第15話 授業

 朝食を済ませたアルス達は、寮の近くにある魔法学校へ向かって歩く。

 道中、スヴェン王子がアスタロトさんに対して色々と学校について説明してくれたおかげで、アルスが伝えきれていなかった事まで教えて貰えたのはかなり助かった。

 というか、スヴェン王子の説明の中にはアルスでも知らない事まで含まれていたので、その点については感心すると共に、そんな事も知らなかった自分を反省した。


 しかしそう思うと、これまでのアルスは学校に対してあまり多くを知ろうとはして来なかった事を自覚する。

 アルスはこれまで、ただ薬剤師になるためだけに勉学に勤しんできたのだ。

 だが最高学年となった今、こうしてアスタロトさんという特別な使い魔を持っている事もあるわけだし、もう少し周囲の事も気にするべきだなと思うアルスであった。


 そんなこんなで、寮から少々歩けばすぐに魔法学校へ到着した。

 学校の周囲は、部外者を通さないよう高い塀で囲われており、立派な門の両端には常時警備の人が立っている。

 そして門の向こう正面には、アルス達が魔法について学ぶ大きな塔がそびえ立ち、その右隣には教員専用の塔、左側には魔法訓練を行うのにも十分な広さのある校庭が広がっている。


 ちなみにここクリストフ魔法学校では、各学年成績バランスを考慮し、入学当初に二つのクラスへと分けられる。

 クラスが分けられる理由として、競争意識や授業を行う上での効率等あるのだろうが、一番大きな理由はやはりクラス対抗戦だと思っている。


 クリストフ魔法学校では年に一度、クラスに分かれて競い合うイベントが催されるのである。

 その中でも、お互いのクラスが実戦形式で魔法対決を行う、クラス対抗戦が一番の人気イベントとなっている。

 毎年、最高学年のクラス対抗戦は魔法レベルの高い事も相まって、学校外の人達にも注目されている程の人気イベントとなっている。


 このクラス対抗戦は、ある意味魔法学校で学んだ事の集大成でもあり、ここで活躍できれば魔術師団へ入団出来るとも言われているのだ。


 しかしアルスにとっては、これまではあまり関係のないイベントであった。

 そもそも戦闘系の魔法は得意ではないし、これまでのアルスはずっとサポート役に徹してきた。

 だが、今のアルスはこれまでとは違う。

 昨日アスタロトさんに伝えた通り、これからはアルスも自分で自分の大切なものを守れる人間になると決めたのだ。

 だからこそ次のクラス対抗戦は、アルスも前線に立って戦ってみようと心に決めているのであった。



 ◇



 教室へ入ると、先に登校していたクラスメイト達の視線が一斉にこちらへと向けられる。

 その視線の先にいるのは、アルスやスヴェン王子ではなく――もちろんアスタロトさんだった。


「みんなおはよう! 昨日伝えた通り、今日からアスタロトさんにはここクリストフ魔法学校の一人の生徒として通って頂く事となった。要するに、これからはクラスメイトになるという事だ。仲良く共に、勉学に励もうではないか」


 逸早くその視線に気が付いたスヴェン王子が、クラスメイトに向かって説明してくれる。

 その結果、みんなはスヴェン王子の意図をすぐに汲み取るように、こちらへ向けていた視線を申し訳なさそうに外してくれた。

 クラスの問題児だったヤブン達は、昨日の一件で退学処分を受けている事もあり、もうこのクラスには問題を起すような人もいないのだ。

 こうして、アルス達はまたしてもスヴェン王子に助けられてしまったのであった。


「ふむ、スヴェンには色々と世話になっているな」

「……そうですね、本当に色々と助けて頂いてます」


 アルス達の教室は、教壇に向かって段差のもうけられた長机が並んでおり、基本的に席は自由となっている。

 とは言っても、既になんとなく誰がどこに座るかは決まっていたりする。

 アルスは教壇から見て、いつも右端の後ろから二列目のところに座っているので、今日もいつも通りそこに座った。

 すると当然、その隣にはアスタロトさんが一緒に座る形となる。


「ほぅ、これが学校というものか。中々興味深いな」


 隣に座ったアスタロトさんは、そう言って興味深そうに教室内を見回していた。


 授業開始までまだ少し時間があるため、なんとなくアルスも周りを見回してみたが、もうこちらをジロジロと見てくる人はいないようで一安心した――ただ一人を除いては。

 そう、よく見るとクラスの中でクレアだけは、相変わらずの厳しい目付きでこちらをじーっと監視してきているのだ。

 しかしもう、あれは今始まった事でもないためアルスは見なかった事にした――。


 それから暫くすると、先生が教室へ入ってきた。

 それに合わせて、クラスのリーダーでもあるスヴェン王子が号令をかけ、一斉に先生に向かって挨拶をする。


 やってきたのはマリア先生なので、最初の授業は魔法の歴史についてだ。

 マリア先生は、ピンク髪がトレードマークのまだ歳の若い先生でおっとりした性格なのだが、何て言うか……こう……出るべきところはしっかりと出ている事から、主に男子生徒から人気の高い先生である。


