第17話 実践授業
アスタロトさんの口から語られた、千年前の衝撃の事実――。
まさかアスタロトさんが、この魔法学校の名前の由来にもなっているクリス・クリストフと友達で、「神の裁き」に関係もしていただなんて――。
色々と気になるところだが、マリア先生はそれ以上は何も追及する事はなかったため、千年前の話は歴史の授業終了と共にお終いとなった。
ここでも、スヴェン王子が話を切り替えるように振舞ってくれたのが大きかったと思う。
本当にお世話に成りっぱなしだなぁと思いつつ、最早アルスが考えたところで仕方のない規模の話でもある事だし、今は次の授業へ集中する事にした。
次の授業は、魔法の実践授業だった。
実際に魔法を扱う事から、当然教室内では授業は行えないため、校庭に設置されている専用の訓練場へと移動する。
ここクリストフ魔法学校の実践授業は、専用の訓練場のみならず本格的な事でも有名なのだ。
何故ならこの実践授業には、教師ではなく現役の王国魔術師団の団員さんが持ち回りで担当してくれるからだ。
しかもそれは、ただの団員さんではなく、サミュエル団長直属の精鋭部隊に所属する所謂エリート中のエリートなのだから、これは本当に凄い事だと思う。
「よーし、全員揃ったかー?」
今日の担当は、レスター・グレイス先生のようだ。
いつもめんどくさそうに魔法を教えてくれるのだが、その実力は本物で、次期団長候補の一人とも言われている程凄い人だ。
「あー、そこの君がアスタロト君だね?」
「あぁ、そうだ」
「なるほどねぇ……いやぁー、こんな小娘がねぇ。ふん、なんかの冗談だろ……まぁいい、授業はじめるぞー」
恐らくサミュエル団長辺りから、アスタロトさんのことは事前に聞いているのだろう。
しかし、アスタロトさんの姿を見たレスター先生は、少し小馬鹿にするような言葉を口にするのであった。
――先生……アスタロトさんに対して、その態度は少々不味いと思います……。
アルスはもう分かっているのだ。
サミュエル団長ですら歯が立たなかったアスタロトさんなのだ、いくらレスター先生が凄いと言っても、敵うはずがないのだと。
心配になって様子を窺うと、そこには薄っすらと悪魔的な笑みを浮かべるアスタロトさんの姿があった――。
――うん……これは不味いですね……。
もしかしなくても、これから何か起きる気しかしないアルスであった――。
「よーし、じゃあ今日はそうだな、氷魔法について教えてやろう。まずは百聞は一見にしかずだ、しっかり見てイメージを覚えろよ。――魔導の四、アイスバーン」
レスター先生は早速魔法を詠唱し、レベル4難度のアイスバーンを放つ。
すると、前方に並べられた藁の的の一つが、一瞬にして氷漬けになってしまったのである。
もしこの魔法が藁の的でなく人に向けて放たれていたら、一瞬にして氷漬けにされてしまうであろう恐ろしい魔法だった。
レベル4難度にもなってくると、簡単に人の命を狩り取れるような凄まじい威力が籠められているのであった。
「いいかー、これがアイスバーンだ。まだ学生のうちからこの魔法を扱うのは難しいと思うが、戦闘においては非常に有用な魔法となる。より練度を高めれば、遠距離の敵相手にも広範囲に攻撃を放つ事も可能になる」
そう言ってレスター先生は、表情一つ変えずに再びアイスバーンを放つ。
すると今度は、訓練場の藁が五つ同時に氷付けになった。
なるほど、これが広範囲起動か……、当然そんな魔法を扱う高みに届いてなどいないアルスには、最早凄いという感想しか出て来ない。
「このようにな。いいかー、これから君達には、このアイスバーンの修得を目標にして貰う。まずは下位魔法であるアイスボールの錬度を上げていくところから始めてくれ。アイスボールがまともに扱えない者に、アイスバーンを扱う事は当然不可能だ。よって、威力が十分であると俺が判断した者から、個別でアイスバーンの詠唱を教えてやる。分かったかー?」
面倒なのだろう、気怠そうに話すレスター先生の言葉に、全員返事をする。
……アイスボールか。
レベル3難度の魔法で、アイスバーンとは異なり生み出した氷の塊を相手に向けて放つ攻撃魔法だ。
