第5話 アルブール王国

 アルブール王国――。


 広大な国土を有した大国で、世界で最も魔法文明の発展している国と言われている。

 その理由として、ここアルブール王国では他国に比べて、圧倒的に魔道具の普及が進んでいるからだ。

 人々は口を揃えてこう言う。『アルブール王国の街並みは夜でも明るく、何をするにおいても不便が無い国だ』と。

 魔道具の普及により、あらゆる利便性の高さが人々の文化を育み、そうして生まれた余裕がまた新たな分野で発達を生みだすという好循環が、この国には根付いているのだ。


 国の中心には、巨大なアルブール城がそびえ立ち、広がる城下町は自然と調和した美しい街並みが広がっている。


 そしてアルブール王国のもう一つの特色として、やはりクリストフ魔法学校の存在が大きいだろう。

 世界でも最高水準の魔法知識が学べると、各地から魔法の才能を認められた者達が集められる魔法学校。

 そんな才能溢れる者達が、卒業後もアルブール王国へ残りそのまま職に就く事で、他国に比べて魔法を応用したインフラ整備や科学技術が進んでいるのだ。

 例えば、各家庭ごとに水が自動で供給される魔道具が整備されているおかげで、この国では水汲みなどは不要で、常に清潔な水が手に入る。

 他にも、半永久的に明かりを灯し続ける魔道具の普及により、この国の繁華街は夜でも明るいなど、様々な面でアルスの育った村とは大違いなのである。

 このように、人々が生活する上で生じる問題を、魔法の知識に長けている者達が魔道具で解決するというサイクルが根付いているのだ。

 そのおかげで、他国では真似する事の出来ない、アルブール王国にしかない高い文明を生み出しているのであった。


 そんなアルブール王国は、当然他国から妬まれる事も多く、隣国の帝国とは長年対立を続けているという。

 けれどもこの国には、隣国最強と言われる魔術師団が存在するおかげで、他国からの介入の一切を許さず、治安も守られている。

 中でも、魔術師団のトップであるサミュエル団長の力は凄まじく、一人で一国を相手にできる程、唯一無二の卓越した魔力を秘めていると言われている。


 直近の話で言えば、国の近くにグレータードラゴンという災害級の魔物が出現した際も、サミュエル団長直下の一部隊のみで退治してしまったらしい。

 そんな、既に人の領域から外れていると言われる程、凄まじい力を有するサミュエル団長の存在こそが、この国の守り神なのだと言っても過言ではないだろう――。





「ほう――。人の世界も、千年前とは見違えるようになったのだな」

「そうなんですか? あ、でも僕も初めて村からここへ来たときは驚きましたね」

「ふむ、建築物や環境は勿論だが、なにより皆が活気づいておる」


 感心するように、活気づいた街並みを見回すアスタロトさん。

 アルスは現在、アスタロトさんを連れて王国の街を案内をしている。


 結局あれから、最後まで自分の部屋は不要だと言い続けたアスタロトさんは、本当にアルスと同じ部屋へ住む事になってしまったのだ。

 幸い魔法学校の生徒はかなりの優遇をされている事もあり、アルスの住む寮にも余っている部屋があるため、そちらを使って貰う事で落ち着いた。

 けれども、これからこんな美人なアスタロトさんと一つ屋根の下で一緒に生活するのだと思うと、年頃のアルスにとって意識しない方が無理な話だった。


 ちなみに今のアスタロトさんは、元の格好のままでは流石に目立ってしまうだろうという事で、魔力で角を隠し、服装も露出の多い黒と赤のドレスから一般的な白のワンピースへと着替えて貰っている。

 最初はわざわざ着替える事に対して、若干の難色を示したアスタロトさんなのだが、それでもアルスが言うならと渋々一般人の装いを受け入れてくれた。


 しかし、いざこうして着替えてみたところで、アスタロトさん自身の持つ美貌までは全く隠す事は出来ておらず、結局周囲の視線のほとんどがアスタロトさんへ向けられてしまっているのであった。


