第45話 決戦後②

 クリストフ魔法学校へ侵攻してきた悪魔の軍勢は、無事アスタロトさんによって一掃された。


 圧倒的な力を持つとされるデーモンロードが相手でも、アスタロトさんの前では無力に等しかった。

 それほどまでに、アスタロトさんの持つ力は全く底が知れないのであった――。


 そしてアスタロトさんは、最後に宙を睨みつけながら口を開く。


「それで、この茶番はどういうつもりだ?」

「――あら、気付いていたのね。もう、そんな怖い顔しないでよ。これは、久々に会えた貴女への、ほんの挨拶よ」

「挨拶で、貴様はこの学校の人間を危険に晒したというのか? 仮にも、大天使である貴様が」

「うふふ、別にそんなもの私には関係ないもの。それに、この世から悪魔が減れば、私の役目としても全うしているとも言えるわよね。――でもビックリ。まさか悪魔である貴女に、そんな事を怒られる日が来るなんて思わなかったわ」


 クスクスと笑いながら、再び姿を現したセレス。

 背中には白い翼を生やし、言われればそれが天使である事に何も疑いを持てない程に、神々しい姿をしていた。


 ――というか今、大天使って言いました?


「どうでもよい。貴様は、我の主を危険に晒したのだ。その罪を分かっているのか?」

「あら怖い。でも、続きはまた今度ね。今は貴女と争うつもりなんてないの。今回の件は、貴女に会う名目が欲しかっただけよ、愛しのアスタロト」


 そう言い残し、セレスはそのまま羽ばたいて空高く消えて行った。

 アスタロトさんであれば、きっとすぐに追い付く事も出来ただろう。

 しかしアスタロトさんは、何やら難しい顔をしたまま追いかけようとはしなかった。


 大天使セレス――。

 伝説として伝え聞く大天使が、今アルスの目の前にいただなんて正直信じられない。


 この世界を生み出した女神様の使いとして、光の秩序を護るのが大天使の役目だと伝承がある。


 そしてこの世界の大天使は、千年前に悪魔の前に倒れてしまったという伝承も残っている。

 それはつまり、千年前にアスタロトさんがこの世界の大天使を破ったという事なのだろうか――。


 そして、そんな神界の事情なんて知るはずもないが、この世界の新しい大天使として、さっきのセレスがやって来たという事なのだろうか――。


 大天使と、大悪魔。そんな対を成す存在が現れたのだ。

 だからもしかしたら、これだけ強いアスタロトさんと同格という事だろうか――。


 その辺の事は、考えても分かるはずがなかった。

 けれどアルスにとって、一つだけはっきりした事がある。


 それは、アルスにとってこの世界の大天使は敵である可能性が高いということ。


 これまでずっと信仰してきた、女神に仕えるとされる大天使。

 対して、人間に仇なす存在と思われてきた悪魔。


 だが実際は、大天使であるセレスがこの学校への侵攻を率いており、大悪魔であるアスタロトさんが救ってくれたのだ。


 つまりは、もう天使とか悪魔なんて関係ないのだ。

 助けてくれたのはアスタロトさんであり、そしてアスタロトさんはアルスの使い魔でありパートナーなのだ。


 それが全てだった。

 だから、今後もし大天使の出現により悪魔であるアスタロトさんが迫害されるような事があっても、アルスだけはアスタロトさんの味方でいようと心に誓う。


「さて、面倒な奴が出てきたな」

「ア、アスタロトさんは、先程のセレスさんと面識があるのですか?」

「あぁ、あいつとは腐れ縁でな。悪魔と天使は基本的に敵対関係にあるのだが、あいつは天使のくせによく我の元へ来ておった不思議な奴だ」

「そうなんですか……」

「正直、我にもあやつが何を考えているのかよく分からん。それがこの世界の担当になったというのは、正直嫌な予感しかせぬ」


 そう言って、アスタロトさんは初めて悩む素振りを見せる。

 それだけ、あの大天使セレスというのは、アスタロトさんをもってしても厄介な存在という事なのだろうか……。


「おぉ、こちらはアスタロト殿が始末してくれたのですか」


 するとそこへ、そう声を発しながらやってくる人物が一人。

 その声に振り向くと、そこにはボロボロになったサミュエル団長とその一団がやってきていた。

 その姿から察するに、サミュエル団長達も悪魔達との死闘を繰り広げて来たのだろう。


 そしてアルスは、団員の人達が担ぎ上げている人物に気が付く。

 その二人とは、マークとミスズだった。


「ふ、二人とも凄い傷じゃないですか!」

「ふむ、すぐ手当てをしてやろう」


 ボロボロの二人を見たアスタロトさんが、即座に治癒魔法を二人に施してくれた。

 すると、通常の治癒魔法とは比べ物にならない速度と精度で、深い傷がすぐに癒えていく。


「す、凄い……」


 そんなアスタロトさんの治癒魔法に、この場にいる全員がその魔法のレベルの高さに驚きを隠せなかった。





