第16話 歴史

 アルスはアスタロトさんの呟きの意味が気になるが、今はまだ授業中。

 マリア先生の話しは続く。


「そんな、世の中のために貢献をしたクリス・クリストフですが、悲劇の死を迎えます」


 クリス・クリストフに関する説明の最後。

 この国の国民ならば誰もが知っているであろう、クリスの最期が語られる――。



 ◇



 クリスがこの地にいたその当時、アルブール王国はまだ存在してはいなかった。

 代わりにこの地域一帯は、二つの国に治められてた。


 一つは、今もアルブール王国と双璧を為す大国「ディザスター帝国」。

 何を隠そう、ここアルブール王国も元々は国ではなく、ディザスター帝国の一部だったのだ。

 ディザスター帝国十五貴族の一つ、アルブール家領地。それがここ、アルブール王国の前身なのである。


 そしてもう一つは、自由の国「グルノーブル公国」。

 領地、国土共にディザスター帝国には劣るものの、グルノーブル公国は魔族領との間に位置している事から、貿易において最も重要な国とされていた。

 帝国と公国、この二国は共に協力し合い、人間の領域へ攻め入る魔族との戦いを日々繰り広げていた。

 しかし、魔族との戦いは次第に激化していき、この二国は徐々に魔族からの侵攻を許してしまう形となる。

 そこで、魔術師としても相当な実力を有していたクリスも、魔族との戦いへ参加するよう帝国から命じられたのであった。


 本意ではないけれど、人々のため戦いへと向かうクリス。

 だがしかし、クリスが戦いに参加したところで戦況は大きくは変わらず、徐々に魔族に対して人間側の劣勢は強まっていく。


 こうなってしまえば、あとは時間の問題。

 人々はこのまま、魔族による支配を受け入れるしかないと思われていたその時だった。

 人間側の敗北を察したディザスター帝国がとった行動。

 それは、あろうことかグルノーブル公国を見捨てて、魔族側と手を組む事だった――。


 己の保身のため、国が国を裏切る――。

 それは国としての信用を自ら貶める行為。けれどもディザスター帝国は、自分達が生き残るために禁じ手に出る事を決めたのであった。

 それを知った当時のアルブール公爵家当主ダレク・アルブールは、その判断に断固反対しディザスター帝国と衝突する。

 元々アルブール領地と公国は交流も盛んだった事もあるが、何より正義感の強いダレクがそんな蛮行許すはずがなかった。

 結果、ダレクは帝国の指示には一切従わず、グルノーブル公国と共に魔族と戦い続ける道を選ぶ。

 そんなダレクの決意を知ったクリスもまた、ダレクの選択を支持し、人々を守るためディザスター帝国の元を離れるとダレクと共に魔族と戦う道を選んだ。


 こうして、ダレクとクリスの裏切りを知ったディザスター帝国帝王バルロ・ディザスターは、この帝国内でも大きな力と影響力の二つを持つ二人を恐れ、二人に対して国家の裏切り者として暗殺命令を出す。

