第40話 アスタロト対イワン
やはり、例の悪魔はここへやってきた。
イワンの目の前に、今回のターゲットであるアスタロトという田舎者悪魔が現れたのだ。
しかし、まさかこの田舎者に、アークデーモンがやられるとは思いもしなかった。
悪魔の持つ力は階級で分けられている。
下から、レッサーデーモン、デーモン、アークデーモン、デーモンジェネラル、そしてイワンのデーモンロードという順だ。
基本的に、対人間にはデーモン、対魔族にはアークデーモンが実力的に上回るものとされており、一部の上位魔族などに対してのみデーモンジェネラル以上でなければ太刀打ち出来ないといった具合だ。
そんな悪魔の階級の中でも、アークデーモン以上ともなれば限られた数しかいないため、悪魔を統べるデーモンロードであるイワンが把握していないわけがなかった。
つまり、アークデーモンを向かわせておけば、どこぞの田舎者悪魔など簡単に狩ることができるはずだったのだ。
しかも、向かわせたのは念のため、デーモンジェネラルに程近いレベルに達しているアークデーモンであった。
だが、それにも関わらずこの悪魔は、無傷でイワンの目の前に現れたのであった。
一体、どんなカラクリを使ってこんな事になっているのか、イワンには想像も付かなかった。
だが、それでもこの悪魔が本当に上位の存在だとする考えはイワンの中には無かった。
悪魔とは、悠久の時を生きる存在なのだ。
そんな悪魔にとって、それほど強い個体を互いに認識すらしていないなんて事は、絶対に有り得ない事だからだ――。
つまりは、悪魔の最上位であるデーモンロードのイワンが知らないという時点で、その悪魔はどこぞの馬の骨という事が確定的なのである。
だから、これには何かトリックがあるはずだ。
そう思い悪魔の周りを見ると、アスタロトの背後に三人の人間がいた。
一人は、この田舎者悪魔の主であるアルスだが、あとの二人の情報は聞いていない。
しかしなるほど、まだ学生のようではあるが、その佇まいからしてそれなりにやれる者のようだ。
要するに、真実はこうだろう。
こいつらがそこの悪魔と協力して、何とかアークデーモンを倒してきたという事だ。
人間など、我々悪魔の力を欲しがるだけの弱き存在――。
それでも、その中の一部の実力者が集まれば、アークデーモンでも倒されてしまうという事が過去にも数回起きている。
起きているといっても、長い年月で数回だ。
そんな稀な事態が、今回また訪れてしまったというだけの事だ。
驚いてはしまったものの、イワンからすればアークデーモンなど片手で屠れる程度の存在。
そもそも、どうという問題でもないのだ。
いずれにせよ、配下を倒されたのだ。
つまり、こいつらは全員ここで終わらせなければならないだろう。
そう考えたイワンは、配下の悪魔を一斉に召喚した。
召喚に応じた複数体の悪魔が、一斉にイワンの開いたゲートを潜ってこの世界にやってくる。
数はおよそ百体――。
その中には、普段人間の前などには現れる事はない、デーモンジェネラルも数体含まれている。
はっきり言って、デーモンジェネラル程の実力者であれば、こんな人間どもなど一体でオーバーキルも良いところだ。
だが、こいつらには圧倒的な力による恐怖を与えた上で消えて貰う。
それが、倒されたアークデーモンへの弔いであり、イワンが悪魔たる所以をここに示すのだ。
「イワン様、あそこの悪魔をやれば宜しいので?」
「そうだ、好きにやってしまえ」
「御意――」
一体のデーモンジェネラルの問いに、イワンはニヤリと嗤いながら答える。
その指示に従い、デーモンジェネラルは手に持った大きな斧を振り上げると、一瞬にしてアスタロトの前まで迫り一気に斬りつけた――。
今のデーモンジェネラルの一撃は、イワンでも避けるのは簡単ではない程の神速の一撃だ。
アスタロトに避けられるわけがない。
そして、振り下ろされた斧が田舎者悪魔に直撃する。
その光景に、イワンはあっけない終わりだったなと呆れながら、そのままアスタロトの最後を見届ける事にした。
しかし、悪魔はまだ生きていた――。
デーモンジェネラルの振り下ろした斧を、あろうことか片手で掴んで防いでいるのであった――。
「なっ!? き、貴様……何者だ……?」
これには、デーモンジェネラルも驚いていた。
当然だ、自分より下位であるはずのどこぞの悪魔に、デーモンジェネラルである己の一撃を片手で受け止められるなど、あるはずが無いのだから。
「ふん、いきなり斬りつけてきておいて、お前がそれを言うな」
そう言うと、アスタロトはそのまま力任せにデーモンジェネラルから斧を奪うと、先程召喚した悪魔達の集団目掛けてその斧を投げ飛ばした。
投げられた斧は、物凄い勢いで悪魔達に激突すると、そのまま悪魔達を次々に切り裂いていく。
それがレッサーデーモンならまだしも、アークデーモンであろうと関係なく、軌道の直線上にいた複数体の悪魔を一撃で倒してしまったのであった――。
イワンは、一体何を見せられているのか理解が追い付かなかった。
デーモンジェネラルの一撃を防いだだけではなく、その斧を力任せに強引に奪うと、それをぶん投げただけで複数体の悪魔を一瞬で倒してしまったのだ。
――そんなデタラメ、あってたまるか!!
