第二章

第32話 ある日の夜

「何が大悪魔だ……チクショウ……なんでこの俺が……!」


 明かりも付けない暗い自室の片隅。

 自らの膝を抱き、そう一人でブツブツと呟く少年が一人――。


 彼の名は、ヤブン。

 アルスがアスタロトを召喚したその日、二人に喧嘩を売った問題児グループのリーダー格だ。

 喧嘩を売った結果、アスタロトのその圧倒的な力の前に無様にも敗北しただけでなく、普段の素行の悪さも仇となり、クリストフ魔法学校を退学させられてしまったのであった。


 あれからは、ヤブンにとってまさに地獄のような毎日が続いている。

 実家へ帰ったが、下らない理由で退学処分となってしまった事を当然両親からは酷く叱られた。

 そして噂はすぐに広まったのだろう、周りの住民からは腫れ物扱いをされており、すれ違う度にコソコソと噂話をされている事にヤブンは気付いている。

 それが嫌で、そのまま外に出る事も少なくなったヤブンは、こうして自室に籠ってはブツブツと一人怨み辛みを喋っているのである。

 もう今も全てを失ってしまったヤブンにとっては、これぐらいしかする事が無かった。


 一緒に退学となった他の四人だが、みんなも同じようなものなのだろう。

 薄情なもので、お互い退学となるとそれ以降連絡を取り合うわけでもなく、すぐにバラバラになってしまった。


 所詮、ヤブンにとっても他の四人にとっても、互いに友達と呼べるような間柄ではなかったということだ。

 ただ、学校内という限られた環境下において、お互いの利益のために行動を共にしていただけで、お互いを繋ぎ止める絆や友情なんてものは始めから無かったのだ。


 そんな、見栄やマウントや性根の悪さにより、徐々に助長していく自分達の悪事は歯止めが利かなくなっていき、気が付いた頃にはもう後戻りが出来ない段階まできていた。


 そしてその結果として与えられたのが、この退学処分だ。

 本当に情けないし、家族や親戚へ合わせる顔がない……。


 だが、それでもヤブンは、アルスの事だけは許せないという気持ちに変わりはなかった。

 何故なら、あいつはクリストフ魔法学校という超名門の学校まで来ておいて、戦う術を身に付ける気なんて微塵もなく、いつもナヨナヨしているだけだったのだ。

 それが、同じ教室で過ごす相手として、ヤブンはどうしても気に入らなかった。

 そんな志もない奴なのに、その見た目からクラスの女子から人気があったというのも、ついでに気に食わなかった。


 そして、何よりヤブンが気に食わなかったのは、ヤブン達がアルスに何をしても、怒ることもせずいつもヘラヘラと受け流していたあの態度だ。


 だが冷静に考えると、だからと言って何故そこもまでアルスに対して怒っているのかは、正直自分でもよく分からない部分もあった――。


 ただ、アルスの顔を見る度、気が付けばとにかく意地悪をしたくなるという嫌な自分が現れるようになっていたのだ。


「チクショウ……」


 悪いのは自分だ、それは分かっている。

 だからこそ、ぶつけようもないこの憤りを処理出来ずに、今日までこうして過ごしているのだ。


 ただただ、自分が情けない――。

 そして、もう学校へは戻れないという事実だけが、ヤブンの背中に重くのし掛かっているのだった。


「――君が、ヤブンくんだね?」


 そんなヤブンに、突然窓越しに声がかけられる。

 ちなみに、ヤブンの自室は二階。それなのに声をかけられたことにヤブンは驚く。


「だ、誰だ!?」

「初めまして。私の名は、シュナイダーと申します。ただのどこにでもいる、魔術師でございます」

「そ、その魔術師が何の用だ!? お前も、この俺を笑いにきたのか!?」

「そんな事はしませんよ。私はただ、貴方のお力になりたいだけです。――アルス・ノーチェス。いや、あの悪魔に、貴方は復讐したくはありませんか?」

「貴様! 何故その名前を!?」

「すみません、少しだけ貴方について調べさせて頂きました。ただ、勘違いしないで下さい。私は貴方の味方です。こうして一人引きこもっていても仕方ないとは思いませんか? ――力を手に入れて、あの悪魔に復讐したいとは思いませんか?」

