第10話 来客

 テーブル越しに向き合う二人――。

 しかし、何とも言えない気まずさからお互いに視線は合っていない。


「あ、あの……、さっきは変な事言ってすみませんでした」

「別に何も気にしてなどおらぬ」

「で、でも……」


 そう言うけど、さっきからずっと目を合わせてくれないじゃないですか……。

 目を逸らせたまま、アスタロトさんはアルスの淹れたお茶を一口飲んでくれた。


「ん? 美味いな」

「で、ですよね! これ、僕の故郷で作ってるお茶なんですよ!」

「ほう、アルスの故郷でな」

「はいっ!」


 アルスの故郷は、実はお茶の名産地なのだ。

 だからその自慢のお茶を、アスタロトさんはそうとは知らずに美味しいと言ってくれたことが、アルスは素直に嬉しかった。


「――ふぅ、茶を飲んだら落ち着いた。すまんかったな、我は普段恐れられる事はあっても、褒められるような事は言われ慣れてはおらんのだ」

「え、そんな! あの言葉に嘘はありませんし、それにアスタロトさんは今日一日一緒にいて、その、い、良い方ですよ!」

「ふふっ、本当にアルスは優しいのだな。ありがとう」


 今度は顔を赤くする事もなく、アスタロトさんはアルスの目を真っ直ぐに見つめながらニコリと笑ってくれた。

 その表情はやっぱり美しくて、特別で――アルスはその瞳に吸い寄せられるように釘付けとなってしまう。


 ――それはちょっと、さすがに反則ですよ……。


 世界一美しいと言っても過言ではない、その満面の笑み――。

 その輝きを前に、アルスの心はいとも簡単に惹き寄せられてしまうのであった――。



 ◇



 ――コンコン。


 アスタロトさんとお茶を楽しんでいると、突然誰かに部屋をノックされる。


 ――こんな時間に誰だろう?


 普段は滅多に来ない来訪者に驚きつつも、応じないわけにはいかないとアルスはそっと玄関の扉を開ける。


「やぁ、アルスくん。失礼するよ」

「え、ス、スヴェン王子!?」


 一体誰かと思えば、それはまさかのスヴェン王子だった。

 しかもスヴェン王子の後ろには、何故か少し気まずそうな表情を浮かべるクレアの姿まであった。


「いや、今日は色々あったし、今はアスタロトさんも一緒だろ? ちゃんと上手くやれているのか、クラスメイトとして見に来ただけさ」

「わ、私もよっ! それに、やっぱり男女が一つ屋根の下なんて、ふ、ふふふ、不健全よっ!!」


 朗らかな笑みを浮かべるスヴェン王子と、言葉通り不満ありげな表情でキッとアスタロトさんを睨むクレア。

 言っている事はアルス的にもその通りなのだが、どうしてクレアはこうもアスタロトさんを目の敵にするのだろうか――。


「え、えっと! とりあえずこちらに座ってください!」

「クラスメイトなんだ、スヴェンでいいよアルスくん」

「そ、そう言われましても!」

「じゃあこうしよう。命令だ、スヴェンと呼んでくれ」


 め、命令!?

 そんなことを言われてしまっては、守らなければならないじゃないか……。


「じゃ、じゃあ……その、スヴェンくん」

「うん、改めて宜しくね! アルスくん!」


 スヴェン王子は、アルスが名前で呼んだ事に満足そうに微笑む。

 その笑った表情は、同性のアルスから見てもまるで輝いているようで、みんなが騒いでいるのはきっとその肩書だけじゃないのがよく分かる。


 しかしアルスからしてみれば、今日はアスタロトさんが自分の使い魔になったと思ったら、今度は王子をくん呼びするだなんて、もう本当に色々とありすぎてアルスの脳はそろそろ限界を迎えつつあった――。