「うっ、身体が……俺は……そ、そうだ! 悪魔は!?」


 傷から回復したマークは、悪魔との戦闘中であったことを思い出すと、慌てて悪魔を探すように飛び上がり臨戦態勢に入る。


「マーク……。悪魔はもう、サミュエル団長が倒してくれたよ」


 そんなマークに対して、マリアナが宥めるように今の状況を説明してくれた。


「そ、そうか……。じゃあ俺は……また、負けたんだな……」

「マーク……」


 戦闘は既に終わっており、そして自分は悪魔に敗北した事を理解したマーク。


 対抗戦ではアルスに負け、もう誰にも負けないと心に誓った矢先に、今度は簡単に悪魔に敗れてしまったのだ。


 突如目の前に現れたあの悪魔は、正直これまで戦ってきたどの相手よりも強かった。

 マークの全てをぶつけても、全く歯が立たなかったのだ。


 隣では、同じく悪魔に敗れたミスズが俯いていた。

 こいつは俺の使い魔だ、ならば気持ちは俺と同じなのだろう――。


 どうして、自分はこんなにも弱いのかと――。


「師匠!! 私に!! 私に稽古をつけて下さい!!」


 ミスズはそう言って起き上がると、アスタロトさんに向かって稽古をつけてくれと涙ながらに縋る。

 それは、いつもの教室でのおふざけ混じりのものではなく、ミスズの本心であり懇願だった。


「――お前は何故、そこまでして力を求める?」

「私は、これでも里の長の娘なのです! 父が亡くなれば、次は私が里の皆を引っ張っていく立場となるのです! ですから、私は皆を守れるように強くなりたい! でも、今回のような悪魔が里に現れた時、今の私では皆を守れない!!」


 語られる、ミスズの生い立ちと理由。

 こんなミスズを見るのは、やっぱり初めてだった。


 ――そうか、ミスズも俺と同じだったんだな。


 マークにとってのダレス家が、ミスズにとっての自分の里なのだ。

 もしかしたら、そんな似た者同士だからこそ、こうして使い魔として巡り会えたのかもしれないな。


「よかろう――。その覚悟があるのならば、お前は今よりきっと強くなれるであろう」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」


 いつもなら、ミスズをあしらってきたアスタロトさん。

 けれど今回は、ミスズの気持ちを受け止めるように、申し出を受け入れてくれたのであった。

 そんなまさかの快諾に、ミスズは涙を流しながら感謝を述べていた。


 ――そうか、そうだよな……。


 これだけの覚悟を見せたミスズ。

 であれば、そんなミスズの主として、マークは共に努力を続ける事を心に誓った。


 今度こそ、もう誰にも負けない自分になるために――。


「しかし、激しい音がしたからこちらにも駆けつけましたが、凄まじい戦闘があったのですな……」


 サミュエル団長は、ここでの戦闘跡を見て呆気に取られる。

 大地は抉り取られており、それだけ強大な魔法が放たれた事を物語っていた。

 直径十メートル程の円形状に、その軌道上にあったもの全てが跡形もなく破壊されているのだ。

 こんな威力の魔法、サミュエルをもってして見た事が無かった。


「アスタロトさんは、あの一撃を受けても尚無傷で、そのあとすぐにデーモンロードを一撃で吹き飛ばしていたよ」

「デ、デーモンロードですと!?」


 ここで事の全てを見ていたのであろうスヴェン王子の説明を受けて、サミュエル団長は驚愕する。


 デーモンロードという存在は、マークも一応は知っている。

 それは、この世の悪魔の中でも頂点に君臨する最強の悪魔だ。

 この世界には数回現れた事があると聞くが、まさにそれは災害レベルであったという。

 目的を達成するまで、邪魔となるもの全てを破壊し尽くしていった邪悪な存在という伝承が、教科書にも記されていた。


「えぇ、そのデーモンロードです」

「ま、まさか、本当にデーモンロードだとは……!! しかし、それでよくこの程度で済みましたな!!」

「だから言ったではありませんか、アスタロトさんが倒してくれたんですよ。――それも、ビンタ一撃で」

「ビンタ!?」


 またしてもサミュエルは驚く。

 今度は驚きすぎて、顎が外れてしまいそうになるほど大口を空けて。


 そりゃそうだろう、その災害レベルの悪魔を相手に、まさかのビンタ一撃で倒してしまっただなんて、普通ならば全く信じられない話なのだ。


 それでも、この大悪魔であればそれも可能なんだろうなと、見てはいないがきっと真実なのだろうと思えてくるのだから笑えてくる。


 むしろ、それの方が自然とすら思えるのだから、この大悪魔の強さっていうのはそれほど超越したものなのであった。


 ちなみに、その当の大悪魔様はというと――。

 ミスズとの話を終え、アルスを後ろから抱き締めながら、優しくその頭を撫でているのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る