第21話 ディザスター帝国

 ディザスター帝国――。


 かつてこの世界において、世界一の規模を誇った大国である。

 巨大な城を有する要塞のような都市を中心とし、その国土は今もアルブール王国にも引けを取らない程広い。


 元々はそのアルブール王国も、元々はここディザスター帝国の領地の一部であったのだから、当時のその国土がこの世界において圧倒的であったのは言うまでもない。


 しかし、そんなディザスター帝国も、千年前の魔族との戦いの中で壊滅へと追い込まれたのである。

 それは魔族によるものではなく、突如現れた大悪魔アスタロトという邪悪な存在によって――。

 僅か一夜にして、破壊の限りを尽くされたディザスター帝国は、王都周辺のみを残し、他の全てを失ってしまったのである。


 にわかには信じられない話だが、だからこそここ帝国に深く刻まれてきた最悪の歴史――。

 たった一人の悪魔により、帝国はそのほとんどを失ってしまったのである。


 それでも帝国は、アルブール王国と双璧を成す国土を有し、縮小しても尚相応の力を持っている大国の一つ。


 しかし、帝国との仲違いにより生まれたアルブール王国とは、建国以降互いに牽制し合う間柄のまま現在に至るのであった――。



 ◇



 ディザスター帝国一の都市の中心にそびえ立つ、ディザスター城の最上階――。

 広々とした王室の中心にある、豪華絢爛な玉座に腰をかけた一人の大男が、その見た目に似合わない大きな溜め息をつく。


 この大男こそ、現ディザスター帝国の帝王ゴルドール・ディザスター。

 強欲の王とも呼ばれる、この帝国において絶対無二の権力者だ。


「……大悪魔アスタロトが、再びこの地に現れたというのか?」

「はい、王国へ送っている隠密部隊より報告がありました。どうやら、現在は魔法学校に通う青年の使い魔をやっているとのことです」

「――なに? かつてこの地を滅ぼしたとされる最悪の災害が、今は使い魔だと? それもただの学生のか? ……ははは、それは何の冗談だ」


 頭を抱えるゴルドール。

 先祖代々語り継がれてきた、この世で最も注意すべき災害。

 それがまさか、自分の代に再びこの地に現れるとは……。


 しかもただ現れただけでなく、今はただの学生の使い魔をしているのだという。


 ――本当に、これは一体何の冗談だ?


 これまでディザスター帝国は、この大悪魔に対抗するためだけに力を蓄えてきたと言っても過言ではない。

 大悪魔によるその圧倒的な魔法を再び前にした時、我らがディザスター帝国――いや、この地に存在する人も魔族もその全てが滅ぼされ尽くす未来が待っているのだ。


 それだけ危険な存在が、今は一人の青年の使い魔をしているだと――!?

 ふざけているのか!?


 こんなふざけた話、予期して準備する方が無理な事態である。

 そして、仮にこの話が全て真実である場合、一つだけ確かなことがある。


 それは、かつてこの地を滅ぼしたとされる大悪魔が、今はアルブール王国側についている危険が高いということだ――。


 アルブール王国とは千年前の決別以来、今日まで対立や抗争を続けてきた最大の敵国。

 その敵国に、例の大悪魔がついているというのは非常に不味い。


 ……いや、不味いどころの騒ぎではない、王国はその気になれば世界を征服することだって出来る力を手に入れたという事だ。


 ただでさえ、王国はサミュエル率いる強力な魔術師団を率いているというのに、そこに伝説の大悪魔が加わるなどもはや打つ手無しだ。


「陛下、この件どうなさいますか?」

「……まずは事実を確認するしかあるまい。――シュナイダー、お前に任せられるか?」

「御意。御身のままに――」


 とりあえず、まずは情報が全てだ。

 起きている事実のみを正確に収集し、これが危機的状況なのか否か、しっかりと判断したうえで行動せねばならないだろう――。

 そう覚悟を決めたゴルドールは、配下の一人であるシュナイダーという男に命ずる。


 この帝国において、ゴルドールが絶対的信頼を置く男、それがシュナイダー・トーキンス。

 彼こそが、ここ帝国最強の魔術師であり、そして帝国が誇る世界一とも言われる隠密部隊の隊長を務める、ゴルドールにとって唯一無二の右腕だ。

 その実力は、魔術師サミュエルにも匹敵する程高いとも言われているのだが、この国でも彼の真の実力を知るものは少ない。


 そんなシュナイダーだからこそ、ゴルドールは今回の任務において唯一にして最適だと考えた。

 相手の力を正確に把握できる高い能力を有すること、そして、相手に絶対に見つかってはならないこと――。

 最早このシュナイダー以外、この最重要任務を任せられる者などこの国にはいないと言ってもいいだろう。


 ゴルドールの背後の暗闇が僅かに揺れると共に、この場から一人分の気配が消えてなくなる。


 ――大悪魔アスタロトよ。まずはお前が伝承通りの存在なのか否か、そこから試させて貰おう……。


 そのうえで、仮に帝国へ再び仇なす存在であると判断された場合――あれを使うしかないだろう。

 ゴルドールは、神妙な面持ちで配下へ別の命令を下す。


 それは長い年月を費やして、この国が準備してきた対アスタロト用の最終兵器――。


 目には目を、歯には歯を――悪魔には悪魔を。


 百人の上級魔術師による禁忌の集団大魔法。

 アークデモンズサモンの発動準備を――。


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