「――おい、クレア。そろそろ落ち着いたらどうだ。アルスくんが困っているじゃないか」

「え? ま、まぁそうね! ごめんなさいね、アルスくん」

「いえ、僕は……」


 恐れ知らずなクレアは、席に着いてからもアスタロトさんに向かってずっとキィキィと威嚇していた。

 しかし、アルスはもうそれどころではなかったため、そちらの件までは気が回っていなかったのが正直なところだ……。


「なんだ小娘よ。もうキィキィは終わりか?」

「い、一時休戦よ! 私は絶対に、認めないんだからねっ!」

「そうか、残念だ。我を相手に、ここまで噛み付いてくる者など初めてかもしれぬのでな」


 幸い、クレアに対して怒るどころか、そう言って愉快そうに笑うアスタロトさん。

 こうして、王子、公爵家令嬢、そして伝説の大悪魔と共に一つのテーブルを囲うという、恐らく世界一訳の分からない状況が完成したのであった。

 落ち着かないアルスは、とりあえず二人にも故郷のお茶を出すことにした。


「ほぅ、香りの良いお茶だね。――いや、何なら王室で飲むものと変わらないレベルだよ」

「本当ね、美味しいわ。さ、さすがアルスくんね」


 スヴェン王子とクレアの二人も、アルスの淹れたお茶を手放しに褒めてくれた。

 たとえそれがお世辞だったとしても、身分あるお二人から故郷のお茶を褒められたのはやっぱり嬉しい。


「良かったな、アルスよ」

「えぇ、今度帰郷したら、村の皆への土産話にします」


 きっと皆喜ぶだろうなと、アルスは自然と嬉しさから笑みが零れてしまう。


「アルスくんの故郷?」

「あ、はい! このお茶、僕の生まれ故郷で作られているお茶なんです」

「――なるほど。もしかして、アルスくんの生まれ故郷はサバタ村かな?」

「え? ど、どうして分かったのですか?」

「サバタ村のお茶は有名だからね。ここアルブールでは、高級茶として有名なんだよ」

「そ、そうだったんですか!? 全く知りませんでした!」


 まさかアルスの故郷のお茶が、こちらでは高級茶として飲まれているとは思わなかった。

 アルスの故郷のサバタ村は、ここから遠くの山奥にあるため、アルブール王国まで流通させるのは容易ではない事は理解できる。

 それでも、街でもサバタ村産のお茶は全く見かけないと思っていたのだが、まさかの高級茶として扱われているのならば、庶民のアルスが見かけないのも納得だった。


「まぁ、そうね。ここからサバタ村まではかなり離れているものね。そっか、アルスくんはサバタ村出身だったのね。メモメモ……」


 後半は小声でよく聞こえなかったけれど、クレアは私服の内ポケットからメモ帳を取り出すと、何やら急いでメモを取り出していた。


 クレアと言えば、普段は凛々しくてとても品があり、正義感に溢れる全校生徒の憧れの存在。

 キレイなブロンドの長髪をツインテールでまとめ、その身分に相応しく顔もスタイルも完璧だと、男女を問わず人気者のクレア。

 なんなら、一部ではファンクラブが存在する程、皆の憧れの対象となっていることをアルスは知っている。

 けれどアルスからしてみれば、その魅力はアルスももちろん分かった上で、時折こうしたよく分からない行動を取るギャップもクレアの魅力の一つだよなとアルスは微笑む。


 しかし、だからこそと言うか、たまにアルスが見ているクレアと皆の見ているクレアとでは、別人なんじゃないかと思う時がある。

 確かにその容姿は、学年でも一番と言える程に綺麗だし、成績も良いし、困っているとすぐに助けてくれるし、率先してクラスのみんなだって引っ張ってってくれるし……あれ? そう考えると、やっぱりクレアって本当に最強なんじゃ……?


 そんな事を考えながら再びクレアへ目を向けると、何やらニンマリとした笑みを浮かべながら、周囲をキョロキョロとしていた。


 ――うん、でもやっぱり、クレアはクレアだね。


「それじゃあ、落ち着いた事だし――ちょっとだけ、話をしても良いかな?」


 そんなこんなで、お茶を飲みながらみんな一息ついたところで、スヴェン王子が話を切り出すのであった。

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