第39話 ヤブンの思い

 悪魔と協力する事を選択したヤブンは、退学となった魔法学校の校門の前へと連れられてきた。

 何故、今自分はまたこんな所にいるのだろうか。

 出来る事なら、ここはもう二度と見たくない場所であった。

 それでも、ヤブンはこれからアルスの相手をしなければならないし、悪魔側の一人として今回の侵略に加担しなければならないのであった。


 しかし、ヤブンはただアルスに対しての復讐の話に乗っただけだった。

 まさかこんな大っぴらに学校へ攻め入るなんて話は全く聞いていないし、こんな事をしては今後の人生取り返しがつかなくなるに決まっている。


 だが、そうは思ってもヤブンの周りにいるのは、全て自分より強者の悪魔達だ。

 ここで下手に逆らったりしたら、何をされるか分かったものじゃないのだ。

 だからヤブンは、こうして戸惑いながらも悪魔達の行動に従うしか選択肢がないのであった。


 そして悪魔達は、校舎へ向けて攻撃を開始してしまった。

 そうなると、当然すぐに先生達が騒ぎに駆けつけてきて、そのまま悪魔達との戦いが始まってしまった。

 そして更に最悪な事に、マークを筆頭に隣のクラスだった戦闘に特化した実力者までもが、この場に駆けつけて来てしまったのであった。


――無理だ、終わりだ……。


 もう姿は見られているし、ヤブンは人生の終了を悟る。

 それにマーク達が相手では、いくら悪魔とは言えこちらが不利なのは明白だった。


 学校に通っていたからこそ、この戦力差に気付く事が出来たヤブンに残された選択肢は一つ。

 それは、ここからの逃亡。

 もうそれしか、ヤブンの生き残る道は残されてはいないのであった――。


 しかし、逃げようとするヤブンに向かって、突如冷ややかな声がかけられる。


「――どこへ行くのです? 貴方は、貴方の役割を全うして頂かないと困りますよ」


 いつからそこにいたのか、ヤブンの背後に立つ上位の悪魔に止められてしまうのであった――。


「さぁ、ここの者達は私が蹴散らしますので、貴方は早く校舎裏の方へと向かって下さい」


 ここから逃げることなど、決して許さない――。

 それを悟ったヤブンは、言われるままに校舎裏へと向かうのであった。





 悪魔に言われるまま、ヤブンは校舎裏へ向かった。

 するとそこには、先にイワン、シュナイダー、そして白い女の三人の姿があった。

 そして、その足元には女性が二人倒れている。

 よく見るとその二人は、クラスメイトだったミーナとレイラだった。


 ――なんで、こんな事に!?


 腐っても、二人は元クラスメイトだ。

 ヤブンは咄嗟に問い詰めようと思ったが、ギリギリのところで言葉に詰まる。

 ここにいるのは、先程の悪魔より明らかに上位の存在であるイワンがいるのだ。

 それにあの白い女も、実力は全く計り知れない。

 そんな存在を前に、ヤブンは物言いなんて出来るはずがなかった。


 イワンから力を与えられたからこそ分かるのだ。

 自分では、イワンの足元にも及ばないと――。


 それほどまでに、イワンは別格中の別格だった。

 先程の悪魔、そして隣に立つシュナイダーでも足元に及ばないような、絶対的な存在――。

 だからこのイワンにだけは、何があっても絶対に逆らってはならないのだ。


――俺は何、やってるんだろうな……。


元クラスメイトを、助ける事すら出来ない自分……。

あの時、アスタロト相手に喧嘩を売るなんて馬鹿な事さえしなければ、まだここの生徒として学校に通えていたのだろうか……。


部屋に一人閉じこもり、散々繰り返してきた後悔――。

改めてこの校舎へ来ると、本当に自分がちっぽけで、愚かで、どうしようもない存在なのだと痛感する……。


 だからこそ、せめてもの罪滅ぼしとして、今目の前で倒れている二人の命ぐらいは助けてやりたい。

 そんな事を考えながら、ヤブンは先に待っている三人のもとへ合流するのであった。


「来ましたね。では、待つとしましょうか。奴等は必ずここへ来るでしょうから。――しかし、先にアークデーモンを向かわせてますから、既に始末してしまっているやもしれませんね」


 そう言って、イワンは馬鹿にするように笑う。

 イワンは、アストロトなどアークデーモン一体で十分に倒せる程度の存在だと思っている。


 だが、実際それでは敵わないであろう事をヤブンは知っている。

 確かに、先程校門前に現れた悪魔も凶悪であったが、あのアスタロトという悪魔はそういう次元ではないのだ。


 イワンは、自分こそが最上位悪魔だと思っている。

 それは、ヤブンからしてもその通りだと思えた。

 今目の前にいるこの悪魔の持つ力は、本当に底が見えない程に強大なのだ。

 それこそ、あのアスタロトを相手にしても全然引けを取っていないどころか、感じられるプレッシャーはあの時より明らかに勝る程だ。


 しかし、いざこの場に来てみると、本当にそうだろうかという不安がヤブンの中でどんどん大きくなっていく。


 この地を一度滅ぼし尽くしたとされる大悪魔より、本当に目の前の悪魔の方が強いのだろうか――?

 それに、目の前の悪魔一人で、魔族含めこの地を滅ぼし尽くす事なんて出来るのだろうか?


 もしかしたら、今自分達はとんでもない思い違いをしているのかもしれない――。

 一度、ありえない思い違いをして大悪魔相手に喧嘩を売り、その結果この学校を退学となっているヤブンにとって、またしてもあの大悪魔相手にとんでもない思い違いをしてしまっている気がしてならないのであった。


 だからヤブンは、これからの行動にはより一層注意を深める事を心に誓い、ここに必ず来るとされている大悪魔アスタロト、そしてアルスが来るのを緊張と共に待つしかなかった――。


「来てやったぞ。そこの女を返して貰おうか」


 そしてイワンの言うとおり、その声と共に大悪魔アスタロトが本当に校舎裏へと現れたのであった。

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