「皆さん、おはようございます。授業を開始しますよ。――あぁその前に、そちらにいるのがアスタロトさんね。私は、このクラスで歴史の授業を担当しておりますマリア・シェリーヌと申します。宜しくお願いしますね。まさかあの伝説の大悪魔が、私の授業を受けているだなんて、何かの冗談としか思えないわね……。むしろ私なんかより、魔法の歴史についても詳しいのでしょうから、何か間違っている事とかあれば逆にお教え頂きたいですわね」


 そんな軽い冗談を言いつつ、マリア先生はそれではと早速授業を始める。


 今回の授業は、魔法の進化の歴史についてだった。

 遥か昔、元々は神々や一部の魔族にしか扱う事ができなかった魔法。

 しかし、人間の身でも扱うように出来る術を見出だしたとされているのが、大賢者マーリンと言われている。

 マーリンは、この魔法を扱う術を人々へ普及させ、それにより人々の文化の発展に大きく貢献したとされている。


 しかし、魔法を扱える人は限られており、更には扱えても人により個人差が大きく現れるという事が分かった。

 そのため人々は、魔法の適正のある者を集め、各所で魔法の研究が行われるようになっていった。


 こうしてマーリンの功績以降、世界では魔法の研究が進み発展していく事になるのだが、その研究者の中でも一番有名なのが、かの魔術師クリス・クリストフである。

 なんと言っても、ここクリストフ魔法学校のクリストフとは、魔術師クリス・クリストフの名前が由来にもなっているのだ。


 クリスは、魔法を研究する中でも独自の研究を貫いており、当初は変人扱いをされていたそうだ。

 しかし、クリスの造る真新しい魔法の数々は、次第に周囲から評価され、人々の暮らしを豊かにする基礎を作ったとも言われている。


 それまでの研究対象は、専ら戦闘系の魔法が中心であった。

 しかしクリスだけは違った考え方を持ち、人々の暮らしの中で役立つ魔法を求めて、ひたすら研究を続けていたのだ。

 その結果、数多くの人々の生活の基盤を生み出したクリスは、それまでの魔法=戦いのためのツールという概念を覆した第一人者と言われている。


 そんなクリスが作り出した魔法の中でも一番有名なのが、昨日アルス達が行った使い魔召喚の魔法である。


 それまでは、魔術師だけでは直接戦闘は不向きとされており、騎士などと組んで一団で戦うというのが一般的であった。

 しかし、クリスの作ったこの使い魔召喚魔法により、魔界の魔物達を魔術師のサポート役として召喚できるようになった事で、魔術師単体でも戦場に出ることが可能となったのである。

 これにより、人々の戦い方というのも大きく変化したとされている。


 しかし、この使い魔召喚についても、クリスは戦闘のために生み出したわけではなかった。

 生活の中で、使い魔を何か役立てられないかという発想で、この魔法を生みだしたとされているのだ。

 例えば、薬草を集める時にグリフォンがいたら移動が便利になるとか、村にグリーンドラゴンを置いておけば、近隣の魔物から村を守れるようになるといった発想から、使い魔召喚魔法を作ったのだ。


 そんな、人々の暮らしのため尽力したクリスの意思を受け継ぐべく、ここクリストフ魔法学校は建設されたのであった。


 アルス自身、クリスの考え方には好感を覚えている。

 何故なら、アルスが薬剤師になりたい理由も、村の皆を助けたいという思いがあるからだ。

 アルスもクリスのように、卒業したら色々な魔法を駆使して、病気や怪我に役立つ薬を開発したいと考えている。

 だからこそ、そんなクリストフの名がついたこの学校で魔法を学べることは、アルス自身非常に誇らしい事でもあった。


 そんな事を考えながら、アルスは教科書の次のページを捲る。

 そこには、クリスに関する歴史が色々と書かれている中で、アルスはある一文に目を奪われる――。




 ―――――そんな魔術師クリス・クリストフが亡くなったのは、今から約千年前である。


 千年前と言えば、今隣にいるアスタロトさんも――。



「……クリスか。ふふ、懐かしいな」



 気になってアルスが隣を向くと、アスタロトさんは何かを思い出すように、小さくそう呟いたのであった――。

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