第41話 白い存在
「……ま、待ってくれ!」
今起きている状況の全てが、理解できないイワン。
何故、アスタロトは先程の魔法を受けても無傷で立っていられるのか。
まさしく有り得ない光景に、イワンは驚愕する。
しかし、今はそんなものどうでもいい。
アスタロトは今も目の前で、こちらに魔法陣を向けてきているのである――。
先程の魔法を受けても無傷だったアスタロト。
そんな彼女が行使する魔法。それはもしかしなくても、イワンが無事でいられる保障なんてどこにもないのであった――。
まさに絶体絶命の状況に追い込まれるイワンーー。
「そ、そうだ! お、おい! セレス!! わ、私を護りなさい!!」
慌ててイワンは、背後に控えているセレスへと声をかけた。
側近としてずっと支えてくれる、イワンにとって唯一頼れる右腕。
全身を純白に染めたような姿をしたセレスは、その声にふっと微笑む。
そして、ゆっくりとイワンの方へと歩み寄ると、そのままアスタロトとイワンの間に立ち塞がる。
「よ、よし! この隙に私は避難する! すまんが、この場は任せたぞ!」
イワンはセレスに自分を庇わせ、その隙に逸早く転移で自分の元いた場所への避難しようとする。
「――あら、何を言っているのです?」
しかし、セレスはそう言って、アスタロトではなくイワンの方を振り向くのであった。
そしてその表情は、これまでの無機質な表情とは異なり、嘲るような笑みを浮かべていた――。
「セ、セレス……お、お前は一体、なんなんだ……」
その思わぬ反応に、イワンは動揺を隠せなくなる。
これまでずっと支えてくれていたセレスが、何故このような表情を向けて来ているのか――その理由が、イワンには全く理解できなかった。
今のセレスの表情には、情や敬意など一切含まれていない。
そこにあるのは、ただ弱者を見下す目だけだった――。
――なんなんだ……何が起きている!
――も、もしや、このアスタロトという悪魔に洗脳でもされているのか!?
「そんなわけないでしょう?」
だが、イワンの考えを読むように、セレスに浮かんだ考えを否定される。
「貴方は最初から、私に利用されていたのよ。哀れな人。いや、悪魔ね」
そう言ってセレスは、哀れむような表情をイワンに向ける。
しかし、その口は未だ笑ったままだった。
「ど、どういう事だ……? セレスはずっと、私を支えて……いや……」
――なんだこの違和感は……?
――思えば、セレスはいつから私の隣にいた?
そこで、ようやくイワンも何かがおかしい事に気が付く。
セレスと名乗るこの女は、一体いつから自分の隣にいたのかという事に――。
「やっと気が付いた? それもそのはずよね、貴方は私に洗脳されていたのだもの」
またしても、セレスに先回りされたイワンは、そこであっさりと真実を聞かされえる。
――洗脳だと?
――デーモンロードであるこの私が、洗脳されていただと!?
有り得ない!
そもそも洗脳とは、術者がその対象よりもよっぽど高位でなければかけることなどできないのだ!!
つまりそれは……。
「そう、貴方みたいな木っ端悪魔が、アスタロトに敵うわけがないのよ。そして私にもね――。それなのに、アスタロトを田舎者悪魔とか言っちゃうんだもの。私、笑いを堪えるのに必死だったわ」
セレスは、イワンを嘲るように歪に嗤い出す。
「いいわ、可哀そうな貴方に全てを教えてあげるわ。貴方は私に洗脳された。そして、この世界への召喚要求に対して、本来アークデーモンが召喚に応じるべきところ、貴方に応じるよう仕向けたのよ。――そして、普段なら気にも止めない悪魔の話に、過剰に反応するようにもね」
そうだ……。
普段のイワンならば、別にこの世界で悪魔が何をしていようが気に止めなどしなかった。
今回の件も、どうせどこぞの同胞が暴れているのだろうという程度にしか思わなかったはずだ。
だが、今回のこの件に関しては、何故かそれが許せないという感情に己が支配されていた。
そして自ら、当たり前のようにこの地へとやってきてしまっていたのだ。
「で、貴方にアスタロトと対峙するように仕向けたのよ。私としては、これで悪魔退治にもなるし、何よりこうして愛しいアスタロトと会うことも出来たから、一石二鳥ってやつよね」
そう言うと、セレスはアスタロトの方をくるりと振り向いた。
「久しぶりね、アスタロト。元気していたかしら?」
「――ふん、貴様がいる時点で、この茶番の真意など見抜いていたわ」
「あら? じゃあ貴方は、私の茶番に乗ってくれたってことね!」
「貴様などどうでもよい、我はこの学園を守るために動いただけだ」
