第22話 アルブール王

 魔法の組み立ての授業が終わり、今日の授業は全て終了となった。

 しかし、どの授業でもアスタロトさんの常識を覆すような力と知識を前に、驚かされっぱなしだった。


 ちなみにルドルフ先生は、アスタロトさんのことを勝手に我が師匠と呼ぶようになり、アスタロトさんに魔法をもっと教えて貰えるように懇願するようになった。

 結果、それに怒ったアスタロトさんの魔法によって、両手両足を拘束されて地面に転がるという、そこには最早クリストフ魔法研究所の所長の面影はどこにも無くなってしまっているのであった。


「うぐっ! み、身動きが!? これは拘束魔法か!? しかし何という精度なのだ、まるで抵抗できぬ! 凄い、凄いぞぉ!」

「……うるさい奴だな」


 拘束されても尚喜ぶルドルフ先生と、呆れるアスタロトさん。

 何か見てはいけないものを見ている気持ちになり、アルス達この場に居合わせた人は全員見て見ぬふりをしておいたのであった――。


「アルスくん、このあと少しいいかな?」


 帰り支度をしていると、スヴェン王子が声をかけてきた。


「大丈夫ですけど、何かありましたか?」

「うん、それがね……。父――アルブール王が、一度アルスくんとアスタロトさんに会いたいって言うんだ。僕もね、アルスくん達のことには触れないように頑張ってはみたのだけれどね……」


 少し気まずそうに、要件を伝えるスヴェン王子。

 きっとアルス達のことを考えてくれて、こういう事から遠ざけようとしてくれているのだろうが、今回は断りきれなかったのだろう。


 でも、それも仕方がないことだとアルスは覚悟していたことだった。

 こんなに圧倒的な力を持つアスタロトさんの存在を、国として放置しておく方が不自然なのだから。


「正直、僕なんかが国王様とお会いするなんて畏れ多いのですが……そういうお話なら、断るわけにもいきませんよね。僕は大丈夫です。アスタロトさんも大丈夫ですか?」

「ふむ、アルスが良いのなら我はそれに従おう。ただし、もし我の力を欲してアルスに危害が及ぶような事があれば、その時はそれ相応の対応をさせて貰うぞ」

「ありがとう。もし父が……いや、この国がアスタロトさんを少しでも利用しようとするならば、アルブール王国第一王子である僕が全力で阻止する事をここでお約束します」


 アスタロトさんの指摘に対して、スヴェン王子は真っ直ぐと受け止めそれを否定してくれた。

 その言葉を信用したアルス達は、急遽学校終わりアルブール城へと向かう事になった。



 ◇



 スヴェン王子に案内され、アルブール城の王室の扉を開ける。

 そこには、まさに豪華絢爛と言える装飾品の数々が部屋中に飾られており、誰が見てもここが王室なのだと一目で分かる空間が広がっていた。


 正直覚悟はしていたつもりだったけれど、いざ来てみるとあまりの場違いさに気圧されてしまう……。


 そして部屋の奥に置かれた豪華な椅子に腰を掛ける人物が一人。

 それは、アルスもよく知っている――ボストン・アルブール国王その人だった。


「君がアルスくんかね? よく来てくれた、いつも息子が世話になっている」

「い、いえ! 滅相もございません!! こ、こちらこそいつもお世話になっておりますですっ!!」

「ハッハッハッ、そんな緊張せずともよい。とりあえず立ち話もなんだ、そこに掛けてくれたまえ」


 いざ国王様を前にすると、緊張で上手く話す事が出来ないアルス。

 しかし、国王様は豪快に笑い受け入れてくれた。


 こうして、アルスとアスタロトさんは国王様の言葉に従い、八人掛けのテーブル席へへつく事となった。


「急な呼び立てをして申し訳なかったな、アルスくん。――そして、アスタロト殿」

「い、いえ! 大丈夫です!!」

「――それで、お前は我とアルスに何の用だ?」


 国王様の前でも、アスタロトさんはアスタロトさんだった。

 早く要件を伝えろというように、冷たい視線を送るアスタロトさんの態度に、国王様はまた豪快に笑いだす。


「ハッハッハッ! すまんな! いやなに、あの伝説の大悪魔が私の国におるというのに、私が会わずにいるわけにもいかないだろう!」

「ふん、会ってどうなるものでもあるまい」

「違いないな! だが聞くところによると、アスタロト殿はサミュエルにも圧勝したそうじゃないか。一応あれでも、この国最強の魔術師なのだ。それを容易く打ち破られたとあれば、国王として見過ごすわけにもいかんだろう?」

