↓第38話 いわかんの、しょうたい。

 ここは『テソロ』の面接会場。

 エレナに変装したゆららは、無事に面接を終えることができた。

 正体がバレることもなく、なかなかの好感触を得る。

 エレナが帰ったあと、面接会場では履歴書を片手に、仁紫室がぽつりと呟いた。


「うん。なかなか悪くない人材だよ」


 そこには名門学校の出身だとか、十代で新たなビジネスを立ち上げたとか、美術展で名誉ある賞を受賞したとか、いろいろとエレナの輝かしい功績が記載されている。

 もちろんそんなのは全部ウソだが、エレナの話術も相俟って彼の心を動かしたようだ。


「じゃあ、さっそく明日から働いてもらおうかな」


 そう言って仁紫室は、傍らにいたSPに履歴書を渡す。

 男は「かしこまりました」と慇懃な一礼を返し、声をひそめた。


「ところで仁紫室様、彼女には声をかけなくてもよろしいので?」


「ん、どういうこと?」


「その……『VIPルーム』で働いてもらうのもありかと」


 つまりは売春のことを言っているのだろう。

 SPの言葉に、しかし仁紫室は冷ややかな視線を向けた。


「オイオイ、なに言ってんの?」


 そして肩をすくめながら首を振り、机の上にあるプロジェクターの電源を入れる。


「言ったハズだよ。強制はご法度だって」


 スクリーンにはお気に入りのアニメが映し出された。


「同意がないと、『愛』が成立しないんだよ」


「愛……ですか?」


「仮に望まない愛を育んだ場合――君、どうなるかわかってるよね?」


 頬杖をつく仁紫室。

 害虫を潰すかのように、氷のような目つきで男を睨む。

 その圧倒的な恐怖に、SPは冷や汗をかいた。


「も、申し訳ございませんっ……!」


 そして頭を下げると、足早に会場をあとにする。


「……はぁ」


 白黒の年代物アニメを観ながら、一人だけになった部屋で仁紫室は嘆息する。

 コミカルな映像が流れる室内で、彼の表情は虚ろだった。


「愛……か」


 どこか遠くの世界を見るように、瞳の焦点は虚空をさまよった――



       ☆       ☆       ☆



 星蓮荘を飛び出した迷子を追いかけ、うららは海岸へとやってくる。

 迷子は勝神が経営していたレストラン、『帝鯨ていげい』の前で立ち止まり、ずーっと考えていた。


 ……時間だけが経過する。


 夕日に染まりかけた砂浜には、ただ静かな風が流れていた。


「なぁ、どうしたんだよ? ここになにかあるのか?」


 うららは黙り込んだ迷子に語りかける。

 帝鯨は盗難の一件で営業停止になったので、今は人の気配がなく、ひっそりとしていた。

 長い柱のてっぺんには、王冠を被った鯨のマスコット看板が、カタカタと揺れている。


「…………」


 迷子はそれを見上げると、訝しい表情で黙考を続けた。


「どうしたよ、そんなじーっと見て?」


 うららは主人の顔を覗き込む。


「…………」


「事件のことに関係あんのか?」


「…………」


「なぁ、教えてくれよ」


「…………」


「っていうかお腹減ったぁ~」


「…………もしかして」


 しばらく反応のなかった迷子が、なにかに気づいて動き出す。

 今度はレストランの窓ガラスに張りついた。

 誰もいない店内を見渡し、中の様子を観察している。


「なぁ、なに見てんだよぉ?」


 うららも一緒になって覗いてみるが、そこには勝神が趣味で集めた『レコード』が壁にたくさん飾られてあるだけだ。

 彼が趣味でつくったあの特別席。

 勝神の音楽好きを窺わせる一角だが、これが事件と関係しているのだろうか?


「……そうなると――」


 迷子はまた思いついたように窓から離れる。

 小走りで砂浜のほうへ走っていくと、少し離れた場所から『X』が死亡した岩礁のあたりを見つめた。


「ひょっとして……」


 そしてそこから視線を上に向ける。

 死体現場の真上には、『星蓮岬』があった。

『X』が野宿していたといわれる、あの岬だ。


「そういえばうららん、『X』さんの身体には、たくさんの『擦り傷』がありましたよね?」


「え? あ、うん。それと『後頭部の裂傷』な。後ろからこう……「ガーン!」ってやったような感じの――」


 唐突な迷子の質問に、うららは答えていく。


「それともう一つ、星蓮荘の食堂から消えたのは『流木』ではなく、『石』でしたよね?」


「んん? ああ、みおっちが飾っていたオブジェクトのことか? 盗まれたのは確かに『石』だぜ。漬物石くらいのオレンジ色のヤツな。でもそれが凶器の説は否定したろ? 手頃な石ならそこらへんに落ちてるし。わざわざ食堂から持っていく必要もないって」


 うららがそう言うと、迷子はさらに質問を続けた。


「最後にもう一つ! 『X』さんは右左津さんを指して『あいつには気をつけろ』と言いましたよね!?」


「う、うん、そうだな。っていうかさっきからなんだよ。脈絡のないことばっか言って」


 うららが訝しむと、迷子は目を見開いたまま呟いた。


「わかりました……」


「へ?」


「わかっちゃいました、この事件の謎が。女神の呪いの正体が!」


「おい、ちゃんと意味のわかるように――」


 うららが説明を求めようとすると、


「うららんにお願いがあります!」


 いきなり言葉を遮り、迷子は彼女の肩をガシッと掴む。


「うわわぁぁ! ど、どうしたんだよぉ!?」


「迷っている場合じゃありません! 大至急、調べてほしいことがあります!」





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回もお時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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