第44話 決戦後
スヴェンは、たった今目の前で繰り広げられた光景を振り返る。
アスタロトさんが悪魔の軍勢を容易く屠り、そしてアルスくんは悪魔になったヤブン、更にはあの帝国の魔術師シュナイダーまでも討ち取ってみせた。
しかしスヴェンは、その場に居合わせていたにも関わらず、事の全てをただ傍観する事しかできないでいた。
アスタロトさんの強さは、まさに圧倒的だった。
教室に現れた悪魔なんて比じゃないと思える程の、デーモンロードと呼ばれる本来この世界には現れないような凶悪な悪魔。
そして、その悪魔が召喚した禍々しい悪魔がおよそ百体――。
目の前に、まさにこの世の終わりを告げるかのような悪魔の軍勢が現れたのだ。
それを目の当たりにしたスヴェンは、絶体絶命に思えた。
恐怖で腰が引けてしまい、一歩も動く事すら出来なかった。
だが、アスタロトさんは顔色一つ変えず、その全てを容易く倒してしまったのだ。
それもまるで、飛んでくる虫を払うようにいとも簡単に……。
アスタロトさんが強いのは、理解していたつもりだった。
だが、改めて認識を改めなければならない程、アルスくんの召喚したこの大悪魔の実力は、あまりに圧倒的すぎたのだ。
そして、それはアルスも同じだった。
あの、帝国魔術師最強と言われるシュナイダーを、目の前で一撃で倒してしまったのだ。
かつて起きた帝国との戦いにおいて、サミュエル団長と互角に戦ったとされるあの大魔術師を相手にだ。
つまり今のアルスの実力は、恐らくサミュエル団長以上という事になる。
まさに人類最強の魔術師と言ってもいいだろう。
だが、強くなるにしてもあまりに短期間過ぎるのだ。
何十年も魔法の練度を磨き続けたサミュエルやシュナイダーという超越者を追い抜くにしては、あまりに短すぎると言えるだろう。
だからこそ、以前言っていた『魔法をイメージで扱う』事の重要性が理解出来た。
まさかここまで強くなるなんて、一体誰が想像出来ただろうか……。
だが、今はその事は置いておくとしよう。
いや、それも関係していると言えるかもしれない。
この場に居合わせておきながら、何も出来なかった自分……。
仮に参戦したとしても、悪魔の力を手に入れたヤブンや、あの悪魔の軍勢相手には成す術など無かっただろう。
出て行っても、アスタロトさんとアルスくん二人の足手纏いになるだけ。
それが本能で分かってしまったが故、ここでただ見ている事しか出来なかった。
更には、シュナイダーに命を狙われるという失態まで犯してしまった。
アルスくんが助けてくれたが、その助けが無ければきっと殺されていた事だろう……。
学年主席などと言っても、この学園の危機的状況の中、スヴェンはただの役立たずでしかなかったのだ……。
スヴェンは、それがただただ悔しかった……。
「私達、何も出来なかったわね……」
それは、隣のクレアも同じ気持ちなのだろう。
無事に悪魔達からこの学園、更にはこの国が護られたというのに、その表情には悔しさだけが滲み出ていた。
「……何が、私が護るよ。護られてるのは私の方じゃない……」
悔しそうに掌をぎゅっと握りしめながら、クレアは小さくそう呟くのであった――。
◇
「そこのお前」
目の前で繰り広げられた、信じられない光景の数々――。
ヤブンは、それをただ見ている事しか出来ないでいた。
だが、あまりに圧倒的な実力を見せつけたアスタロトに呼ばれた事により、ヤブンは現実に引き戻される。
ヤブンはその恐怖から、体を大きく震わせる。
手に入れた悪魔の力など、この大悪魔の前では何の役にも立たないのは明らかだった。
そんなものあろうがなかろうが、目の前にいるアスタロトの気分一つで、ヤブンの生死は決まってしまうのだ。
「貴様は許されない事をした。だから、その命をもって償え」
そして、アスタロトから無慈悲な言葉が投げかけられる。
その一言によって、ヤブンの人生はここで終わる事が確定した。
だが、それだけの事をしてしまったのだ。最早仕方のない事だった。
