格好いいと評するようなお顔だってお持ちなのだ。

 そんなスヴェン王子による、一切の屈託のない爽やかすぎるその笑顔は、まるでどこかから光でも差しているかのように眩しいのであった――。


「あ、スヴェン……くん、おはようございます! そうだ、アスタロトさんの制服ありがとうございました!」

「おはようアルスくん。アスタロトさん。どうやらサイズの方も――うん、問題無さそうだね。それにちゃんと、くん呼びも出来ていてよろしい。前の席いいかな?」


 そう言うと、スヴェン王子はアルスたちの前の席へとそのまま腰かける。

 それと同時に、さっきまでこちらへ向いていた視線が嘘のようにパタリと無くなる。

 その理由は言うまでもなく、スヴェン王子というこの国の皇族に対して、あまりジロジロと視線を向けるのは不敬にあたるからだ。

 そしてきっと、スヴェン王子はこうなる事を狙ってこの席へ同席してくれているのだろう。


 本当に何から何まで、スヴェン王子にはお世話に成りっぱなしだなと、申し訳ない気持ちになってくる。


「なに、こんなことだろうとは思っていたのでね。僕も王子という立場上、似たような経験が多いから分かってしまうのだよ。まぁそれだけ、アスタロトさんは全校生徒にとって少々刺激的って事だね」

「なんだ? 我は普通にしているだけなのだがな」

「それだけ貴女が美しいという事ですよ」

「ふん、下らん」


 褒められたアスタロトさんだったが、本当に興味が無さそうにそう答えるだけだった。

 でも昨晩では、アルスが褒めたら照れてたのになぁと、その反応の違いにアルスは少しだけ驚く。

 意外とアスタロトさんも人見知りとかするのかななんて、少し失礼な事を考えてしまうアルスであった。


 こうしてスヴェン王子のおかげもあって、アルス達は無事に朝食を済ませる事が出来たのであった。


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