これならばアルスも扱う事は出来るのだが、逆を言えば扱う事が出来るだけでもあった。
十分な威力という意味では、アルスのは小動物すら倒す事は難しいレベルでしかなく、とてもじゃないが合格するとは思えなかった。
こうしてレスター先生の開始の合図で、クラスの皆が一斉に藁の的に向けてアイスボールを詠唱し放ちだす。
当然クリストフ魔法学校の最高学年にもなれば、全員難なくアイスボールを扱う事が出来る。
しかし、その威力には個人差があり、そのほとんどがアルスほどではないが弱々しい威力しかなかった。
そんな中でも、スヴェン王子やクレア、マーレー他数名については、アイスボールの威力が十分だと判断され、すぐにアイスバーンの詠唱について教わっていた。
流石にレスター先生ほどの威力はないものの、それでも他の生徒と比べて彼らの魔法は威力が桁違いなところを見ると、素直に凄いなぁと思ってしまう。
「ふむ、アイスバーンか。確かに有用な魔法ではあるな。おい、そこのレスターとやら、あの藁は別に壊してしまっても構わぬのだろう?」
「ん? ああ、別に構わないが、何の話だ……?」
「なに、魔法の実践というからどのぐらいかと楽しみにしておったのだが、あまりにも不甲斐ないから、我もお前にアイスバーンのお手本を見せてやろうと思ってな」
面倒そうに訝しむレスター先生に向かって、アスタロトさんはそう言うと早速魔法を展開する。
その魔法は間違いなく、先程レスター先生の放ったアイスバーンで間違いなかった。
けれどもそれは、同じはずなのにレスター先生の放つそれとはまるで異なっているのであった――。
アスタロトさんのアイスバーンにより、藁が凍り付く。
そこまではレスター先生と同じなのだが、その氷は一瞬にして膨れ上がっていき、巨大な氷塊へと姿を変える――。
「な、なんだこれは……!?」
その有り得ない威力に、レスター先生は驚愕する。
「……何を言っておる。このぐらい相手を氷付けにしなくては、簡単に突破されてしまうだろう」
呆れるように、やれやれと溜め息をつくアスタロトさん。
その態度に、レスター先生は普段見せないような苛立ちを露わにする。
しかしアスタロトさんは気にする素振りも見せず、尚も揶揄うように話を続ける。
「このアイスバーンは有用であるとは言ったが、それはあくまで相手を足止めするという意味でだ。相手を仕留めるという意味では弱い」
「なんだと――」
「ついでだ。より有用な、これより上位魔法を見せてやろう。そうだな――魔導の八、アイスストーム」
そう言ってアスタロトさんは、なんとレベル8難度の魔法を詠唱するのであった。
「ば、馬鹿な! アイスストームだと!? それは人では決して扱う事などできない領域、一部の上位魔族や神々にしか扱えぬとされる神域の魔法だぞ!?」
いつも気だるそうにしているレスター先生が、目を大きく見開きながら驚愕の表情でそう叫ぶ。
その反応が、このアイスストームという魔法の異常性をよく表していた。
魔導の八、アイスストーム――。
展開された巨大な魔法陣から、無数の剣のような氷塊が激流となって飛び出して行く。
無数の氷塊が鋭く藁の的へ突き刺さると、アイスバーンのように的を氷漬けにして広がっていく。
その結果、前方に並べられた藁の的と辺り一帯は一瞬にして全て氷漬けとなってしまい、そしてその激しい威力によって、弾けるように全てバラバラに割れてしまうのであった。
「この程度扱えねば、まず魔族となど戦えぬだろう。――そうだな、もしこれを修得出来たのならば、記念にもう一つ上位の魔術を教えてやるとしよう」
先程のレスター先生の言葉を真似るように、揶揄うアスタロトさん。
しかし、レスター先生の言う通り百聞は一見に如かずだった。
目の前で本物のアイスストームを目の当たりにしてしまったレスター先生はというと、もうアスタロトさんに対して侮るような態度は一切見せる事なく、代わりにブルブルと震えながら怯えてしまっているのであった――。
こうして最後は、アスタロトさんの出鱈目で規格外な魔法を目の当たりにする形で、魔法の実践授業も終了したのであった。
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