第28話 クラス対抗戦⑤

「ふざけるな……ふざけんなよ……?」


 沈黙の中、そうマークは小さく呟いた。


「よくも……よくもミスズをぉ!」


 そして、怒りに任せて叫ぶマークは、そのままアスタロトさん目掛けて木刀を握り飛び掛かろうとする。


 しかし、そんなマークの足首を、ミスズはしっかりと掴んで離さなかった。


「ダメ、マーク……あれだけは……ダメ……」

「ミスズ!? 離せ! 今、お前の仇を!」

「無理! 死ぬだけ! あれにだけは逆らったらダメ!」

「なっ!?」


 仇を取ろうとするマークを、満身創痍ながらも必死に止めようとするミスズ。

 行っても死ぬだけだと、そんなミスズの懸命な訴えにマークは困惑する。


「マークとやらよ。我と戦いたくば、別に戦ってやってもよい。だがな、今はアルスやそのクラスメイト達との約束の最中なのだ。我はこの戦いに、介入しないとな。――だからそうだな、仮にお前がこの対抗戦に勝利する事が出来たのならば、そのあとで思う存分戦ってやろうではないか」


 見兼ねたアスタロトさんが、呆れた様子でマークにそう忠告する。

 文句があるなら、まずはクラス対抗戦に勝利してから言えと――。


「……いいだろう。まずは、お前の飼い主共々俺の手で討ち滅ぼす! そのあとは貴様の番だ!! 覚えておけ!!」

「ふん、よく吠える小わっぱだな。――だがな、先に言っておこう。お前では我のアルスに勝つ事など不可能だとな」

「はっ? この俺があんな奴にか? 寝言は寝て言え!」


 アスタロトさんの言葉に、怒りを露にするマーク。

 そして腰に下げた木刀を握りしめながら、アルス達に向けて構えを取る。


 そんなマークの構えに合わせて、他の四人も同じく木刀を構える。

 彼らは、同学年ながらマークの弟子のような存在。

 この学校に入学して早々、マークのその圧倒的な実力に憧れた者達が、同級生であるにも関わらずマークに弟子入りをし、今日まで共に訓練に励んできた実力者達だ。

 それは魔法の知識や精度云々ではなく、とにかくこれまで実戦のためだけにその技を磨いてきた彼らが弱いはずがなかった。


「――目標、相手クラスの旗の奪取。俺が中央から切り込む。レオンとビーンは右から、ダンとサリーは左からそれぞれ回り込み敵陣へ仕掛けろ。行くぞ!」


 冷静さを取り戻したマークは、他の四人にそう指示を出すと、物凄いスピードでアルス達の陣営目がけて駆け出す。


「いよいよ、だね」

「面白いじゃない、私は左手の人達を相手するわ!」

「じゃあ、私は右」

「分かった。ならば僕がマークの相手をしよう。アルスくん、君はここに残って、万が一誰かが突破された場合に備えておいて貰ってもいいかな?」

「はい! 分かりました!」


 スヴェン王子、クレア、マーレーはそれだけ言葉を交わすと、それぞれ別れて攻め込んでくる相手と対峙をする。

 そして、残ったアルスと戦闘が苦手なクラスメイト達数人で、旗の周りの守備を固める事となった。

 去年までは、アルスもこうして旗の守備を任されていたのだが、実際はただ旗の周りにいるだけで、マーク達相手に何が出来るわけもなく簡単に旗を譲るだけであった。

 隣を見ると、いつも優しいクラスメイトのミーナが、不安そうな顔を浮かべながら少し震えていた。


「大丈夫だよ、今年は僕が皆を守るから」

「ア、アルスくん? ありがとう……。でも、アルスくんも怪我だけはしないでね?」

「うん、ありがとう。ミーナはいつも優しいね、気を付けるよ。――じゃあ、みんなは僕の後ろにいて貰っていいかな?」

「う、うん!」


 さっきまで震えていたミーナは、少し顔を赤らめながらアルスの後ろへと移動する。

 それに合わせて、他のクラスメイト達も全員アルスの後ろへ回った。


 ミーナの不安を少しでも取り除く事が出来たようで、少しほっとするアルス。

 あとはそう言った手前、ここは絶対に負けられないなと気持ちを引き締め直したアルスは、まずは三人の戦いを後ろから見守るのであった。



 ◇



「ほう、今年はクレアが相手かぁ! 相手にとって不足無しだな!」