「人が我に敵うわけがなかろう。それで、見過ごすわけにもいかないならば、我を捕らえでもしようと言うのか?」

「無理を言うな。そんな事ができるなら、こうしてここに呼び出す必要もないであろう。――だがそうだな、長話もあれだ。要件を単刀直入に言わせて貰おう」


 そう言うと国王様は、さっきまでの気さくな感じの表情から真剣な顔付きに変わる。


「ここアルブール王国は、隣国ディザスター帝国と常に対立を続けておる。そんなわけで、アスタロト殿の存在があちら側へ伝わった場合、何かしら干渉しようとしてくる事は十分考え得ることだ。――最悪の場合、それを理由に再び大規模な戦闘になる事すらも起こり得る」


 その国王様の言葉に、アルスは愕然とする。

 まさか、そんなに大きな話にまでなってしまうなんて……。


「――まさかだが、貴様は我の力を利用しようと言うのか?」

「それは無いと、ここではっきりと断言させて貰おう。我々の国は強い。故に、自分達のことは自分達で守るというのが、建国以降ここアルブールで受け継がれる意志なのだ。そして、それはアルスくんやアスタロト殿に責任があるわけでもない。帝国が一方的に仕掛けてくるだけの事だからな。だが我らには、帝国を凌駕する魔術師団だってあるし、本質的な状況と力関係は何も変わらぬ。ただ、そのうえで懸念が一つ――帝国からの刺客が、アスタロト殿……いや、アルスくんに直接危害を加えようとした時が、この件で想定し得る一番の問題となろう」

「――ふむ、話は分かった。だが、アルスの事は心配無用だ。我が存在する限り、この世界で最も身の安全が保障されているのだからな」

「ハッハッハ、それもそうだな。――すまない、その件はやはり私の杞憂であろう。とりあえず今回は、アスタロト殿と直接話をしておきたかったのと、帝国の情報共有が目的だ。アスタロト殿がいれば充分かもしれないが、我々アルブール王国も、国民である君達の安全を守るため最善を尽くすことをここに誓おう」


 その言葉は、国王様がアルスを――アスタロトさんを国民として受け入れてくれている事を意味していた。

 そして国王様は、ニッと笑みを浮かべながらアルスに向かってその手を差し出してくる。

 慌ててアルスはその差し出された手を握ったものの、まさか国王様と握手をする事になるなんて思いもしなかったアルスは、それからどうしたら良いのか分からずただただ慌てる事しか出来なかった。


「――父上、お話はこの辺で宜しいでしょうか? アルスくんも、そろそろ限界のようなので」

「ハッハッハッ、これはすまんな! では私も、次の仕事があるので失礼させて貰おう。――アルスくんは息子の学友でもあるのだ、これからも宜しく頼むぞ!」


 そう言って満足そうに頷くと、国王様は側近の方と共に王室から出て行った。


「――あれが今のこの国の王か、騒がしい奴だな」

「すみません、父はあのような性格でして……。今日はお時間頂きまして、ありがとうございました。日も落ちてきましたし、寮に帰りましょうか」


 こうして、ようやく緊張から解放されたアルスは、一度深いため息をつく。

 時間にしたら短いけれど、体感の時間は長く、そして物凄くエネルギーを消耗した気分だった。


 でも、何て言うか豪快な国王様だけど、気さくで素敵な人柄だったなぁ……と、やっと落ち着いてきたアルスはそんな事をぼんやりと思い出しながら、今日は貴重な体験が出来た事に満足しつつ帰路についたのであった。

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