第38話 魔術師団長 vs 上位悪魔

「貴方の事は伺ってます。――ですが、所詮は人間。私には届きませんよ」


 サミュエルの登場に驚きはしたが、それでもこのアークデーモンにとっては所詮は人間。

 上位悪魔にとっては、取るに足らない相手。他の連中と同じく狩りの対象でしかないのだ。


「それは結構。――それで、貴方の目的はなんでしょう?」

「目的? まぁ良いでしょう。どうせこれから死ぬのですから、特別に教えてあげましょう」


 そう言ってアークデーモンは、嘲りの笑みを浮かべる。


「なに、ただの暇潰しの悪魔狩りですよ。どうやら、この地に田舎者の悪魔が紛れ込んでるようですので」

「田舎者――もしやそれは、アスタロト殿の事を言っているのかね?」

「もしやも何も、それしかないでしょう?」

「くっくっ……はっはっはっ! いやはや、アスタロト殿を田舎者呼ばわりとは!」

「……何が可笑しいのです?」

「いやなに、あの大悪魔を田舎者と罵り、狩りをするなどとは――。その点、人も悪魔も同じなのだな。無知とは時に恐ろしいものだ」

「……何を言っているのか分かりませんが、既に校舎の中には私と同格の者が向かっております。今頃はもう、中の方も全て殺し尽くしている頃でしょう」


 そう言ってアークデーモンは、グニャリと歪な笑みを浮かべながら魔力を開放する。


「ですから、話は終わりです! イワン様をあまり待たせるのも宜しくないのでね! こっちもそろそろ終わりにさせて頂きますよ!」

「――同感だ。かかってくるがいい!」

「その威勢もそこまでです! 魔導の八、ダークカッター!」


 アークデーモンは漆黒の魔力を圧縮すると、サミュエル団長達を目がけて得意の魔法を放つ。


 魔導の八、ダークカッター。

 魔力を鋭い刃状に圧縮し、無数の刃が高速で回転しながらサミュエル達に襲い掛かる。

 その威力は凄まじく、サミュエル達は直ぐさまプロテクションを全員で唱える。

 サミュエル含め、五人で多重に重ね掛けされた魔力防壁。

 しかし、アークデーモンのダークカッターは防壁を全て打ち破り、サミュエル達の一団の身体を斬り付ける。


「「ぐわぁあああ!」」


 王国魔術師団の中でも、エリートクラスのみで編成されるサミュエルの一団。

 それが束になっても、アークデーモンの魔法を防ぎきる事は出来なかった。

 だが、それでも威力は大分弱まっており、幸い致命傷とはならなかった。


「――いやはや、化け物ですね」


 よろりとふらつきながらも、サミュエル団長は笑う。

 それは、決して虚勢を張っているわけではなく、強者との戦いに対する愉悦――。

 本来であれば、援軍が駆けつけるまで時間稼ぎをする戦い方をしていただろう。

 それ程までに、アークデーモンとは災害級の危険な存在なのである。

 人類最高峰の実力を持つサミュエルであっても、一騎打ちでは敵わない程に――。


 しかし、それもこれまでの話だ。

 アスタロトによる魔法訓練を叩き込まれている今のサミュエルは、たとえ相手がアークデーモンでも引くつもりは無かった。


「――反撃といきましょうかね」


 そう言ってサミュエルは、反撃の魔法陣を展開する。

 それはアスタロトと戦った時と同じく、魔導の五レインアローと、魔導の七サンダーボルトの並行魔法だ。


 レインアローの範囲攻撃により、アークデーモンの動きを封じる。

 そこへ、サンダーボルトの一撃を加える必殺必中の一撃。

 レインアローにより水で滴る一帯に、サンダーボルトの激しい電撃が広がる。


 だがこの攻撃では、以前アスタロトと戦った時と同じように、無効化されてしまうのがオチだろう。

 しかし、サミュエルはそれを分かったうえで、この攻撃を放ったのだ。


「よし、全員! 撃て!!」


 サミュエルの号令に合わせて、他の魔術師達もアークデーモン目掛けて魔法を唱える。

 放たれたのは、サミュエルと同じサンダーボルト。

 サミュエル以外は到達不可能と言われていた魔導の七を、他の四人も放ったのである。


「なるほど、考えましたね」


 これには、さすがのアークデーモンでもダメージが通ったようで、全身から湯気を経たせながら顔を歪める。


 だがしかし、逆を言えばこの攻撃でもその程度だった。

 人類に扱う事が出来る魔法の中でも、最高レベルに近い魔法の組み合わせを連打しても、倒すには至らない相手……。


 それこそが、アークデーモンの圧倒的なまでの強さなのであった。

 サミュエルにとって、そんなアークデーモンを相手にするのはこれで二回目となる。


 以前、この国の近郊に突如としてアークデーモンが現れた事があった。

 当時は、魔術師団が総出で入れ替わり長時間戦い続けることで、多数の負傷者を出しながらもなんとか追い払う事ができた凶悪な相手であった。


 あれだけ消耗して、倒すに至らず追い払うのが精いっぱいだった――。

 あの時の事は、サミュエルは今でも鮮明に覚えている。


 そして今回、このアークデーモンはあの時対峙したアークデーモンよりも確実に強い。

 何故なら、あの時はそれなりに通用したサミュエルの並行魔法が、このアークデーモン相手ではこの程度の結果で終わってしまったからだ。


「ほう、これでも駄目ですか……」

