第36話 悪魔襲来

 次の日、アルスはいつも通りアスタロトさんと朝食を済ませ、それから学校へと向かう。


 アスタロトさんが学校へ通うようになった当初は、その容姿を前に声をかけて来る人が現れたりと色々あったけれど、最近ではそれも段々落ち着いてきている。


 というのも、これまで自分に自信がある様々な色男達が、アスタロトさんのその容姿に惹かれてアプローチを仕掛けてきたのだけれど、その全てをアスタロトさんは即答で断ってきたため、今では皆諦めがついているようで声をかけてくる事は無くなったのである。


 そんなアスタロトさんは、裏では"難攻不落の女神様"と呼ばれている事をアルスは知っている。


 その気品漂う、美しすぎる姿を目にした誰かが、「女神様だ……」と思わず口にした事が発端らしいのだけれど……ごめんなさい、アスタロトさんは女神ではなく、悪魔です……。


 おかげで、最近では声をかけてくる人はいなくなったが、それでもすれ違う人の多くは、明らかにアスタロトさんに目を奪われているのが丸分かりなのであった。


「どうかしたか?」

「い、いえ、行きましょう」


そんな視線に気付いていないのか、はたまた全く相手にしていないのか、不思議そうに小首を傾げるアスタロトさん。

 そんなアスタロトさんに、アルスは笑って応えるしかなかった。


こうして、今日も一緒に学校へと向かうのであった。





 今日も一日いつも通り授業を終え、そして下校の時間となった。


 アルスの席の周りには、今日もスヴェン王子やクレア、そしてマークやその仲間達が自然と集まるというのが、今では放課後の習慣となっている。


 そして、ミスズは今日もアスタロトさんに放り投げられていた。


 そんな、いつも通りの日常。

 だが慌てて教室へやってきた女子生徒の一言により、事態は一変するのであった――。


「た、大変!! ミーナが!!」

「どうした? 何事だ!?」

「あっ! スヴェン様!! それが、一緒に下校していたミーナが! ミーナがいきなり襲われて!!」

「なに!?」


 その報告に、アルスや教室内に残る全員が驚く。

 クラスメイトのミーナが、何者かに襲われたのだとしたら、それは本当に一大事である。


「ヤブンくんです! 校門のところにヤブンくんがいて、それでミーナを!」

「何故、ヤブンがミーナを!?」


 すると次の瞬間、校門の方から激しい爆発音が聞こえてくる。

 皆あわてて窓から校門の方を見ると、確かにそこにはヤブンがいた。


 そして、ヤブンの周りにいるのは悪魔だった――。


 何故かヤブンの周りには悪魔が四体、あろうことかここクリストフ魔法学校に攻撃を仕掛けてきているのであった。


 そして、すぐに騒ぎに駆けつけた先生達と、突如現れた悪魔達との戦闘が始まった。


「あいつら! 伝統あるこの魔法学校を!! 絶対許せねぇ!!」


 そう怒りを露にしたマークは、校門目掛けて直ぐ様飛び出して行った。

 そんなマークに合わせて、マークの特攻隊の四人と、居合わせたマリアナも一緒に飛び出す。


「我々も向かおう!!」

「そうね!!」

「はい!!」


 そしてアルス達も、飛び出していったマークに続いて校門へと向かおうとする。

 だが、アスタロトさんは後ろからアルスの肩を掴んで離さなかった。


「ア、アスタロトさん!?」

「待て、アルスよ」

「な、なんでしょうか! 僕達も早く!!」

「待てと言っている」


 そう言うと、アスタロトさんは教室へ報告に来た女生徒の方を向いた。


 報告をしてくれたのは、同じクラスのレイラだった。

 レイラは普段からミーナと仲がよく、いつも二人で行動している女の子だ。


 そんな彼女もまた、全身を酷く怪我しているようだった。

 確かに、怪我をしたクラスメイトをここに置いておくのは不味かった事に、ようやくアルスも気が付いた。


 しかし、アスタロトさんがアルスを引き止めたのは全く違う理由であった。


「何故、貴様のような木っ端悪魔がここにおるのか、説明して貰おうか」

「……ふん、流石に気付いていたか。――だが木っ端とはよく言うな、田舎者めが」


 普段の声とは全く異なる、禍々しい声を発するレイラ。

 そしてその肉体は突如として膨れ上がり、その姿を変形させていく――。


 そこにいるのは、もうアルスに知っているレイラではなかった。

 その姿は、禍々しい悪魔そのもの――。


 一目見ただけで分かる。

 この悪魔は、外で暴れている悪魔よりも遥かに強いと――。


 全身から感じられるそのプレッシャーは、強くなった今のアルスでもまだ届かないレベルにあると感じられた。

 それだけ、この禍々しい姿をした悪魔は、とんでもない化物クラスだというのがひしひしと伝わってくる――。


「小娘はどうした?」

「さぁな、今頃は……な、なんだ……?」

「どうしたと聞いている」

「な、なんだこれは!? か、身体がっ!! ぐわあああ!! わ、分かった!! 言う!! あの二人なら私がぁ!!」

「もういい、大方分かった。死ね」


 氷のように冷たい表情をしたアスタロトさんは、そう告げると簡単に目の前の悪魔の命を刈り取ってしまった。


 それは、本当にあっという間の出来事だった。

 突然、悪魔の全身が見えない何かに拘束されたかと思うと、アスタロトさんの一声で悪魔は絶命し、そのまま黒い霧に変わって消え去ってしまったのである。


 一体、何がどうなったのかなんてアルスには分からなかったけれど、今の会話で、ミーナとレイラの二人は今の悪魔にやられたという事だけは理解できた。


 という事はつまり、ミーナとレイラはもう……。


「大丈夫だ、二人はまだ死んではおらん」

「ほ、本当ですか!?」

「だが、急いだ方が良さそうだ。行くぞ」


 そう言ってアスタロトさんは、何故か校門とは逆の方へと向かって歩き出すのであった。





「今のは……なんなの……?」

「あんな凶悪な悪魔、これまで見たことが無かったのだが……これが、アスタロトさんの本気……なのだろうか……」


 アスタロトさんの行動に気が付き、同じく教室で事の一部始終を見ていたクレアとスヴェン王子。

 二人は、初めて一切の手加減をしていないアスタロトさんの実力を前に、驚きを隠せなかった。

 自分達が何人束になっても敵わないと思われた程の凶悪な悪魔を、アスタロトさんは一切触れることもなく容易く屠ってみせたのだ。


 しかし、その事に驚いている場合ではなかった。

 今は何より、ミーナとレイラ二人の安全確保が最優先だ。


 二人はアルスと頷き合うと、今はアスタロトさんの事を信じてあとをついていくのであった。

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