第2話 使い魔と契約?

 

「え、えーっと、アスタロト……さん?」


 召喚に応じて現れた、絶世の美女――。

 そのアスタロトと名乗る女性に向かって、アルスは恐る恐る話しかける。


「ふむ、なんだ?」

「えっと、すみません。僕は今、学校で行う使い魔召喚儀式の最中でして……。そしたらですね、何故か魔物ではなく、アスタロトさんが魔法陣から出てこられたという状況で……」

「なるほど、使い魔召喚か。だが待て、それはおかしいぞ。たかが使い魔召喚ごときで、この我が出てくるわけがなかろう」

「い、いやぁ、そう言われましても……」


 そんなのは知ったこっちゃないよとは流石に言えない。

 しかし、出てくるわけがないと言われても、実際に魔法陣からアスタロトさんが出てきたわけであって……。


「ならばお前、今一度召喚の魔法陣を我に見せてみよ」

「あ、はい。えっと、これです」


 ここは言われるがまま、アルスは再び魔法陣を展開して見せた。

 しかし今度は発動はさせていないためか、いつも通り白い光を放つ通常の魔法陣であった。


「あれ? さっきはこれが赤く光ってたんですけど……」

「――ふむ、なるほどな。これは確かに似ているが、お前達が使っている使い魔召喚のものではないぞ? まさか、この魔法陣を展開できる奴がおるとはな……」


 そう言って、どこか懐かしむような表情を浮かべるアスタロトさん。

 しかしアルスからしてみれば、そんな話全くの想定外でしかなかった。


「そ、そうなんですか!? えっと、じゃあその、ごめんなさい! 僕は使い魔を召喚しようとしていただけでして、別にアスタロトさんを呼んだつもりでは無いと申しますか、なのでこの件は無かったことに……」

「ダメに決まっておろう。お前が我を召喚した事には変わらんのだ」

「そうですか……」

「なに、本来我ら悪魔との契約には高い代償が伴う物だが、そんなものはそこいらの悪魔にでもやらせておけばいい。それよりも、我は長い間暇をしておってな――ふむ、そうだな」


 そして、何か閃いたように不敵な笑みを浮かべるアスタロトさん。


「代償は我の暇潰しという事で、ここは特別にこの我がお前の使い魔になってやろうではないか」

「い、いやいやいや!? ぼ、僕の使い魔ですよ!? それに今、普通に悪魔って――」

「悪いがお前に選択権はない。我が使い魔になると言ったその時から、我はお前の使い魔なのだ」

「え、えぇ……」


 めちゃくちゃ言い出したよこの人……いや、この悪魔だからそれが普通なのか……?


「というわけで、これから宜しく頼む。そうだ、使い魔と言えば我にも使い魔がおるから紹介しておこう。場合によっては、お前もこいつを好きに使うがよい。いでよ!」


 アスタロトさんはそう言うと、指をパチリと鳴らした。

 すると、展開された巨大な赤い魔法陣の中から、グリーンドラゴン程のサイズはあるであろう巨大な漆黒の狼が現れる。


「主、お呼びですか?」


 しかも喋った!?


「ふむ、今しがた我はそこの人間の使い魔になったのでな、一応お前にも言っておこうと思ってな」

「は、はぁ!? 主が使い魔!?」

「紹介しよう、こいつは我の使い魔。フェンリルのポチだ」

「え!? あの、えっと、よ、よろしくお願いします!!」

「き、貴様のような、たかが人間風情が主の主だと!? 死にたいのか!?」


 そんな怒りと共に咆哮をあげるポチさんから、吹き出すように漆黒の禍々しいオーラが溢れだす。


 ――あ、これはヤバいやつだ……死んだ……。


 その溢れ出る禍々しいオーラは、今日召喚されたどの使い魔よりも――いいや、何ならこの世界に存在する全ての魔物の中でも、確実に超が付く程のヤバイ側のやつだ。

 それは最早、アルスみたいな平凡な魔術師見習いでは計る事すら出来ない、災害級の存在――。

 そう言えばフェンリルって、以前本で読んだ神話の時代の魔物だったような――。


「――黙れポチ。よいか、これは我が決めた事だ。まさか貴様は、我の決断に文句があるというのか?」

「い、いえ! そ、そんなことは! ……であれば、もう私が言うことなど何もありません」

「ふむ、話はそれだけだ。もう帰ってよい」


 静かに、けれど凍り付くような凄みを帯びたアスタロトさんの言葉。

 その言葉に、フェンリルのポチさんは萎縮し、すぐに解き放っていた魔力のオーラを引っ込める。

 そして、まるで飼い主に怒られた飼い犬のようにしょんぼりと、魔法陣の向こうへと帰って行ってしまった。

 仮にもし、ポチさんが本当に神話の時代の魔物フェンリルだと言うならば、それを完全に手名付けているアスタロトさんって一体――。



「ほ、本当に、あ、悪魔アスタロトだと言うのか……!? あ、ありえん……!!」



 するとその時、近くでシールド魔法を展開していた先生の震える声が聞こえてくる。

 その声に目を向けると、先生は恐怖に全身をガタガタと震わせていた。

 ここアルブール王国の魔法学校の教師とは、全員が魔術師団の幹部クラスの実力を持っていると言われている。

 だからこそ、そんな先生がここまで怯えている光景というのは、それだけで事の重大さを意味していた。

 

「古い書物には、こう記されています。大悪魔アスタロトは、約千年前にこの地に現れ、人も魔族も全てを蹂躙して去っていった災厄の悪魔だと……。この世界における最強の存在にして大悪魔、そ、それが再びこの地に舞い降りたと言うのですか……!?」

「――ふむ、あれももう千年も昔の事か。確かにそれをやったのは我だ。人の書物とやらも、案外ちゃんと継承されているものなのだな、中々興味深い」

「な、なんとっ!?」

「だが安心しろ、今の我にはそんなことを起こす気などない。そもそもあれをやったのは、お前達人間が生み出した結果なのだ。そして今の我は、こやつのただの使い魔に過ぎぬ」


 そう言うと、アスタロトさんは話は終わったとばかりにアルスの方を向く。


「そう言えば、まだだったな。名をなんという?」

「あ、はい。アルスです。アルス・ノーチェス」

「ふむ、アルスか、良い名だな。これから宜しく頼む」


 満足そうに頷いたアスタロトさんが、ゆっくりと近付いてくる。

 そして何を思ったのか、何故かそのままアルスの隣へと並び立つ。


 ――うわ、近くで見ると本当に美人だなぁ……じゃなくて!


「あ、あの、アスタロトさん? その、使い魔なのはもう百歩譲って分かりましたが、ど、どうして隣に?」

「ん? 使い魔だからだが?」

「いや、皆はほら、使い魔は必要な時にだけ呼ぶものでして、普段は魔法陣の向こう側に居て貰っているので……」

「ああ、なるほどな。我はアルスと行動を共にする事にしたから、そんなものは関係ない」

「そ、そうですか……」


 色々と言いたいことは山積みなのだが、これももうアスタロトさんが決めたことなら従うしかないのだろう……。


 こうして、世界最強? の大悪魔アスタロトが、何故かアルスの使い魔になったのであった――。

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