「人間にしては悪くない攻撃でしたが、それでは私は倒せませんよ?」


 アークデーモンは、余裕の笑みを浮かべる。

 たしかにダメージは受けたが、それだけだった。

 自己蘇生していくその肉体からしてみれば、この程度のダメージは無に等しい。

 だがアークデーモンは、サミュエルにまだ余裕が見えることを訝しむ。


「では、ここからは根競べと行こうじゃないか」

「根競べ?」


 サミュエルの言葉を、アークデーモンは鼻で笑う。

 しかし、サミュエルはそんな反応も気にせず再び並行魔法を展開する。

 そしてそれに合わせるように、他の魔術師達も魔法陣を展開する。


 展開されたのは、全て同じ魔法陣。

 そして、サミュエルおよびその部下達は、同時に魔法を詠唱する。


「「魔導の七、セイントボール!」」


 魔導の七、セイントボール。

 聖なる属性の光の魔力を球状に圧縮した、対魔族に効果絶大とされる攻撃魔法だ。

 つまり、この悪魔に対しては魔法のレベル以上に厄介な魔法となる。

 そしてサミュエル達は、同時に放つのではなく、交互に魔法を放ち続ける。

 高速で追従するように迫ってくる攻撃に、さすがのアークデーモンでも躱すので精一杯で防戦一方となってしまう。


「クソッ! ちまちまとやってくれますね!!」


 セイントボールを弾き返しながら、アークデーモンは苛立ちを隠せない。

 こうして弾き返すのは難しくはないのだが、自分にとっての不利属性である魔法をその身に浴びるのは、流石にアークデーモンであっても相応なダメージを負ってしまうため回避するしかなかった。

 この状況を打開する一手がないのだ。


 だが、やはりそれだけだ。

 これ程の魔法を放ち続けていれば、奴らの魔力は次第に尽きるに違いない。

 見れば、全員既にボロボロだ。

 だから、今は魔力を温存しながら回避に努めているだけでいいと悟ったアークデーモンは、勝利を確信し嗤いを浮かべる。


 だがサミュエルからしても、この魔法がアークデーモンには届かない事など承知の上であった。

 何故なら、この魔法もアスタロト相手に唱えた事があるが、結果は片手で簡単に弾き飛ばされて終わってしまったからだ。


 ――全く、あの時の敗北の経験がここまで実戦で役立つとはな。


 思わず笑ってしまいながら、サミュエルはかの大悪魔の姿を思い出す。

 圧倒的で、今対峙しているアークデーモンなど赤子のように思える大悪魔――。

 恐怖することすら許されぬような、その絶対的な力の権化。


 そして見せてくれた、『多重魔法』という遥かなる高み――――。


 複数の魔法を重ね合わせ、一つの魔法を生み出すという、神話の時代の魔法を思わすまさに神業。

 その高みに魅せられたサミュエルは、あれから多重魔法についての特訓を積んできた。

 

 これまでサミュエルは、自身を魔法の最前線に立っているものと思っていた。

 けれどあの瞬間、サミュエルはまだ魔法の深淵に片足すら踏み込めてはいない事を思い知らされたのだ。


 しかし、現実はそう簡単ではなかった。

 並行魔法を扱うだけでも、精神をすり減らすような集中力が必要であるのに、それを更に重ね合わせて多重魔法を生み出すのは決して容易では無かったのだ。


 それでもアスタロトは、平然と使ってみせたのだ。

 普通の魔法を扱うように、いとも簡単にだ。


 だからサミュエルは、諦めなかった。

 あの大悪魔に追いつこうだなんて思ってはいない。

 けれど、人類の最高峰と言われている己が、その域に達せていない事が受け入れられなかったのだ。


 だからサミュエルは、特訓に特訓を続けた。

 人生で初めて味わった挫折、悔しさ、そして敗北の味――――。

 それは、サミュエルをこうして突き動かすには十分過ぎた。


 ――魔法は全てでレベル10まで? そんなもの、一体誰が言い出したのだろうな。


 それまで何も疑いもせずに信じてきたことが覆されたのだ。

 そして、そのレベル10にすら到達できていない自分――。


 ―――笑わせるな。


 その事に気付かせてくれた、かの大悪魔には感謝しなければいけない。

 彼女のおかげで、サミュエルは更なる高みへと登り詰める事が出来たのだから――。


 サミュエルは、両手それぞれで展開したセイントボールの魔法陣を、力に任せて強引に一つに重ね合わせる。

 重なり合った魔法陣は互いに反発し合い、暴発寸前なところまで膨れ上がっていく。

 その衝撃に堪えながらも、サミュエルは集中する。

 魔法陣の持つ、一つ一つの要素をイメージして共鳴させていく。


「さぁ、終わりの時間です――」


 そして、それら全てが完全一致するその瞬間を狙い、全魔力をもって一気に魔法を発動させる!



「――魔導の十! ホーリーボルト!!」



 生み出された巨大な白い光の柱が、アークデーモンに降り注ぐ。


「ば、馬鹿な!? それは、天使や神々の――――!!」


 そして、驚くアークデーモンの断末魔だけ残し、あとには塵一つ残さずその姿を消滅させたのであった。


 まさに、一瞬の結末だった――。

 サミュエルの圧倒的な魔法により、見事アークデーモンに勝利を収めたのであった。

 


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