第35話 最上位悪魔

「こちらです」


 シュナイダーの後ろを歩くヤブンは、その声に立ち止まる。

 連れてこられたのは、見知らぬ薄暗い洞窟だった。


 アルブール王国を出て少し先にある森の中に、こんな洞窟があるなんて知らなかった。


「……こ、こんなとこに何があるってんだ?」

「もうすぐ着きますよ。あとはご自身の目で、ご確認下さい」


 そう言うと、シュナイダーはそのままその洞窟の中へと入っていく。

 ここまでついて来ておいてなんだが、正直不安しかないヤブンであったが、もう後にも引き返せないためついていくしかなかった。


 洞窟の中には、いくつもの蝋燭ろうそくが置かれており、案外中はそれほど暗くはなかった。

 蝋燭の明かりが灯されているという事は、ここへ出入りしている者がいるという事だろうか……。

 シュナイダーはそのまま、黙ってどんどんと奥へと進んで行く。


 まぁ、この男を信用しているわけではないが、それでもかなりの手練れである事は間違いないため、いざとなればこの男に全て任せれば大丈夫だろう。

 そう自分に言い聞かせながら、不安な気持ちを誤魔化しつつヤブンは後ろをついて行くのであった。


「着きましたよ」


 それから暫く歩き続けると、シュナイダーは大きな扉の前で立ち止まりそう告げてきた。


「こ、この奥か……」

「ええ、そうです。入りましょう」


 そしてシュナイダーは、なんの躊躇いもなくその大きな扉を開ける――。



 扉の向こうには、広々とした空間が広がっていた。

 そして、高そうな赤い絨毯の敷かれた先では、立派な椅子に座る一人の男が待っていた。


 そしてその横には、女性だろうか。

 その容姿は女性のようだが、明らかにそれは普通の女性ではなかった。


 全身が、真っ白なのだ。

 雪のように真っ白な肌に、少しシルバーがかった白いロングヘアー、そしてその身に纏っているのも白いロングドレス――。


 一目でそれが、人の形をした人では無い存在だと分かった。

 だがその容姿は、大悪魔アスタロトにも引けを取らない程美しかった――。


「シュナイダーくん。その子が例の?」

「はい、連れて参りました」

「ふむ、ご苦労様」


 椅子に座る男と、シュナイダーが言葉を交わす。

 どうやたこの二人は、仲間の関係にあるようだ。


 という事は、もう俺にも分かる――。

 今、目の前にいるこの男こそが、シュナイダーの言っていた最上位悪魔なのだろう――。


 よく見てみれば、それは一目瞭然だった。

 豪華な洋服や貴金属を身につけている事以上に、この男からはシュナイダーとは比べ物にならない程のプレッシャーが感じられるからだ。


 これは確かに、あのアルスの召喚した大悪魔にも匹敵する程だった。

 こんな存在、もはや人間が抗えるレベルではないのだ――。


 そして、周囲によく目を凝らすと、暗闇の中には他にも数人の悪魔が立っている事に気が付く。


 ――なるほど、恐らく周りの悪魔は、こいつの配下なのだろう。


「初めまして、ヤブンくん。私の名はイワン。見てのとおり、悪魔です」

「あ、あぁ。シュナイダーから話は聞いている。俺に力を与える代わりに、アルスを討てと」

「――ええ、そのとおりです。では、早速貴方に力を与えましょう」


 そう言うと、イワンは右手を前へ突き出して魔法陣を展開する。


 物凄く巨大な魔法陣が、黒く怪しい輝きを放つ――。

 そして魔法陣の中から、巨大な真っ黒な塊が飛び出したかと思うと、ヤブンの胸元目掛けて飛んでくる。


 驚くヤブンであったが、回避する間もなく飛んできた黒い塊は胸に当たると、そのままヤブンの体の中へと入り込んでくる――。


「――こ、これは!? ぐ、ぐおおお!!」


 猛烈な痛みが、ヤブンの全身を襲う――。


 ――な、なんだこれは!? やっぱり俺は、騙されたのか!?


 このまま殺されるのだったら、全くもって笑えなかった。

 これでは本当に、ただ間抜けな一生で終わってしまうからだ。


 そんな悔しさを覚えながらも、無力なヤブンはただ痛みに耐えながら、地面でのたうち回る事しか出来なかった。


 ……しかし、暫くすると痛みはなくなっていく。

 ヤブンは痛みからの解放に、まだ生きている事を確認する――。


「な、なんだったんだ……」


 そう呟きながら、自分の右腕に目を落とす――。


「う、うわぁ!! な、なんだこれは!!」


 ヤブンの右腕は、真っ黒に染まってしまっていた。

 左腕、そして両足もそうだ。

 自分の全身が、真っ黒に染まってしまっているのであった。


「お、おい!? 俺は、悪魔には成らないんじゃなかったのか!? これじゃまるで!!」

「大丈夫です。ヤブンさんの意思で、元の姿にもちゃんと戻れるようになってますよ」

「そ、そうなの……か……?」


 言われた通り、ヤブンは元の姿に戻りたいと念じてみると、黒かった全身が元の姿へと戻っていく。


 それが確認出来たヤブンは安堵する。

 二人に騙されたわけじゃないのだと、信用する事にした。


「先程の姿であれば、下級悪魔相当の力を発揮できますでしょう。そこに、貴方自身の怨恨が強ければ強い程、更なる力を生み出すでしょう」

「マジかよ……」

「ええ、この私の半眷属にしてあげたのですから当然です。――ですから私は、貴方の活躍に期待しておりますよ」


 イワンと名乗る悪魔は、そう言うとニッコリと笑った。

 ……ただ、その目は一切笑ってなどはいなかった。


「イワン……さんの、も、目的はなんなんですか?」

「私の目的、ですか――」


 そう言うと、イワンは口元をグニャリと歪めて嗤う。

 それはまさに、悪魔の嗤いだった――。


「娯楽ですよ。我々悪魔は、常に退屈しているのです。――ですから、悪魔界最強であるこの私の知らぬ野良の悪魔ごときが、この地で最強などと言われているのであれば、同じ悪魔として叩き潰したくなるのは当然でしょう?」

「は、はぁ……」

「大悪魔アスタロト? 知らぬ名ですね。そんな、どこの田舎者かも分からない者が、大悪魔などと呼ばれている事自体、我々からしたら相当な不愉快なのですよ。――私は最上位悪魔、デーモンロードのイワン。私の前では、全てがひれ伏すべきなのですよ!」


 そう言うと、イワンは立ち上がり両手を大きく広げた。

 解き放たれた魔力が波動になり、それだけでヤブンは気を失ってしまいそうになる。

 もしこの悪魔の力が宿っていなければ、きっと今ので気絶していたことだろう……。


「さぁ、行きましょうか皆さん! 悪魔による、悪魔狩りのお時間ですよ!」


 イワンはその目を大きく見開き、今度は本当に愉悦に塗れた笑みを浮かべる。

 それに合わせて、周りの悪魔達も声を上げる。


 そのおぞましく笑う悪魔達の姿を、ヤブンはただ呆然と見ることしかできなかった……。


「……アスタロト、待っててね。ふふっ」


 沸き立つ中で、イワンの隣に立つ白い女性がそう小さく呟いた事に、ヤブンだけは気が付いたのであった――。

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