学校では好き勝手振舞い退学となり、挙句の果てにはシュナイダーの口車に乗せられて、こうして悪魔達と共に学校に侵略しに来ているのだ。
おまけに、この大悪魔の主であるアルスに対して、またしても争いを仕掛けたのだ。
それだけの事をしておいて、このアルスの使い魔であるアスタロトがヤブンを許すわけがなかった。
しかし、ヤブンは死を受け入れつつも、一つだけ心残りがあった。
それは、こんな駄目な息子でもここまで育ててくれた親に対して、まだ何も恩返しできていない事だ。
こんな事なら、もっと親孝行の一つぐらいちゃんとしておけばよかった……。
――こんな駄目息子でごめんな、とーちゃんかーちゃん。
――どうやら俺は、ここで終わりみたいだ。
「……覚悟は、できている」
アスタロトの言葉に、ヤブンは覚悟を込めて返事する。
そして、出来れば一瞬で済ませてくれと祈りつつ、この命の最後の時を待った――。
「――よかろう。であれば、これはアルスの使い魔としてではなく、この世の闇を統べる者として貴様に告げる。――今日からお前は、そこの木っ端悪魔の手下として働くがよい。それをもって、貴様への罰とする」
「……へ?」
「分からぬか? そこのデーモンロードの下につけと言っているのだ」
「こ、殺さないのですか?」
「なんだ、死にたいのか? 我としてはどちらでも構わないのだがな。生憎、我が先程悪魔どもを沢山消し去ってしまったのでな。この世界の悪魔不足が発生してしまったのだ。だから、デーモン相当には力のある貴様であれば、とりあえずの補填としては充分だろうと判断をした」
その言葉に、ヤブンは困惑する……。
ここで殺される覚悟をしたのだが、死ではなく悪魔の手下になれと言うのだ。
でもこれは、一度は死を覚悟したものの、命だけは助かったという事だ。
生きてさえいれば、もしかしたら今後親に、そしてこの学校や皆に対して罪滅ぼしができるチャンスが訪れるかもしれない。
その事に気付いたヤブンは、アスタロトの命令に素直に従う事にした。
というか、今のヤブンに出来る事は元々それしかないのだ。
「……承知、しました」
「ふむ。――おい、そこの木っ端悪魔! 聞いていたか? こいつを連れて、さっさと元いた場所へ戻るがよい」
「は、はい! 分かりましたアスタロト様!」
慌てて返事をしたイワンは、自身の自然治癒能力をもってしてもまだボロボロの身体を何とか叩き起こし、急いでヤブンを連れて元いた場所へと転移した。
こうして、気が付くとヤブンは悪魔の住処に連れてこられた。
あれよあれよと事が進み、まだ自分の中では全然整理が追い付かなかった――。
だが、一先ずはこれで生き残れたという実感が、喜びとしてじわじわと込み上げてくる。
悪魔の住処という、本来恐ろしい場所へやって来たというのに、安堵している自分に思わず笑ってしまいつつも、本当に安堵してしまっているのだから仕方がなかった。
「た、助かった……」
それは、隣のデーモンロードのイワンも同じだった。
この強大な力を持つ悪魔をもってして、額からボタボタと汗を垂らしなっがら安堵しているのだ。
「あ、あの……俺はこれからどうしたら……」
「あぁ……そうだな。アスタロト様の命令通り、これから私のサポートをして貰おう。実際、アスタロト様の言う通り手が足りなくなるのは確かだからな。――あの方の命令に逆らったら、次はどうなるか分からん……」
「た、確かに……」
そんなわけで、共にアスタロト被害者である二人は、その実力や身分に違いこそあれど、そこには強い共感が生まれているのであった。
もう、あの大悪魔にだけは絶対に逆らってはならないと――。
「で、では、改めまして……。よ、宜しくお願いしますイワンさん」
「あぁ、こちらこそだ。ヤブンくん」
こうして、デーモンロードとただの元人間は、互いに生き残れた喜びを祝福し合うように、互いに強く手を握り合ったのであった。
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