。第56話 。 『エピローグ』

 迷子たちが星蓮海岸を去ってから、早くも一カ月が過ぎた。


 振り返れば、夏休みと呼べるほど休暇を楽しんだ想い出もなく、むしろ事件解決のために奔走したという記憶しかない。

 うららは「海の幸が食べたい~!」としばらく駄々をこねて、ゆららがそれをなんとか宥めるという有様だった。

 今回の事件をカタルシス帳に記し、パタンと迷子はページを閉じる。


「あ、みおちゃんからメッセージです!」


 と、そこで発する着信音。

 迷子は携帯端末の画面に指を這わせながら、ご機嫌に身体を揺らした。

 星蓮海岸での事件以降、澪とのやりとりは今でも続いている――



       ☆       ☆       ☆



 生徒会の陰謀と『X』の正体が判明したことで、事件は解決した。

 あのあと、澪は警察にすべてのことを話し、罰を受ける覚悟を決める。

 しかし、警察から返ってきた言葉は意外なものだった。

 澪は動画を投稿しただけなので、罪に問うことはできないという。

 つまり澪が逮捕されることはなかった。

 ある程度の覚悟を決めていただけに、澪は拍子抜けに近い感覚を覚えた。


 それだけではない。


 生徒会の闇を暴いたことで、学園からは称賛の声が相次ぐことになる。

 どうやら選挙活動に関しては、一部の生徒から疑問の声が上がっていたようで、これを機に生徒会の体勢を見直そうという動きが高まっているらしい。

 美しい海岸の姿を取り戻すためにも、生徒みずからが清掃活動を申し出る動きも見られた。

 これには澪自身、驚きの色を隠せない。


「なぁ、迷子。けっきょくみおっちのヤツ、今なにしてんだ?」


「私も気になるわぁ」


 メイド二人に詰め寄られて、迷子は端末を見ながら話す。


「生徒会の三名が全滅しましたからね。学園を束ねるリーダーが不在になった今、おのずと候補に挙がったのがみおちゃんです」


「え、ってことはみおっちが生徒会長に!?」


「それこそお祝いをしないといけないわぁ」


 星蓮学園は実力が全て。

 学園にふさわしいと判断されれば、中等部でも会長になることができる。

 メイドたちの祝福モードに、しかし迷子は首を横に振った。


「いえ、みおちゃんは断ったんです」


「「え」」


「自分は学園を束ねる器ではないと言って、せっかくのチャンスを辞退したんですよ」


「そんな、もったいねぇぜ」


「澪ちゃんなら学園のおさにふさわしいと思うわぁ」


「仕方ないですよ。それよりも今は、優先すべきことがありますから」


 迷子は窓の外を見る。


「ん? もしかして就活か?」


 うららが言うと、迷子は端末の画面を二人に向けた。


「ほら、とっても忙しそうですよ!」


 そこに映っていたのは、星蓮荘でお客と撮影した動画だった。

 満席になった食堂に咲く、たくさんの笑顔。

 それはつまり、星蓮荘の営業が継続されていることを意味していた。

 星蓮学園のグループチャットにも、『星蓮荘再開』を祝う動画がいくつもアップされている。


「あの事件以降みおちゃんへの注目が高まって、なおかつリゾート施設も閉鎖されたので、星蓮荘への予約が殺到したんです」


 ちなみに背景の雛壇には、あの『オレンジ色の石』が飾られている。

 もちろん今度は盗まれないように、防犯装置つきのショーケースに入れられているが。


「すげぇ! みおっち大人気だな」


「ふふふ、続けることになったのねぇ」


「そうです。みおちゃんいい笑顔です! ちなみに星蓮荘を切り盛りしながら、歌の練習を頑張っているそうです。どうやら目標ができたみたいですよ!」


 澪は星蓮荘を引き継ぎ、卒業後も経営を続けることを決めた。

 そしてこの場所でライブをしようと思った。


 目指すはシンガー。


 経営と歌の練習はそれなりに大変だろうが、彼女は生き生きとしている。

 歌の力でみんなが集える場所をつくろうと。

 みんなが輪になれる、そんな星蓮海岸になればいいと。

 そんな想いが澪を動かしていた。

 彼女の姿を見て、迷子の顔が思わずほころぶ。

 なんだか身体がウズウズしてきた。

 自分もそこに行って、輪の中に入りたいと思った。


「うぅ……ところでゆららん、今日は何日です?」


「え? 8月27日だけどぉ?」


「なら間に合います! 今からヘリを飛ばしましょう!」


「うえぇ!? ちょっと待て迷子! 宿題まだやってないだろ!」


「大丈夫ですうららん! いざとなったら一日で終わらせますので!」


「メイちゃん、それダメなフラグだわぁ……」


「心配いりません! 宿題が終わらなければ、呪いのせいにしますのでっ!!」


「いや、全部おまえのせいだし――って迷子ぉ!?」


 そう言いながら迷子は、勢いよく部屋を飛び出していく。

 主人の宿題をキャリーケースに詰めて、大急ぎであとを追うメイドたち。

 窓際に置かれたカタルシス帳は忘れたままで。

 風でめくれるそのページには、ピリオドの文字が笑っていた。


 カーテンを揺らす8月の風は、どことなく秋の香りをはらんでいる。

 わくわくが止まらないといった様子で、


「迷ってる場合じゃありません!」


 迷探偵は真っ直ぐに、迷走する――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 『星蓮海岸の歌姫』はこれで終わりです。

 ですが『才城迷子シリーズ』はこれからも続きます。

 全体でかなり長い話になるので、エターナルしないか心配です(^^;)

 とりあえず、これからもマイペースに書いていけたらと思います。


 それでは次回作も、お時間のある方はごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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才城迷子のカタルシス☆帳 ~星蓮海岸の歌姫~ 水原蔵人 @natuhayapparisuika

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