第4話 一段落

「初めましてアスタロトさん。僕の名前は、スヴェン・アルブール。ここアルブール王国で、一応王子をしております。先程のやり取り、一通り見させていただいたが、明らかにヤブン達に非があります」


 ヤブン達との一件が片付いたところで、今度はスヴェン王子が話しかけてきた。

 しかしスヴェン王子でも、アスタロトさんという未知なる相手に恐怖を感じているのだろう。

 覚悟の籠められた面持ちをしているが、その手と足が少し震えてしまっているのが分かった。


「単刀直入にお伺いします。貴女は、アルブール王国の……いや、人類にとっての味方ですか? ……それとも、敵ですか?」


 いつも朗らかな印象のスヴェン王子から向けられる真剣な眼差しが、この質問の重要さを物語っていた――。

 それだけの覚悟の込められたスヴェン王子の言葉なのだが、アスタロトさんは意に介さず鼻で笑う。


「ふん、我はそのどちらでもない。そうだな、強いて言うならば、我は今日よりアルスの味方だ」

「……なるほど、分かりました。では、今はそのお言葉を信用するといたしましょう。回答によっては、ここで貴女をなんとしてでも止めなければとも思いましたが、一先ずその必要はないと。……もっとも、あんな戦いを見せられてしまった後では、もうここにいる全員が束になったところで全く敵う気がしませんけどね」


 スヴェン王子は、ようやく張りつめていた気を緩められるというように、ほっとするようにヤレヤレと笑う。

 

「アルスに危害を加えようとする者がいなければ、我からどうこうするつもりなどない。人の命は短命だ。千年前と今とでは、全てが異なっている事も理解している。であれば、過去の人間の犯した過ちを、現代の人間へ咎めるのはお門違いというものだろう」

「なるほど。我々も、敵うわけがない相手と対峙するより、共存の道を歩むべきだと思っております。――ですので、アルブール王国王子スヴェン・アルブールの名において、アスタロトさんがアルスくんの使い魔としてこの国へ滞在できることをお約束いたしましょう」

「ちょっと待って、スヴェン。本当にそれで良いと思ってるの?」


 スヴェン王子の宣言に対して、すぐに物言いをする人物が一人――クレアだった。

 一通りやり取りを見ていたクレアは、何やら不服そうにスヴェン王子に詰め寄る。


 公爵家の令嬢であるクレアは、この学校で数少ないスヴェン王子に対して物言いの出来る存在。

 だからこそ、スヴェン王子がアスタロトさんを受け入れたことに対して、受け入れられない理由などがあるのだろう――。


「クレア、公爵家の人間ならば場を弁えよ。仮にもしここでアスタロトさんの反感を買えば、場合によってはこの国が終わるものと知れ。我々は、この国に住まう全ての民の安全を守ってこその皇族なのだ」

「な、なによ……分かったわよ……」


 スヴェン王子の言葉に、渋々従うクレア。

 しかしその表情は全く受け入れてなどおらず、アスタロトさんに対して警戒するような視線を向けている。


「ふむ、スヴェンと言ったか。お前のような人間が治める国ならば、千年前のような事態にはならなかったかもしれぬな。これからもお前はお前の信念を持ち、お前のすべきことに励むがよい」

「ハハ、まさか悪魔である貴女にそんな事を言われるとは思いませんでしたが、ありがとうございます。私はこの国が大好きなので、この国のためならば努力を惜しみません」


 アスタロトさんの言葉に、スヴェン王子は照れ臭そうに笑って答える。

 圧倒的強者であるアスタロトさんを前にしても、国のために判断し行動が出来る勇気――。

 仮にもしアルスが同じ立場だったとしたら、先程と同じように振舞う事など出来なかっただろう。

 そう思えるからこそスヴェン王子の凄さが分かるし、こんな人達がこれまで治めてきた国だからこそ、ここまで発展してきたのだろうと納得した。


「ところでアスタロトさん、これは僕のただの興味本位なのですが、一つお伺いしても宜しいでしょうか?」

「ふむ、言ってみよ」

「ありがとうございます。実は先程、僕はレッドドラゴンの召喚に成功しました。このレッドドラゴンは、我が国の魔術師団においても最上級クラスの使い魔という扱いをしております。そのうえで、アスタロトさんから見てこのレッドドラゴンというのは、どういった存在なのでしょうか?」

