第6話 アスタロトvsサミュエル団長①
「ほぅ、貴様がサミュエルか」
アルス達の前に現れた、サミュエル団長。
その姿に、アスタロトさんは少しだけ感心するような笑みを浮かべながら、魔力の放出を止める。
そして、サミュエル団長に話の続きを促す。
「……どうやら貴女には、下手な前置きなど不要でしょうね。本日は、一つお願いに上がりました。是非一度、かつてこの地を滅ぼしたとされる貴女と、お手合わせをしてみたいのですよ。これでも私はこの国の守護者をしておりまして、だからこそ貴女を相手にどこまで通用するのか試したいと思いまして」
「ふむ、我と戦いたいと申すか。――そうだな、我は別に構わんが、今はアルスの使い魔故、それは我にではなくアルスに確認してくれ」
「ほぅ、なんと! かの大悪魔が、本当に今は彼の使い魔なのですか! ……これはこれは、中々愉快な事になっておりますな」
愉快そうに笑ったサミュエル団長は、であればと今度はアルスの方を向いて「いいかね?」と改めて聞いてくる。
しかし、そんなことを言われてもアルスにはよく分からない。
でもきっと、いくらサミュエル団長をもってしても、アスタロトさんには決して届かないことだけは何となく分かる。
だからこそ、それを分かっていてこの申し出を受けて良いのだろうか――。
もしここで、この国の最高戦力であるサミュエル団長が負けてしまうとなっては、この国の国政レベルの問題が生じるのではないだろうか……。
であれば、ここは穏便に断った方がいいのだろうとも思ったのだが、その責任の重さをサミュエル団長が考えていないはずも無かった。
きっとサミュエル団長は、国を思うからこそ今回の手合わせを願っているのだろう。
きっとサミュエル団長程の実力者になると、本気を出して戦える相手など滅多に――いや、近隣国には恐らく誰も存在しないのかもしれない。
だからこそサミュエル団長は、こうまでして戦いを望んでいるのではないだろうか。
自分では敵わないであろう未知なる相手に対して、今の自分がどれだけ通用するのか。
サミュエル団長はそれを、試さずにはいられないのだろう――。
であれば、ここはその気持ちに応えるべきなのだろうと、アルスは覚悟をもって返事をする。
「……分かりました。サミュエル団長がお望みであれば、戦いを受け入れます。いいかな? アスタロトさん」
「我は構わん。それに、我もこやつには少し興味がある」
「受け入れて頂き、ありがとうございます。では、場所を移しましょうか」
無事手合わせすることが決まり、不敵な笑みを浮かべ合うアスタロトさんとサミュエル団長。
こうしてアルス達は、サミュエル団長に連れられて場所を移動する事となった。
◇
「さぁ、ここなら思う存分戦う事ができます」
「ふむ、確かにここならば、要らぬ物を巻き込む事もなかろう」
サミュエル団長に連れられてきたのは、魔術師団専用の訓練場だった。
周囲は高く積まれた分厚い石畳の外壁で覆われており、訓練を行うには十分すぎる程の広さがある。
流石は魔術師団専用の訓練場なだけあるなと、アルスはきょろきょろと周囲を見回しながら感心する。
「では、早速始めさせて頂いても宜しいですかね?」
「いや、少し待たれよ。せっかくアルスより服を与えられているのでな。これを汚したくはない」
そう言うとアスタロトさんの全身が、一瞬にして黒い霧に包まれる。
それからすぐに覆っていた霧が晴れたかと思うと、そこには黒と赤のドレスを着た元のアスタロトさんの姿があった。
頭には隠していた角も現れており、その姿はまさしく大悪魔アスタロト。
角無しの姿も綺麗だったけれど、本来の姿もかっこよくて綺麗だなぁと、アルスは思わずその姿に見惚れてしまう。
しかし、そんな場合ではなくこれから二人が戦うのだと、すぐにアルスは緩みかけた気持ちを引き閉め直す。