 その結果、ダレクとクリスは、魔族ではなく人の手によって暗殺されてしまったのであった――。


 当主を失ったアルブール領地。

 けれどアルブールの人々は、ダレクの意志を継ぎ帝国には属さず、その身を賭して最後まで戦い抜く事を決意する。


 それを知った帝王バルロは憤怒する。

 その結果、まだ人と魔族の戦争中であるにもかかわらず、アルブールへ向けて侵略のためすぐに帝国軍が向けられたのである。


 だが、その時だった――。

 突如として大地が割れ、暴風が吹き乱れ、落雷が荒れ狂う――。

 まるでこの世の終焉を告げるように、各地で未曾有の天変地異が巻き起こる――。


 この天変地異により、一夜にしてディザスター帝国は半壊し、そして魔族の大半が滅んだ。

 それにより、アルブール領地は帝国軍から侵略される事なく、奇跡的に侵略の危機から免れたのであった。


 しかし、長く続いた魔族による侵攻、そしてこの未曾有の天変地異により、残念ながらこの時グルノーブル公国は滅んでしまったとされている――。


 ――神は人も魔族も等しく裁き、全て平等に終焉をもたらした。


 アルブールの人々は、この未曾有の天変地異の事を「神の裁き」と呼ぶようになった。


 その後、アルブール領地はディザスター帝国から独立し、アルブール王国として建国する事となった。


 そしてアルブール王国は、後に国のため人々のため最後まで戦い抜いたクリスの意思を次ぐためにも、ここクリストフ魔法学校を建設したというのがこの国で起きた歴史なのであった――。


「――以上が、この国の成り立ちです。このお話は、皆さんはもちろん、アルブール王国民ならば誰しもが知っている歴史でしょう。では何故、今さらそんな事を授業で扱うのか。それは……」


 マリア先生はそう言うと、アスタロトさんの方を向く。

 その表情は、いつもの朗らかな感じとは異なり、何か決心の込められているようであった。


「神の裁き――この国の人々はそう呼んでおりますが、ディザスター帝国の一部ではこうも伝わっているのです。あれは天変地異などではない――大悪魔アスタロトによる捌きなのだ、と」


 神の裁きの話は、アルスもこの国で起きた歴史として当然知っていた。

 しかし、まさかこのお話にアスタロトさんが絡んでいるだなんて、アルスは全く思いもしなかった。


 マリア先生は続ける。


「大悪魔アスタロトは、人も魔族も等しく滅ぼす大悪魔――。その逸話は、ディザスター帝国側から広まった伝承だと我々学者は推測をしております。――アスタロトさん、教えてください。当時この国を救って下さったのは、貴女なのでしょうか?」


 マリア先生の覚悟の籠ったその言葉に、アスタロトさんは懐かしむように小さく微笑む。


「……クリスは、我を変えてくれた恩人であり、たった一人の友人であった。ただこの世の災いとして存在する我に、様々な感情を教えてくれた――本当に変わった奴であった」


 そして当時を懐かしむように、アスタロトさんはゆっくりと語り出す。


「我の生涯において、唯一の失敗であり後悔がある。それは、あの時クリスを死なせてしまった事だ。あと少し気付くのが早ければ、クリスがあそこで死ぬ事は無かっただろう。――しかし、クリスは死んだ。であれば、我の取る行動は一つであった。――人が人を滅ぼしたいと言うのならば、その望み通り我が全て滅ぼしてやろうとな」


 今でも、その当時の出来事は後悔として残っているのだろう――。

 その言葉には、いつもの余裕は感じられず、重たい感情が籠められているようだった。


「我は最後に、クリスと交わした約束がある。――もし今後、我のもとへ辿り着く者が現れたその時は、そいつを助けてやってくれとな。我を相手にそんな事を頼むふざけた者など、クリス以外にはあり得ぬだろうな」


 そう言ってアスタロトさんは、友を思い出すようにふっと笑う。

 クリスが何故そんな約束をしたのか、それは今となっては分からない。

 けれどアスタロトさんは、その約束があるからこそ、今もこうしてアルスの使い魔をやってくれているという事になるのだろうか――。


「――まぁどれも、遠い昔の話だ。今の我は、ここにいるアルスのただの使い魔だ。クリスとの約束があるというのは本当だが、千年ぶりに我の元に辿り着いたこのアルスの事を、我自身が気に入っておるのでな」


 だから約束のためだけではないと、そう言ってくれているのだろう。

 その言葉に、アルスは安心する。


「だからアルスよ、改めてこれからも宜しく頼むぞ」

「はい、こちらこそ宜しくお願いします」

「なるほど、お答え頂きありがとうございました。アスタロトさんご自身の言葉で当時の真実を聞けたこと、本当に感謝いたします」


 こうしてクリスの最期、そして神の裁きの話は終わった。


 アスタロトさん本人の口から語られた当時の真実。

 そこには、歴史では伝わる事のない悲しみが隠されていたのであった――。


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