第7話 アスタロトvsサミュエル団長②
「これは困りましたな、たしかに直撃したはずなのですがね……」
「ふむ、二つの魔法の相性も考慮された悪くない攻撃だったが、我を倒すには単純に威力が足りな過ぎたな。そのような低位の攻撃では、我には傷一つ付ける事などできぬぞ」
全くの無傷のアスタロトさんの言葉に、サミュエル団長は驚愕の色を隠せない。
あの魔法を低位と言うなんて全く信じられない話なのだが、それでも無傷である事が本当な事を証明していた――。
「なるほど、ならばこれはどうでしょう! 魔導の七セイントボール!!」
そのまさかの言葉と結果を目の当たりにしたサミュエル団長は、慌てて次なる魔法を唱える。
魔導の七、セイントボール。
この魔法は、聖なる魔力を巨大な球状に圧縮したもので、悪魔など魔の属性の相手にはその威力を増すと言われている高位魔法だ。
だから当然、悪魔であるアスタロトさんにも効果があるはずだった。
しかし――。
「下らん」
そう言いながらアスタロトさんは、目の前まで迫ったセイントボールをなんと片手で真横に弾き飛ばしてしまったのだ。
そのまま弾け飛んだセイントボールが、訓練場の外壁を粉砕するところを見ると、その魔法の威力は確かに本物だった――。
だからこそ、本来弱点である属性で、尚且つ魔導の七という高位の魔法であるにもかかわらず、まるで飛んできた虫を払うかのように無造作に弾き飛ばしてしまったアスタロトさんは異常だった――。
「いやはや……これは流石に、私ではどうにもなりませんね」
「そういう事だ。人と我とでは埋められぬ差がある。しかしそれは、魔族やその他の種族とて同じこと。だからそう恥じる事ではない」
「これ程ですか……」
その言葉と共に、諦めたサミュエル団長は降参とばかりに両手を上げる。
――凄い……あのサミュエル団長ですら全く相手にならないなんて……。
たった今、目の前で起きた事に驚きを隠せないアルス。
確かにアスタロトさんが勝つだろうとは思っていたが、まさかあんな高位の魔法を受けても無傷で、これ程までに圧倒してしまうなんて思いもしなかったのだ――。
「――まぁ待たれよ。我はお前の攻撃を防いだだけで、まだ攻撃すらしておらぬぞ?」
しかし降参するサミュエル団長に対して、アスタロトさんはまだ戦いは終わりではないというように不敵な笑みを浮かべながら、その片手を前に突き出す。
そんな容赦のないアスタロトさんに、サミュエル団長はただただ苦笑いを浮かべるしかない様子だった。
そんな、ここにきてしっかりと悪魔な一面を見せるアスタロトさん。
そして展開された魔法陣は、今回も綺麗な赤色に輝いている。
だが、今回のものは今までのものとは訳が違っていた。
何故なら、魔法陣が同時に五つも展開されているのだ。
「ま、魔法陣が五つ!?」
「なに、ちょっとしたお手本だ」
「なんと……!!」
その光景に、今日一番の驚きを見せるサミュエル団長。
これまで魔法の極致を求め続け、二つの魔法を同時に操る事の出来るサミュエル団長だからこそ、その五つ同時展開の有り得なさがよく分かるのだろう。
「こうして、複数の魔法を合わせて一つの魔法を錬成する事もできる。これを多重魔法と言う。並行魔法より更に難度は高くなるが、その分強力な魔法を生み出すことが出来る。まぁ、ここは百聞は一見にしかずだ。魔導の十五――ダークインフェルノ」
多重魔法――。
アルスは勿論、サミュエル団長ですら知り得なかった魔法の新たな概念。
アスタロトさんの詠唱に合わせ、五つの魔法陣が重なり合って発動する。
そして発動された魔法陣は互いに共鳴し合い、赤い稲妻のような激しいエネルギーを放ちながら一つの魔法を生み出す――。
魔導の十五、ダークインフェルノ――。
魔法陣から吹き出した燃え盛る漆黒の炎が、サミュエル団長を取り囲むように激しく燃え広がる。
その未知なる魔法の効力は不明だが、一目見ればそれが絶対に危険だという事が伝わってくる。
「な、なんだこれは!?」
「気を付けろ、その黒い炎は魂を焼き尽くす炎だ。ただの人間では、触れた瞬間あの世行きだぞ?」
平然と魔法の説明をするアスタロトさん。
しかし、その語られた内容はあまりにも有り得なく、信じがたい内容だった……。
「こ、こんな魔法が存在するとは……!! もしこの魔法が、この国に向けられでもしたら……」
「そうだな、朝日が昇る頃にはこの国の者全ての命を刈り取るのも容易いだろう」
「な、なんという……!!」
「安心しろ、お前が並行魔法を使えるものだから、参考に我の多重魔法を見せてやったまでだ」
そう言うと、アスタロトさんは指をパチリと鳴らす。
すると、サミュエル団長の周りを囲っていた漆黒の炎はあっという間に消え去っていくのであった――。
「改めて言おう。我はかつて、この地を滅ぼした悪魔アスタロトだ。お前達が警戒するのは必然と言えよう。だが今の我は、ただのアルスの使い魔だ。それ以上でもそれ以下でもない。要するに、アルスに危険が及ばない限り、我がお前達人間に害する事は無いと知れ」
「……なるほど、肝に命じておきましょう」
アスタロトさんは、一貫して同じ言葉を発する。
しかし、サミュエル団長はその言葉の本当の意味を受け止めるように深く頷いた。
「アスタロト殿が、もし純粋に悪魔として我々の前に立ち塞がっていたのならば、この国……いや、この世界は終わるのでしょうな。それも容易く」
「本気を出せば、一晩とかからないだろうな」
「……冗談だと信じたいところですな。いやはや、本当にアルスくんの使い魔で良かったものだ」
アスタロトさんの言葉に、サミュエル団長は苦笑いを浮かべる。
そしてサミュエル団長は、最後に先程の戦いの中で、最も重要な情報について質問をする。
「ところで、先程の多重魔法でしょうか? 私の聞き間違えでなければ、魔導の十五と聞こえた気がしましたが……」
「ああ、その通りだ」
「なんと! であれば、魔法は全部で十段階というわけではないのですね」
「ん? そうだな、どこから十段階までという話になったのかは分からぬが、魔法にかかる魔力コストに比例してレベルは上がり、魔力コストに上限など無い」
その言葉通りだとすると、恐らく先程の魔法より更なる上のレベルも存在するという事になる――。
こうして平然と語られるも、その常識の根底を覆す程の突拍子もない話に、この場に居合わせた人は全員驚きを隠せなかった。
なにはともあれ、こうしてアスタロトさんとサミュエル団長の戦いは、余りにも一方的な結果で終わったのであった。
サミュエル団長ですら、容易く圧倒してしまったアスタロトさん――。
そんなアスタロトさんとのこれからを考えただけで、キリキリと胃が痛くなってきてしまうアルスであった。
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