「そ、そんな事が……でも……」


 こんな、く分からない怪しい奴の助太刀があったところで、あの悪魔に通用するとは思えない。

 あの時、未知の魔法で俺達は簡単にやられたのだ。

 あんな魔法は、これまで見たことも聞いたこともない。

 それだけ、あの戦いは一瞬ではあったものの、あの悪魔の持つ力は圧倒的なものだったのだ。


「……お前は、あの悪魔より強いとでも言うのか?」

「さて、どうでしょう。ただ、貴方に力を与えるのは、正確には私ではありませんので」

「な、なんだって言うんだ?」

「――悪魔ですよ。悪魔には悪魔を、これならば対等でしょう?」

「悪魔だと!? お前、やっぱり何者なんだ!?」

「私も、あの悪魔とは敵対する存在なのです。ですから、こうして協力者を募っているのですよ。このままでは、この世界はあの悪魔にまた滅ぼされ兼ねません。――ですから、我々は人のため、世界のため戦うのです」


 ……確かにそうだ、あの悪魔はかつて世界を滅ぼしたと言われる大悪魔アスタロトだ。

 あのまま放置していては、再びこの世界を滅ぼされる危険があると考える方が自然だろう。

 最初は全く信じなかったが、一度戦った今の自分なら分かる。

 あれは間違いなく、あのまま放置していてはいけない存在だと――。


「……だが、悪魔だぞ? 代償を求められるのだろ?」

「なに、既に我々が悪魔を召喚し、契約も終えているのでお気になさらず。貴方には、ただ力を得た上で、アルス・ノーチェスの方を相手をして頂きたいのです」

「アルスを俺が!? ……それで、俺は何をどうしたらいい?」


 正直、このシュナイダーという男の事は全く信用していない。

 だが、それでもあのアルスへ復讐できるチャンスがあるならば、話を聞くだけ聞いてみるだけの価値はあるのかもしれない。


「我々が召喚した悪魔は、最上位の悪魔です。ですので、その最上位悪魔の力があれば、貴方にとてつもない悪魔の力を与える事も可能なのですよ。大丈夫、別にそれで貴方が悪魔に成るわけではありません。あくまでも、力を手に入れるというだけです」

「そ、そんな都合の良い話が……」

「勿論、貴方にお声かけした事にはちゃんと理由があります。悪魔の力とは、負の感情の大きければ大きいほど力となるのです」


 ……なるほどな、要するに、今の俺みたいな哀れな奴こそ力を得るのに適任という事か。

 だが納得はいったし、それで力を手に入れる事が出来るのならば、それはそれでいいのかもしれない。

 その力があれば、アルスへの復讐ができるし、その先だって力を利用して良い仕事が見つかるかもしれないわけだから。


 そしたら、少しは両親への罪滅ぼしが出来るかもしれない――。


 なにより、今このままこうしていても何も変わらないのだ。

 今の自分に少しでも可能性があるのならば、最初からそれに乗るしかもう選択肢はなかったのだ。


「そうか、まだお前を信用したわけではないが……こうしていても、無駄に時間が過ぎていくだけだし、今の俺には何もないからな。――いいだろう、その話に乗ってやる。だが、少しでも何かあればすぐに手は引かせて貰う」

「ええ、それで問題ありません、歓迎します。――では、ついてきて下さい。」


 こうして、ヤブンは男に誘われるまま窓から外へ飛び降りた。


 その時初めて、ヤブンはシュナイダーと名乗る男の姿を目視する。


 全身を黒いローブで覆った、いかにも怪しいやせ形の大男。

 だが、一目見ただけで、このシュナイダーという男がかなり高位の魔術師である事が伝わってきた。


 それこそ、この男から感じられるプレッシャーは、あのサミュエル団長と会ったとき以上かもしれないと感じる程に――。

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