第8話 長い一日の終わり
アスタロトさんとサミュエル団長、二人の戦いはあまりにも一方的な結果で幕を閉じた。
時計を見れば、もうすっかり遅い時間であったため、今日は一日本当に色々あり過ぎたけれど、これでようやく帰宅することが許された。
ちなみに、最初にアルス達に声をかけてきた魔術師団の方々はというと、サミュエル団長にきつく叱られていたので、もうあとは全てサミュエル団長にお任せする事にした。
尤も、彼らはアスタロトさんの実力を知るや否や、自分達のしでかした事の重大性をようやく実感したようで、青ざめながら平謝りを続けていた。
まぁそんなわけで、一応これで全て一件落着? する事が出来て、アルスはほっと胸を撫で下ろした。
「帰られる前に、一つ宜しいでしょうか? こんな事、私がアスタロトさんにお頼みするのも可笑しな話なのかもしれませんが、お暇な時で構いませんので私どもに魔法を教えて頂けますでしょうか?」
訓練場を去ろうとしたところで、サミュエル団長に引き留められる。
そしてその最後の頼み事は、アルスとしても驚きの内容であった。
確かに先程見たとおり、アスタロトさんの扱う魔法のレベルは最早別次元であり、あのレベルの魔法を扱える存在となると、多分この世界広しと言えど最高峰と言える領域だった。
それでも、王国魔術師団の団長が悪魔であるアスタロトさんに対して、自ら魔法を教えて欲しいとお願いするというのはとんでもない事なのだ。
その証拠に、他の魔術師団の皆さんも頭を下げてお願いするサミュエル団長の姿に驚きを隠せない様子だった。
「ふむ、お前は我に魔法を教わってどうしたい?」
「私はこれでも、この王国最後の砦としてこの国の国民を護る義務がございます。しかしながら、先程お手合わせ頂いた事で、まだまだ己の実力不足を思い知った次第でございます……。だからこそ、今一度初心に返り魔法の腕を上げなければ、今後この国の民を護りきる事が出来ないのではないかと思い至りました」
「なるほどな。――我は、この世の闇を司る存在だ。同じく秩序を護る立場にあるという意味では、我とお前は似ている存在なのかもしれないな」
そう言うとアスタロトさんは、アルスの方を向く。
どうしたら良いか、全てはアルスに委ねるという事だろう――。
「えっと、僕は、アスタロトさんさえ良ければ別に構いません。……それに、これは僕なんかが言うのはとても烏滸がましいのですが、皆さんが更にお強くなられるのは、間違いなくこの国にとって有益な事ですから」
「ふむ、では暇があれば稽古ぐらいつけてやろう。ただし、我の最優先はいつだってアルスだ。その上での条件となるがな」
「なんと! 宜しいのですか!? も、勿論構いませんともっ!!」
大喜びするサミュエル団長と、魔術師団の皆さん。
こうしてアスタロトさんは、近隣国でも最強と名高いアルブール王国魔術師団に対して、魔法を教える立場となる事を引き受けてくれたのであった。
そのやり取りを受けて、アルスは一つ思う事があった。
これまでアルスは、サポート系の魔法を重点的に学んできたけれど、本当にこのままで良いのだろうかという疑問だ。
魔術師団――更にはこの国のため、己の責任を全うしようとするサミュエル団長の姿勢を見ていると、アルスだって魔法学校の卒業生として世に出た時に、魔物や賊から村の皆を護れるぐらいの力は持っておくべきだと思えたのだ。
あのサミュエル団長でも、こうして自ら頭を下げてお願いしているのだ。
それなのに、学生のアルスが己の才能が無いことを言い訳にして、始めから諦めて現実から逃げてどうするんだと――。
「ア、アスタロトさん! その、僕にも魔法を教えて頂けないでしょうか!」
「ん? アルスも魔法を極めたいのか?」
「はい! 今日のお二人の戦いを観て思いました! 僕も僕自身の手で、自分の大切なものぐらい護れるようになりたいと!」
アルスのその言葉に、アスタロトさんは満足するようにふっと優しい笑みを浮かべる。
「ふむ、それは良い心がけだな。頼み事などせずとも、アルスは我の主だ。アルスが望むのならば、我はその望みに応えよう」
「あ、ありがとうございますっ!!」
こうして、アスタロトさんが快く受け入れてくれた事にアルスは頭を下げる。
何故かアスタロトさんは、自分なんかの使い魔という立ち位置に収まってくれている。
しかし、きっとこんな関係が長く続くとも思えないし、やはりアルスはアルスで力をつけなければならないんだという思いと実感が強まっていく。
するとアスタロトさんは、頭を下げるアルスの頭の上にそっとその手を置く。
そしてそのまま、アルスの頭を優しく撫でてくれるのであった――。
「ちょ、ア、アスタロトさん!?」
「なに、素直に思いを語ってくれたアルスが少し可愛くての」
「か、かかか、可愛いって!?」
「構わんではないか」
愉快そうに笑い出すアスタロトさん。
こうしてアルスは、そのまま暫くアスタロトさんが満足するまで頭を撫で続けたのであった。
「――いやはや、これが本当にあの大悪魔だとは誰も思うまい」
そんなアルス達のやり取りに、サミュエル団長は面白そうに笑った。
他の魔術師団の人達からは、何故か良いなぁなんて声も聞こえてきたのだが……まぁ、聞かなかった事にしよう……。
「そ、そろそろ帰りますか」
「そうだな」
こうして本当に色々あったけれど、長い長い一日が終わったのであった。
―――と、思っていた僕がいました。
帰り道、アルスは最も重要な事を思い出す。
そう言えば、今日からアスタロトさんもアルスの部屋で一緒に住む事になっているという事を――。
だからむしろ、これから先が一番のピンチなのであった事を思い出したアルスは、急に胸がドキドキして高鳴り出して止まなくなってしまうのであった……。
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