そう、これから自身の使い魔であるアスタロトさんと、王国最強のサミュエル団長という、恐らくこの国での最高戦力の二人が戦うのだから。
「――なるほど、そちらが本来の姿というわけですね?」
「あぁ、この服は我の魔力で出来ておるのでな。汚れや傷などついてもすぐに修復できるのだ。だから、遠慮なく攻撃してきて構わぬぞ」
「ほう、それは便利ですね。なに、元より貴女相手に手を抜く気なんて微塵もありはしないよ」
「そうか、ならばいつでもかかってくるがよい」
そのアスタロトさんの言葉が、ついに二人の戦いの開始となった。
「では、最初から全力で行かせて頂こう」
その言葉と共に、早速サミュエル団長は魔法陣を展開する。
展開した魔法陣の数は片手に一つずつの計二つ。
これが噂に聞く、サミュエル団長の最も得意とする技『並行魔法』だろう。
同時に別々の魔法陣を展開するのは、相当な熟練者でしか為せない技だと以前授業で学んだことを思い出す。
試しにアルスも一度、興味本位で真似ようとした事があるのだが、並行魔法なんてアルスには当然無理だった。
何故なら、魔法陣を展開するには一つでも相当な集中力が必要とされるのだ。
それを同時に二つ並行して展開するなんていうのは、それがたとえレベル1の魔法であっても扱える魔術師は限られてくる。
だからこそ、この並行魔術を戦闘の中で扱えると言うのは、サミュエル団長だからこそ出来る極地の技と言えるだろう。
「魔弾の五レインアロー! 魔弾の七サンダーボルト!」
そしてサミュエル団長は、アスタロトさん目がけて展開した二つの魔法を発動する。
一つ目はレインアロー。
これは雨のような無数の水の塊が、上空からターゲットめがけて無数に照射する広範囲魔法だ。
降り注ぐ一粒一粒が弓のように鋭く、回避不能の必中魔法と言えるだろう。
そしてもう一つは、人間が為せる最上位魔法とされる、魔弾の七サンダーボルト。
狙った対象に向けて雷の一撃を与えるという、まさに必殺の大魔法だ。
この大魔法を扱える人間は、この長い王国の歴史をもってしても、過去数える程しかいないと言われている。
しかもサミュエル団長は、それを並行魔法で操る事が出来るのだから、歴代最強と言われるのも頷ける実力者だ。
レインアローで相手の足止める事で、サンダーボルトを必中の一撃に昇華される。
それだけでなく、レインアローでアスタロトさんとその一帯を水に濡らす事で、|サンダーボルトの効力自体を引き上げ相乗効果も考慮しての一撃。
これこそが王国最強の魔術師の戦い方なのかと、アルスはアスタロトさんの相手だというのに思わず感心してしまう――。
放たれた魔法はどちらも凄まじく、これでは流石のアスタロトさんでもただでは済まないのではないだろうか……!
そう思い、慌ててアルスはアスタロトさんに声を上げようとする。
しかしアスタロトさんは、表情一つ変えず一歩も動かないまま、サミュエル団長の放ったレインアローを全身に浴びているのだ。
そこでアルスは、一つの違和感に気が付く。
無数のレインアローを全身に浴び続けているというのに、アスタロトさんの身体は全くの無傷なのだ。
だが次の瞬間、サミュエル団長の放ったサンダーボルトがアスタロトさんに直撃する。
そして激しい轟音と共に、アスタロトさんのいた辺り一帯が爆ぜる――。
「ア、アスタロトさんっ!!」
その必中必殺の一撃を前に、アルスは慌てて叫んだ。
流石に今の攻撃を直撃して、無事でいれるはずがないのだ――。
「……ふむ、中々の魔法だな。王国最強と言われているのも頷ける」
しかし、その変わらぬ声色と共に、立ち込めた砂埃の中からは無傷のアスタロトさんが現れたのであった――。
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