「ほう、レッドドラゴンか。そうだな、先程のグリーンドラゴンとは比べものにならないのは言うまでもない。レッドドラゴンの方が、肉質も味も数段上だ」

「えっと、それはつまり……食料、ですか」

「あぁ、我のいる世界ではドラゴンは非常に好まれて食されておる。レッドドラゴンは多少珍しいのだが、先程のグリーンドラゴンなどは多くの者に日常的に食されていると言えよう。だからこそ、先程はそのグリーンドラゴンが、この我を食おうと突進してきた姿を見て、思わず笑いを堪えるのに必死だったぞ」


 そう言うとアスタロトさんは、肩をプルプルと震わせながらまた思い出し笑いを始める。

 アスタロトさんにとって、それだけグリーンドラゴンに襲われるというのはあり得ないレベルで可笑しいことなのだろう……。

 そしてスヴェン王子はというと、まさか自分の使い魔が食料と言われるとは思わなかったのだろう。

 もう諦めたように、力なく笑うしかない様子だった……。


「まぁだが、そこの眼鏡の女よ。お前の召喚したそのカーバンクルは、中々のものだ。まだ育ちきってはおらぬようだが、成長に応じて必ず強い力を発揮するであろう」


 眼鏡の女と名指しされ、急に話を振られたマーレ―。

 普段は無表情の姿しか見た事が無かったが、まさかアスタロトさんから話を振られるとは思いもしなかったのだろう。

 その目を見開いて、少しだけ驚いた表情を浮かべていた。


「……そう、分かった。この子は、大事に育てる事にする」


 こうして色々あったけれど、アルス達の使い魔召喚のイベントは無事に? 終了したのであった。

 ちなみに、スヴェン王子の公認で正式に使い魔として認められたアスタロトさんはというと、常にアルスと行動を共にすると言って譲らないため、スヴェン王子の計らいで今後は魔法学校の同じ生徒として一緒に授業を受ける事が許された。


 そして今回問題を起こしたヤブン達五人については、これまでの素行の悪さに加え、一度この地を滅ぼしたとされる大悪魔相手に、まさかの喧嘩を売るという人類レベルの危機を招いた罪として、魔法学校の退学及び暫くは自宅謹慎処分となった。



 ◇



「――――あとはそうですね。我が魔法学校の生徒は、その身分に関係なく全員、男子は男子寮へ、女子は女子寮へ住む決まりとなっております。なので、同じ魔法学校の生徒となったアスタロトさんには、みんなと同じ女子寮にお部屋を用意させて頂きます」


 学校へ戻る道中、歩きながらスヴェン王子がこれからの事を色々教えてくれた。

 確かにこの学校は所謂全寮制のため、生徒は全員寮へ住むことになっているのだ。

 外れの町から単身やって来ているアルスにとって、寮を与えて貰えるというのは本当に有難い事だった。

 しかし、色々とされた説明のほとんどに無関心だったアスタロトさんだが、その説明にだけは反応を示す。


「いや、結構。我はアルスの使い魔なのだから、アルスと同じ部屋でよい」

「ちょっとぉ!? ダメダメダメ!! それは絶対ダメよ! いくら強い悪魔で使い魔だからって、そ、そんな勝手は私が許さないわ!!」


 アスタロトさんの言葉も驚きなのだが、それ以上に急に慌てて話に介入してきたクレアの勢いがとにかく凄かった。


「なんだお前。もしや、アルスの事が好きなのか?」

「ちょ!? そ、そそそ、そんなわけないでしょ!? いや、なくはないけど! と、とりあえず、ダメったら絶対ダメなんだからぁ!!」


 暴走するクレアだったが、アスタロトさんからの思わぬ質問に赤面すると、どこかへ走り去っていってしまった。


 結果、ここでもスヴェン王子が折れる形で、特例でアスタロトさんがアルスの家へ一緒に住むことが許可されたのであった。

 アルス的にも色々言いたいところではあるのだが、スヴェン王子と同じく、アスタロトさんの決定には何も言えない残念主なのであった……。


 そんなわけで、これから一体どうなってしまうのか……なんて不安しかないのだが、今はちょっと色々ありすぎて何も考えたくないなと思うアルスであった――。

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