 そう叫びながら、早速レオンがクレアに斬りかかる。

 手にするのは、ただの木刀ではなかった。

 その身に身体強化魔法を施し、また木刀には炎属性の魔法を付与する事で、燃え盛る木刀は振るうだけでファイヤーボールと同等の威力を持つ強力な武器へと姿を変えていた。


 それでも、対するは学年二位のクレアである。

 一振りするだけで爆炎を生み出すその木刀を、クレアは難なく躱してみせる。

 身体強化による超速の一振りであったが、それにも反応してみせたのである。


「アンタ達が、自分に身体強化魔法を付与している事ぐらい分かってるわ。だったら簡単よね、私も同じ魔法を自分に付与するだけ!」


 そう、理由は簡単なものだった。

 クレアも自分に身体強化魔法を付与していたから、さっきの攻撃も簡単に避けることが出来たのだ。

 それに、魔法のレベルだけで言えばクレアの方が一段上だ。

 つまりは、元々運動神経にも優れているクレアであれば、彼らを上回るスピードでの行動が可能なのである。


「身体強化魔法までも習得したっていうのか!?」

「レオン、一旦落ち着け。相手はあのクレアだ。二人がかりじゃないと無理だ」

「クソッ! ――分かった、少々熱くなっていたようだ」


 憤るレオンの肩に手を置き、ビーンが制止する事でようやく冷静さを取り戻すレオン。

 レオンが猪突猛進タイプなら、ビーンは沈着冷静タイプ。

 常に戦況を見極め、即座に判断する事を得意としている。


 いくら二人が実戦におけるエキスパートでも、相手はあのクレアなのだ。

 一人で挑むのは勿論、二人であっても連携無しでは勝ち目がないだろう。

 それだけの実力者を相手にしている事を、決して忘れてはならない。


「今回は俺達だけじゃない、そうだろ?」

「あぁ、そうだった。今回も俺達が勝つ。だから遠慮なく使わせて貰おう!正直反則レベルだが、恨むんじゃないぞ!」


 そう言うと、二人はそれぞれ自分の使い魔を召喚した。


 レオンが召喚したのは、まさかのリッチだった。

 リッチとは、魔法を得意とする高レベルのアンデッド系の魔物だ。

 そんなリッチは、魔導の五まで操る事が出来ると言われており、その実力は王国魔術師団にも匹敵する。

 近接戦闘が得意なレオンに対して、後方支援が可能なリッチを従えるという、その組み合わせは非常に相性が良いと言えるだろう。


 やはり、使い魔とはその術者に合ったものが召喚されるのだろう。

 そしてリッチのような魔法を得意とする魔物を使い魔とする事は本当に稀なのだ。

 何故なら、通常は使い魔を従えるのは魔術師であり、魔術師とは近接戦闘を得意とせず後方支援を得意としている。

 だからこそ、同じ後方支援を得意とする魔物を使い魔とするケースは少なく、大体がお互いを補い合うような使い魔が召喚される。

 つまり、このレオンとリッチの関係というのは、他の魔術師と使い魔の役割を入れ換えたような状態だと言えるだろう。


 そして、ビーンが召喚したのはグレーターグリフォンだった。

 グレーターグリフォンと言えば、とにかく飛行速度の速い魔物。

 だからこそ、戦況を見定めることのできるビーンにとって、グレーターグリフォンはまさに持ってこいの存在と言えるだろう。

 その速度で相手を翻弄し、生まれた隙を上空から刺す。

 高速で飛行の出来る使い魔を得たビーンは、大幅に戦況を有利にするための足を得たのであった。


 こうして、ただでさえ強い二人に、更にその強力な使い魔までも召喚されてしまったクレア。

 しかしそれでも、クレアは変わらず余裕の表情を浮かべていた。


「なるほどね、確かにこりゃヤバいわね。――でもね、残念ながら私にも使い魔がいる事を忘れて貰ったら困るわ」


 クレアは再び自分のペガサスを召喚すると、それに跨がる。

 そしてそのまま、一気に上空へと飛び上がって行く。


 その速度に、驚くビーンとレオンも慌てて戦闘態勢に入る。

 同じくビーンもグレーターグリフォンと共に飛び上がると、二人の空中戦が始まる。

 クレアにとっても、それは好都合だった。

 相手の隙を狙って突いてくるビーンの方が、クレアからしてみれば厄介だったからだ。

