第43話 シュナイダー

 帝王の指示を受け、シュナイダーは隠密任務を遂行する。

 アルブール王国へ侵入したシュナイダーは、アスタロトの周りの情報収集をしていく中で、ヤブンという使えそうな少年の存在を知った。


 そして部下より、帝国が予定通り悪魔の召喚に成功したという連絡が入った。

 しかも、召喚する予定であった悪魔よりも上位の、デーモンロードが召喚に応じてくれたというらしい。

 更に都合が良いことに、アスタロトの話をするまでもなく、デーモンロードはアスタロト討伐に乗り気になってくれているようだ。


 それを知った帝王は、この千載一遇のチャンスを逃すべきではないと作戦を変更した。


 ―――情報収集ではなく、ここで確実に大悪魔アスタロトを潰せと。


 それに従ったシュナイダーは、悪魔との直接の話し合いの結果、例のヤブンという少年は使えそうだという事で悪魔の元へと連れていく事となった。


 そして悪魔の力を手に入れたヤブンは、予想を大きく上回る力を発揮してくれた。


 そんなわけで、トントン拍子で準備の整ったシュナイダーは、勝利を確信し今日ここ魔法学校に悪魔達と共に侵攻を開始したのであった。



 ◇



 例の大悪魔が現れたところで、シュナイダーはその身を隠した。

 シュナイダーの存在が漏れる事で、この件にディザスター帝国が絡んでいる事が漏れてしまうリスクを回避するためにも、ここで正体がバレるわけにはいかないのだ。


 当然こうする件は、事前に悪魔とも協議済みだ。

 そもそも人間の力など必要としてはいないと、二つ返事で承諾されたのは助かった。


 こうして、シュナイダーは得意とする隠蔽スキルでその身を潜めると、悪魔同士の戦いを陰から観戦する事にした。

 ここに残る事もリスクではあるが、それ以上にちゃんとこの目で、アスタロトが負けるところを確認する必要があると判断したからだ。


 それに、シュナイダーにとって任務が当然最優先であるのだが、それでもやはり帝国最強である立場もあるのだ。

 だからこれから、デーモンロードとそれに準ずるであろう悪魔同士の戦いというものには、少なからず興味もあったのだ。


 そして、すぐに悪魔達の戦いが始まった。

 イワンの召喚した無数の悪魔達の中には、シュナイダーをもってして瞬殺されてしまうような恐ろしい悪魔も数体含まれていた。


 だが結果はというと、シュナイダーの想定を大きく外れてしまっていた……。

 しかも、最悪の結果として……。


 目の前で、圧倒的と思われた悪魔の軍勢の全てが、いとも容易く蹂躙されてしまったのである――。


 それも、下位の悪魔だろうと、シュナイダーでは瞬殺されるような上位の悪魔だろうと関係なく、その全てが等しくたったの一撃で次々と屠られて行くのだ。


 これは何か、悪い夢を見ているだけに違いない……。

 そう思わなければ、今目の前で繰り広げられている、この戦いにもならない殺戮ショーを自分の中で処理する事などできなかった。


 ものの数分の出来事だった……。

 アスタロトが全ての悪魔を簡単に消し去ったところで、意を決したイワンはアスタロト目掛けて大魔法を放つ。

 これまで、シュナイダーも数々の戦場を潜り抜けてきたから、数多の魔法をこの目にしてきた。

 だがイワンの放ったその魔法は、これまで見たどの魔法よりも高位の魔法であり、その威力は本当に凄まじかった。


 ……だが、それを受けても尚、アスタロトは無傷のまま何事も無かったようにその場に立っていた。


 そこでシュナイダーは、完全に理解する。

 我々帝国は、絶対に敵対してはならない存在を相手に、攻撃を仕掛けてしまったのだという事を――。


 我々は、千年前からの伝承を信じながらも見誤っていたのだ。

 大悪魔アスタロトが、いかに圧倒的かつ恐ろしい存在なのかという事を――。


 デーモンロードが召喚に応じてくれた今がチャンスだと、アスタロトを討ち取れる気になった事がそもそもの大きな勘違いだったのだ。


 そして、更に最悪は重なっていく。

 隣にいたセレスと名乗る白い女は、イワンを裏切りこう語ったのだ。


 ”アスタロトは、彼ら悪魔を庇護する存在だと――。”


 つまりは、やはりそもそもが間違っていたのだ。

 同じ悪魔だから、最上位のデーモンロードであれば互角以上だろうなんて考えが甘かった。


 セレスはこうも言った。

 ”イワン達下界の存在に、我々上界の存在を倒せるわけがないと――。”