その時、ようやくイワンは想定外の強敵を前にしている事を理解した。
「お、お前達!! 今すぐそこの悪魔を殺るのです!! 一斉にかかりなさい!!」
イワンは、全ての悪魔に命令する。
ただちに、このアスタロトという悪魔を処理しなければ不味いという事に、ようやくイワンは気が付いたのであった。
イワンの命令を受け、悪魔達は一斉にアスタロト目掛けて襲い掛かる。
この数の悪魔に襲われて無事でいれる存在など、イワン以外に存在するはずが無いのだ。
だが、またしても信じがたい光景がイワンの目の前で繰り広げられた。
なんとアスタロトは、魔法を使うこともなく、一体一体虫を払うように迫る悪魔を手で払い退けているのだ。
しかもそれは、悪魔の階級などまるで関係なく、それがアークデーモンであろうとデーモンジェネラルであろうと等しく同じ結果に終わっているのであった。
そう、全ての悪魔が、たったの一撃で塵となっていくのである――。
――ありえない……こんな事はあってはならない……。
イワンは動くこともできず、ただその凄惨な光景を見ている事しかできないでいた……。
そして気が付いた頃には、召喚した全ての悪魔が倒され尽くしてしまった後だった。
その時、イワンはようやく全てを理解した。
たった今自分は、絶対に関わってはならない上位存在を相手にしてしまっているという事に――。
「なんだ? もう終わりか? 残りはお前だけか」
そう言うアスタロトは、傷一つ負ってなどいなかった。
そしてそのまま、顔色一つ変えずこちらに歩み寄ってくる――。
「な、何者だ……貴様は……!?」
焦ったイワンは、足元に二人の人間が転がっている事を思い出す。
そうだった、絶対にありえないと思っていたが、それでもシュナイダーが万が一のためにと用意していた人質がいたのだ。
「ち、近寄るな! それ以上近寄れば、この人間どもの命はないぞ!?」
「ほう? では貴様は、我の知り合いだと知ってその人間を殺そうというのか?」
脅したはずが、アスタロトに脅し返される――。
その表情は冷酷そのもので、見ているだけで恐怖が押し寄せてくるようだった――。
「――い、良いでしょう。これ以上何もしないのであれば、この二人はお返ししますとも」
「なんだ? お前のような木っ端悪魔が、まさか我を相手に取引を持ちかけているのか?」
アスタロトは、そのまま歩みを止まることなく、イワンの方へとゆっくりと歩み寄ってくる。
イワンは、自分が震えている事に気付く。
悪魔の頂点であるデーモンロードの自分が、初めて恐怖を感じているのだ。
「ま、待て! いや、待ってください! 二人はお返ししますので、どうか見逃して下さい!」
「ふん、先程までの余裕が嘘のようだな。――だが駄目だ。そこの二人は、我が助けると決めたその時点で安全は保証されているのだ。その上で、お前を生かすか殺すかは、我が決める事だ。お前じゃない」
そしてアスタロトは、イワンの前に立ち止まる。
冷徹な表情のまま片手を前に掲げると、巨大な魔法陣を展開する。
それを受けて、いよいよイワンは覚悟を決めるしかなかった。
やられる前に、やるしかないのだと――。
イワンは、己が持てる全ての力を込めて、アスタロト目掛けて先に魔法を発動する。
「ふ、ふざけるな!! いいでしょう食らいなさい!! 魔導の十四――ダークキャノン!!」
イワンは、自身の扱える最大の魔法をアスタロトへぶつける。
漆黒の巨大な波動が、一瞬にしてアスタロトの全身を飲み込む。
このダークキャノンは、その波動に飲み込まれた全てのものを等しく食らい尽くす禁忌の魔法。
この距離であれば、確実にアスタロトに当たっているはずだ。
いくらあのデタラメな悪魔でも、さすがにこの攻撃を受けて無事でいられるはずがなかった。
「それで終わりか?」
「へっ?」
しかし、先程と何も変わらない声色で、アスタロトの声が返ってくる――。
イワンの放ったダークキャノンは、そのまま地面ごとえぐりながら、一直線上にあったもの全てを破壊し尽くしていた。
だが、その中心でアスタロトだけは、何故か何事も無かったようにその場に立っているのであった――。
先程と変わらず、片手に魔法陣を展開したままの体勢で――。
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