第57話 気持ち

 授業を終え、教科書を鞄へしまうアルス。

 そっと隣へ視線を向けてみると、偶然アスタロトさんと目が合ってしまう。

 それに驚いたアルスは、思わず慌てて目を逸らしてしまう。


「……先に帰る」


 そんなアルスに向かって、アスタロトさんは小さくそう告げて先に教室から出て行ってしまった。

 いつもなら、授業が終われば皆が集まってきてくれるのだけれど、他の皆もアルス達の異変に気が付いているのだろう。

 心配するように、アルスとアスタロトさんを見ていた。

 気まずさを感じたアルスは、今日のところはアスタロトさんに続いて寮へと帰宅することにした。


「二人に何があったかは知らないが、今日は二人でじっくりと話し合うといい」


 去り際、スヴェン王子が声をかけてくれた。

 その言葉に勇気づけられたアルスは頷いて返事をする。


「……はい、ありがとうございます。正直僕も、何でこうなってしまったのかよく分かってないんです。でもきっと、僕に原因があるのは確かなので、しっかりと話し合いたいと思います」

「そうか、僕には何となく予想はつくのだが……それがいいだろうね。頑張って」


 悩めるアルスに対して、何か訳知りな様子でスヴェン王子は励ましてくれるのであった。


 スヴェン王子はそんな事を言うと、今度はアルスの背中をぽんと押し出してくれた。


 ◇


「……我について来なくとも、良かったのだぞ?」

「いえ、今日は僕も帰ります……」

「そうか」


 先を行くアスタロトさんを見つけたアルスは、駆け寄って隣に並んだ。

 しかしアスタロトさんからは、やっぱりどこかよそよそしさを感じる。

 そのまま無言で寮へ帰ると、アスタロトさんはそのまま自室へと向かって行ってしまう。


「ま、待ってください!」


 意を決してアルスは、慌ててアスタロトさんの背中へ声をかける。


「……なんだ?」


 呼びかけに対して、振り返りはしないが返事をしてくれるアスタロトさん。


「その、今日はどうして、よそよそしいんですか……?」

「……それは、アルスも同じであっただろう」


 アルスの質問に対して、アスタロトさんから思わぬ返答が返ってくる。

 心のうちを見透かされているようで、モヤモヤとした感情が込み上げてくる。

 

 しかし、ずっとこのままでいるのは絶対に良くない。

 それだけは確かなので、アルスは勇気を振り絞る。


 まずは自分から、今抱いている感情を素直に吐き出すべきだと思いながら。


「僕は……ごめんなさい、きっと嫉妬していたんだと思います」

「……嫉妬?」

「はい。これまで、いつも身近にいてくれるアスタロトさんに対して、勝手に自分だけのアスタロトさんなんだっていう、独占欲みたいなものを抱いてしまっていました。でも、ジークさんという僕より強くて、アスタロトさんとも近い存在がいらっしゃることを知って、何だか遠くへ行ってしまったような気がして……。それにジークさんは、その、イケメンですし……」

「イケメン? 何の話だ?」

「だって、その、かっこいいじゃないですか……? 男性として……」

「……そうか。アルスはそんなことを思っていたのか」


 格好悪い本音に対して、アスタロトさんの表情は呆れているように見えた。


 ――ああ、やっぱり僕ってダメダメだなぁ。


 落ち込むアルスに対して、アスタロトさんは溜め息を一つつくと、ゆっくりと近づいてくる。

 そしてアルスの前に立ったアスタロトさんは、落ち込むアルスを優しく抱きしめてくれる。


「……すまん、アルス。我も同じなんだ」

「……え?」

「大悪魔であるこの我が、まさかこんな感情を抱くとはな……。世の中、まだ我の知らぬことがあったのだな」


 アルスを抱きしめながら、アスタロトさんは自嘲気味に自分の胸の内を明かしてくれる。


 」……だから、その……アルスよ。今回の件は、全て我に非がある。すまなかった」

「い、いえ! そんなことないですよ! 僕の方が――ンッ!」


 いきなり謝罪をするアスタロトさんの言葉を、アルスは慌てて否定しようとする。

 しかし、そんなアルスの口は強引に塞がれてしまう――。


 アスタロトさんからの、突然のキスによって――。


 柔らかい唇の感触。

 ふわりと漂う甘い良い香り――。


 この世界の誰よりも強いけれど、こうしていると普通の女性と何も変わらないようだ。

 ただ愛おしいという感情が、胸を覆いつくしていくようだった。


 たっぷりの時間をかけて、アスタロトさんはそっと唇を離した。


「……我も同じだ。嫉妬していたのだ」

「そ、そうだったんです、ね……」

「ああ、我はこれでも悪魔だ。悪魔という存在はな、人間なんかよりよっぽど独占欲が強いのだ」

「……独占欲」

「そうだ、だからアルスよ。お前には、我の全てを受け入れて欲しい。――アルスは我のものだ。他の誰にも渡さぬ」


 その言葉とともに、今度は強く抱きしめられる。

 言葉通り、絶対に誰にも渡さないというように――。


 ――そうか、同じ気持ちだったんだね。


 アスタロトさんの気持ちが伝わるとともに、胸につっかえていたものがストンと消えていく。

 二人微笑み合うと、お互いの気持ちを確かめ合うように再びキスを交わすのであった――。

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使い魔として召喚されたのは、かつて世界を滅ぼしたとされる傍若無人の大悪魔でした。~全てを凌駕する力で、この世界を再び変える物語~ こりんさん@コミカライズ2巻5/9発売 @korinsan

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