 一対一ならば負けないが、レオンを相手にしながらビーンの支援が入るのは流石に厄介なのである。


 お互いの使い魔に跨りながら、攻撃魔法が飛び交う。

 しかし、クレアのペガサスの方がグレーターグリフォンより速度が速く、次第にビーンが追い込まれていく。

 魔法のレベルも、使い魔の速度もクレアの方が勝っているのだから、当然と言えるだろう。


「クソッ! レオン! まずはペガサスを殺るぞ!」

「わ、分かってる! でも!」


 二人とリッチは、ペガサス目がけて攻撃魔法を放ち続ける。

 しかし、更に速度を増すペガサス相手には、そのどれもが命中することはなかった。


「ふん! こんなもの、当たらなければどうという事はないのよ!」


 攻撃を躱しながら上機嫌に叫ぶクレアは、ビーンの背後を捉える。

 そしてそのまま、ビーンのもとへ急接近する。


「まさか、私のペガサスはスピードだけだと思った? さぁ、おやりなさい!」


 クレアはペガサスに命ずる。

 するとペガサスの全身が、黄金色に輝き出す。

 輝くペガサスは、そのままビーンの乗るグレーターグリフォンへ向かって速度を更に上げて突進する。


 黄金の輝きは光となり、まさに光速とも言える速度に変わる――。

 そしてそのまま、グレーターグリフォンの身体ごと貫くのであった。


 そう、これこそがペガサスが超上位魔物と呼ばれる本当の理由なのだ。

 超速度での体当たりで相手を貫くこの攻撃は、まさに不可避の必殺技と言えるだろう。


 それがたとえ、速度の速いグレーターグリフォンであっても躱すことなど不可能であった。

 その身を貫かれたグレーターグリフォンと共に、ビーンは地面へと落ちていくのであった。


「さぁ、次はアンタの番ね!」


 そしてクレアは止まらない。

 今度はレオンとリッチ目掛けて、クレアは再びライトニングレインを放つ。

 生み出された無数の光の矢が、地上にいるレオン達目がけて降り注ぐ。


「クソッ! あの女、何でもアリかよ!!」


 そう叫びながらも、レオンの頭は冷静だった。

 まずは自分の頭上にシールド魔法を展開して、相手の攻撃を防ぐ。

 リッチの方を見ても、同じく上空に向けてシールド魔法を展開しているので大丈夫そうだ。

 あとは、あの超速度で上空を移動するクレアをどうやって捉えるかを考えなければならない――。


 正直、ビーンがやられてしまった時点で打つ手なしだ。

 しかしそれでも、マークのためにもこの対抗戦を負けるわけにはいかなかった。

 一先ずはこの光の矢を防いだあと、すぐに身体強化で上空へ飛び上がり渾身の一撃で斬りつけるとしよう。

 相手が想像しない、この一太刀の奇襲にかけるしかないと、レオンはそう覚悟を決めて光の矢から身を守る。


 しかし、ここで不測の事態が起きる。

 降り注ぐ光の矢は、何故かシールド魔法を貫通して降り注ぐのであった。

 その結果、レオンとリッチはそのまま光の矢に撃ち抜かれる。


「なっ――!?」


 そしてそのまま、驚く暇もなくレオンとリッチはその場に倒れてしまったのであった。


「ごめんね、私のライトニングレインは、攻撃魔法でありながら光属性なの。だから、同じ光属性のシールド魔法は通用しないのよ」


 そう、ライトニングレインは、光属性の中では非常に珍しい攻撃魔法なのである。

 通常、光属性の魔法と言えば、身体強化、治癒効果、防御効果などが主となる。

 そのため、あらゆる攻撃から己を守るシールド魔法は非常に有用なのだが、この同属性であるライトニングレインだけは防ぐ事が不可能なのであった。

 これは、迫りくる炎を炎の壁で防いでいるのと同じで、同じ物質同士では無意味なのである。


 だから、ライトニングレインを防ぎたいのであれば、シールド魔法ではなく他の属性の攻撃魔法で相殺するしかないのであった。


 こうして、見事レオンとビーン二人を相手にしながらも、クレアは無事に勝利したのであった。

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