 整いすぎた顔立ち、サラサラとしたシルクのような黒の長髪、すらっと伸びた理想的な足、そして透き通るような麗しい白い肌――。

 どこを取っても、その全てが人間離れしたような美貌に溢れているのだから、こればかりは最早どうしようもなかった――。


「アルスよ、あれはなんだ?」

「え? あぁ、あれはアルブール団子のお店ですね」


 周囲の視線なんて全く気にしないアスタロトさんは、一つの露店を指さす。

 並んだ露店の中でも一番賑わっているそこの露店は、アルブール王国名物のアルブール団子のお店だった。

 アルブール団子とは、一体いつからこの国に存在するのかも分からないが、甘いモチモチとした三色の団子が串に刺さっているこの国ではポピュラーなお菓子だ。

 せっかくだからと、アルスはその露店でアルブール団子を二つ注文すると、一つをアスタロトさんへ差し出した。


「はい、どうぞ。甘くて美味しいですよ」

「……いや、欲しかったわけではないのだが。まぁ、せっかくアルスが我にくれた物だ、ありがたく頂くとしよう」


 そう言うとアスタロトさんは、団子を一つパクりと口へ含む。


「……うむ、中々美味いな」

「あはは、口に合ったなら良かったです」

「ふむ、礼を言う」


 そう言うと、無心でもう一口団子にかじりつくアスタロトさん。

 どうやら、よっぽどお口に合ったようだ。


 しかし、こんな風に無心で団子をモグモグと食べているアスタロトさんが、まさかかつて世界を滅ぼした大悪魔だなんて、きっとこの街の人に言っても誰も信じないだろうな……。

 そんな事を思いながら、こうしてアスタロトさんが普通に街に溶け込んでいる事が何だか嬉しくなったアルスは、それからも色々と街を紹介した後、最後に行きつけのレストランで食事を済ませて帰宅する事にしたのであった。





「止まれ。お前が、アルス・ノーチェスだな?」

「は、はい、そうですけど……魔術師団の方が、どのようなご用件でしょうか?」


 食事を終え、寮へ向かってただ歩いていただけなのだが、気が付くと魔術師団員数名に取り囲まれていた。


「我々に同行して貰う。勿論、隣の女性も一緒にだ」

「ふむ、貴様らの目的はどうせ我であろう? 要件を述べよ」

「……いいだろう。大悪魔アスタロトよ、我らが魔術師団長サミュエル様が、お前との面会を希望している。よって、これから我々と同行願う」

「随分と一方的だな、嫌だと言ったら?」

「……無理矢理にでも連れていく」

「ほう、貴様らにそれが出来ると本気で思うか? ……全く、せっかくのアルスとのよい一日が、貴様らのせいで台無しだな」


 その言葉と共に、アスタロトさんから大量の漆黒の魔力が溢れ出す――。

 その魔力は黒い渦となり、辺りを風圧でかき乱す――。


 その凄まじい圧倒的な魔力量を前に、魔術師団の人達は全員驚愕の表情を浮かべながらその場で硬直してしまっていた。



「……やれやれ、手荒なやり方は絶対にするなと言ったはずなのですがね」



 その声と共に、魔術師団の背後から一人の人物がゆっくりとこちらへ近付いてくる――。

 アスタロトさんの放つ魔力にも臆する事のないその人物は、ウェーブのかかった白髪に丸い眼鏡、そして魔術師団の中でも、特別な地位にある事を意味する白いローブを身に纏った初老の男性――。


 その姿を一目見て、アルスは驚きを隠せなかった。

 何故なら、彼こそが――、



「部下が不躾な物言いをしたようで申し訳ない。アルブール王国魔術師団で団長を勤めております、サミュエルと申します」



ただの繁華街の路地に現れたのは、この国で最強の存在にして守り神。サミュエル団長その人だった――。


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