「まぁまぁ! 悪魔である貴女が、学園を守るですって!? 明日は雨ね、いや、雷かしら!」
「死にたいのか?」
「やめてよ怖い! 今日はほんの挨拶に来たようなものだから、そんな怒らないで頂戴な。――あ、そうそう。私ね、この世界の担当になったのよ」
そういうと、再びセレスはイワンの方を振り向いた。
「というわけで、私は公式にアスタロトとの再会が出来たから満足したわ。貴方はもう用済みだから、ここで退治しちゃってもいいんだけどね、あまり私達が直接世界に干渉する事は良しとされていないのよ」
「ど、どういう事だ!?」
セレスが何を言っているのか、イワンは全く理解できなかった。
ただ、セレスがその気になれば、その言葉通りの結末が待っている事だけは本能で理解する――。
「私達みたいな上界の存在が、貴方達下界の存在に干渉をしてはダメなのよ」
「げ、下界だと!?」
「ええ、そうよ。貴方達悪魔は、愛しいアスタロトの庇護下に置かれているから、存在する事が許されているの。――それなのに貴方、自分達にとって神様のような存在に対して、田舎者呼ばわりするんですもの、もう笑っちゃうわ」
そう言って、馬鹿にするように再び嘲笑を浮かべるセレス。
だが、もうイワンにとってはそんなものどうでもよかった。
下界だの上界だの、何を言っているのか未だによく分からないが、確かに戦ってみて分かったのだ。
このアスタロトという悪魔は、最早次元が違う存在なのだと――。
仮に、先程セレスの言った事が全て真実であった場合、セレスが笑うのも当然だった。
イワンも、悪魔には自分よりも上位の存在がいる事は知っている。
だがそれは、この世界の理の外の存在。
それはセレスの言うとおり、人間の信奉する神々と同格の存在なのだ。
だからこそ、信じられないが信じるしかなかった。
それは何よりも、その強さが証明しているのであった――。
「これで分かった? じゃあ、分かったところで終わりにしましょうか。貴方のおかげでアスタロトに再会する事も出来たし、本当は駄目だけど、今回は特別に私が直接消してあげるわ」
そう言うと、セレスはイワンに向かって魔法陣を展開した。
魔法陣を八つ同時に起動する、有り得ない規模の多重魔術だった――。
この時点で、セレスもまたこの世の常識から外れた存在だと言う事を分からされる
「――やめろ、そいつは我の獲物だ」
だが、それをアスタロトが制止する。
セレスがイワンを討つことを、アスタロトは許さなかったのだ。
「あらそう? じゃあ、貴女にお任せするわ」
すると、大して興味もないのかセレスはあっさりと折れると、アスタロトにイワンの処理を譲った。
そしてセレスは、もうこの場に用はないというように、そのままここから姿を消したのであった――。
デーモンロードであるイワンは、これまでこの世界で最強の悪魔として君臨し続けたが、もうその自信も何もかも粉々に砕かれてしまっていた。
最早、こんな生き恥を晒すぐらいなら、この大悪魔によって滅ぼされる方が幸せだとさえ思う程に……。
消える前に、本当の強者の力をこの身で体感できるのだ。
それはイワンにとって、喜ばしい事だった。
決して辿り着く事の出来ない遥かなる高み――。
いつか訪れる最期がそれならば、まぁいいだろうと受け入れる覚悟がついた。
「……ふむ、やめだ。貴様はここで殺すだけの充分な理由があるが、貴様に死なれても、この世界の秩序の再構築が多少面倒になる」
そう言うと、アスタロトは魔法陣を解除すると、一瞬でイワンの目の前に移動する。
そして、魔法の代わりとばかりに、イワンの頬をビンタするのであった。
ビンタを受けたイワンは、その衝撃で向こうの壁まで一瞬で吹っ飛ばされる。
そしてそのまま、壁に激突したイワンは大ダメージを負い、全身に激しい激痛が走る。
だが、それだけだった――。
ボロボロになりつつも、命を失う程のダメージではなかったのだ――。
これもきっと、そうなるように加減されただけの事だろう。
「引き続き、貴様はこの世界の悪魔を統べ、そしてこの世の秩序のために働け」
そう言うと、もうアスタロトは興味を無くしたのか、気を失っている二人を魔法で宙に浮かして人間達の元へと向かって行った。
イワンは朦朧としながらも、そのアスタロトの伝言だけはしっかりと聞き受け、言われた通り勤める事を心に誓った。
もう二度と、こんなデタラメな存在にだけは歯向かってはならないと肝に銘じながら……。
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