 通常であれば、シュナイダーはそんな神話のような話など信じたりなどしないだろう。

 しかし、アスタロトのその圧倒的なまでの強さを目の当たりにした今なら、その話を信じざるを得なかった……。


 このアスタロトにセレスは、我々とは別次元の、それこそ神に近い存在なのだろうという事を――。


 つまりこれは、緊急事態どころの騒ぎではなかった。

 もしこの件が帝国の差し金だとバレたら最後、帝国は一瞬にして滅ぼされてしまうだろう……。

 その事を理解したシュナイダーは、いつもより数段慎重になった上で、すぐにこの場から撤退する事に決めた。


 得意の隠蔽スキルを駆使して、この場からすぐに離れるべく慎重に行動を開始する。

 空気一つ揺らす事なく、一歩一歩慎重に――。


「待て、どこへ行く」


 しかしその時、静かな、そして冷たい声が響き渡る――。

 しかもその声は、最悪な事にアスタロトの声だった。


 どこへ行く、というワードに一瞬胸が飛び出しそうになる程驚くシュナイダー。

 だが、今の自分はスキルを使用しているため、誰にも見られているわけがないのだ。

 ちゃんとスキルが使用できている事を再確認したシュナイダーは、気を取り直して再度移動を開始する。


「だから、待てと言っておる。――次は無いぞ」


 だが、またアスタロトから冷たい声が発せられる。

 そのため、いよいよシュナイダーも覚悟を決めた。


 これは間違いなく、自分に向けて言っているという事に――。


「見えているのですか……」

「我を欺くにはレベルが低すぎる。バレバレだ」

「そうですか……」


 その言葉に、シュナイダーは諦めて姿を現した。

 突如現れたシュナイダーに驚く学生達を見て、やはりちゃんとスキルは発動していた事を再確認する。


 つまりは、どういうカラクリかは不明だが、この大悪魔は本当にシュナイダーの隠蔽を見破っていたという事になる。


「で? 貴様は何者だ?」

「いえ、急な戦闘があったようなので、たまたま近くにいたのでこっそり様子を窺っていただけです」

「う、嘘を付くんじゃねぇよ! 俺とお前は一緒にここへ来ただろうが!!」


 この場を逃れるため、シュナイダーは咄嗟に誤魔化しを入れる。

 こういう機転も、隠密活動では必須のスキルなのだ。


 だが、ここに居合わせたヤブンが直ぐ様それを否定してくる。

 面倒なガキだと苛立つも、シュナイダーが帝国の人間だとここでバレる訳にはいかないため冷静を装う。


 このヤブンにも、自分が帝国の人間だという事は一切伝えてはいないのだ。

 だから最悪、この場は自分の命だけで済むのならそれで良かった。

 だが、そう都合よくはいかなかった――。


「貴方はたしか、ディザスター帝国魔術師団長の、シュナイダーですよね?」


 誰も知らないはずのシュナイダーの正体を、突然何者かに明かされてしまったのだ――。

 驚いて振り向くと、そこには厳しい顔付きをしたアルブール王国のスヴェン王子の姿があった。


 ――クソ、よく見ればあの少年、アルブール王国の王子ではないか。


 シュナイダーともあろう者が、あまりの異常事態の連続に周りの把握がしきれていなかった。

 であれば、もうシュナイダーのとれる行動はもう一つだけだった。


「やれやれ、まさかこんなところに貴方までいるとはね。――バレてしまったのなら仕方がありませんね、悪いですがここで死んで頂きましょう!」


 そう告げると、シュナイダーは覚悟を決めて即座に魔法陣を展開する。

 シュナイダーが帝国魔術師最強であるのは、何も優れた隠密行動が出来るからではない。

 多種多様な魔法を巧みに操り、そこから生み出す強力な技の組み合わせによる攻撃こそが、シュナイダーの本当の強さなのである。


 まずは、魔導の六クローンを唱え、自身の分身体を八体生み出す。

 そして、それと同時に魔導の五ドリアードにより、大地の力で自身と分身体全てに自然の加護による身体強化を施す。

 これにより、分身体であってもその全てがデーモン以上の身体能力を発揮する事が可能となる。

 他にも、イフリートなど精霊系の身体強化には色々種類があるが、このドリアードは時間経過による自然治癒能力も同時に付与される。

 これにより、多少の攻撃ならばほぼ無効化の出来るドリアードは、分身体へ付与するには打って付けの魔法と言えるだろう。


 こうして生み出した八体の分身体と共に、シュナイダーはスヴェン王子達目掛けて一斉に襲いかかった。


 最悪ここで破れるとしても、帝国にはシュナイダーの独断による暴走という事にして貰えばいいのだ。

 だからシュナイダーは、せめてこの国の次期国王として名高いスヴェン王子だけでもここで討ち取る事が出来れば、多少は帝国への貢献に繋がるはずだと考えた。

 だからシュナイダーは、ここで確実にスヴェン王子を仕留めるべく、分身体はあくまでカモフラージュとし、一撃で終わらせるためにも敢えて自ら直接スヴェン王子目掛けて襲いかかった。


 だが、首を斬り落とそうと短剣を抜いたその時だった――。

 その一撃必中であったはずの攻撃は、横から割り込んできた何者かによって阻止されてしまったのであった――。


 驚いて振り向くと、そこに居たのはアルスだった。

 複数の分身体の中から、アルスはシュナイダー本体を見破り、そしてシュナイダーの攻撃を防ぐようにシールド魔法をスヴェン王子へ付与したのである。


「な、何故分かった!?」

「貴方の魔力の流れを見ればすぐ分かります!」


 魔力の流れだと――!?

 ガキのくせに、こいつは人の魔力の流れを見通したと言うのか――!?


 そんな事、シュナイダーは勿論、サミュエルでも到達出来ない極致の技だ。

 そして驚くのも束の間、一瞬にしてシュナイダーの目の前は真っ白に染められる――。


 それは、アルスの放った大魔法。

 魔導の八ビッグバーストによる輝きだった――。


 生み出されたその白い輝きは爆発を生み、回避が間に合わず直撃したシュナイダーはそのまま意識を失い倒れ込む。


 こうして帝国最強の魔術師シュナイダーは、サミュエルでもアスタロトでもなく、あろう事かただの一人の学生相手に敗れてしまったのであった――。


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