第23話 自室での特訓

「宜しくお願いしますっ!」

「ふむ、ではやってみよ」

「はいっ!」


 アルスは魔力を一点に集め、魔法陣を展開する。

 そして唱えたのは、レベル1難度の初級魔法――シールド。


 この魔法は、数ある魔法の中でも一番簡単なものであり、初級魔法の代表とされている。


 魔法による障壁を展開し、それが付与された対象を物理と魔法、両方の攻撃から守ってくれるこの魔法は、利用価値としても非常に有用であり、戦場やその他の場面でもよく使われる魔法の一つだ。


 じゃあ何故今、アルスがそんな基本的な魔法をアスタロトさんの前で展開したのかと言えば、それは以前アスタロトさんにお願いしていた魔法の稽古をつけて貰っている真っ最中だからだ。


 今日も本当に色々あった一日だったけれど、最後の締め括りとしてこうして魔法を教えて貰うことになったのだ。

 今日の授業で、アスタロトさんは「魔法は暗記ではなくイメージ」で扱うものだと言っていた。

 それがどういう意味なのか、今こうしてアスタロトさん直々にその真髄を教えて貰っている最中なのである。


「ふむ、普通に起動は出来ておるな。では、次は術式の暗記ではなくイメージでやってみよう。――そうだな、この魔法の場合、このように自分の周りに防壁を張るイメージで魔力を集約しながら詠唱を行ってみよ」


 そう言うと、アスタロトさんもシールドを展開する。

 けれどそれは、アルスのものとは似て非なるものだった。

 アスタロトさんの周囲全体を覆った魔法の障壁は、漲る魔力が白い稲妻のようにバチバチと共鳴し、シールド魔法だというのにそれは触れるだけでただでは済まないことが容易に想像出来た。


 例えるなら、アスタロトさんのが重厚な棘で覆われた金属の鎧だとすれば、アルスのはただの紙切れ。

 そんな一目見ただけでも明らかに異なる結果が、アスタロトさんの言うイメージで魔法を扱うことの重要さを何より意味していた。


 ――よし、自分の周りに防壁を張るイメージか……。


 言われた通り、アルスは今のアスタロトさんの展開したシールドをイメージする。

実際に目の前で現物を見させてもらったおかげで、イメージするのは容易だった。

 そして、そのイメージを脳裏に焼き付けるようにキープしたまま、アルスは魔力を集中させ魔法を唱える。


「魔導の一、シールド!」


 アルスの詠唱に応じて、しっかりと魔法陣が浮かび上がる。


 ――よし、成功だ!


 まさかの一発での成功に、喜びを露わにするアルス。


 ……しかし、展開されたその魔法は、確かにアルスの全身を覆う障壁となって現れるも、その強度としては先程アルスが唱えたものの半分にも遠く及ばないであろう、心もとないものでしかなかった。

 正直こんな強度では、せいぜい飛んできた虫を払うぐらいしか出来ないだろう……。


 恐らくこれが、ルドルフ先生の言っていた理由。

 魔法陣とは完成形であり、イメージで展開したところで劣化版でしかないのだ。

人がイメージをして魔法陣を錬成しても、どこか欠陥が残ってしまう――。


「起動はできたようだが、まだまだ威力が薄いな」

「やっぱり難しいですね……」

「いきなり起動に成功したのだ、大したものではないか。あとはそうだな、反復することで掴んで上げていくしかなかろう。まだアルスの意識の中で、イメージではなく形から入っている部分があるが故、魔法陣が不完全なものになっている」

「な、なるほど……分かりました! もう一度やってみます!」


 現状、本当にアルスにイメージで魔法なんて扱えるのかは分からない。

 けれど、今はこうしてアスタロトさんの言葉を信じて取り組んでみるしかなかった。


 そして、アルスは己の魔力が尽きるまで、初級魔法であるシールドの展開を続けた。

 本当の意味での、魔法の基礎を身に付けるために――。


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