↓第42話 いつもとちがう、なにか。

 ゆららが面接を受けた次の日。

 星蓮海岸は、今日も清々しい朝日が射し込んでいた。

 澪が調理場で朝食の仕込みをしていると、二階から銀髪の女性が下りてくる。


「あ、ゆららさん。おはようございます!」


「オー、ワタシ、エレナデース」


「ふふ、そうでしたね。おはようエレナさん」


 エレナに変装したゆららは、ホテル『テソロ』の面接に無事、合格した。

 さっそく今日から清掃員のバイトに出掛けるようだ。


「ごちそうさまデース!」


 用意された朝食を食べ終えると、彼女は手早く支度を済ませて仕事に出掛ける。


「ほんと別人みたい」


 そんなエレナの背中を見送りながら、澪は独り言を呟いた。

 そして食器を片づけたあと、テーブルを拭こうと布巾を持ち、階段のそばを通り過ぎたのだが――


「あわわわわっ!」


 慌ただしそうにうららが下りてきて、ちょうどそこで鉢合わせてしまった。


「きゃあっ!」


 ぶつかった澪は、食堂の床に尻餅をつく。

 同じく倒れたうららは、頭を摩りながら落ちた布巾を拾った。


「わ、悪い! 大丈夫か!?」


 うららは焦った様子で澪に寄り添う。


「は……はい。なんとか」


「よかったぜ……」


「ど、どうしたんですか、こんな朝早くから?」


「あ、いや、ちょっと用事があって……」


 尋ねられたうららは、なぜか気まずそうに視線を逸らしている。


「悪い、急いでるからこれで!」


「あ、ちょっと!」


 そう言って軽く手をかざすと、うららはそそくさと食堂を出ていった。


「……どうしたんだろう?」


 しばらく疑問符を浮かべていたが、澪は気持ちを切り替えてテーブルを片づけることにする。

 そうしていると、階段がギシギシと音を立てた。


「ふぁ~……おはようみおちゃん」


 眠たそうに目を擦るのは、寝ぐせだらけの迷子だ。

 いつも寝坊気味の彼女が、今日はなぜか早起きだった。


「めずらしいね迷子ちゃん」


「うぅ、ちょっと昔の夢を見まして……」


「夢? 怖い系?」


「ん、まぁ、そんなところです」


 迷子がちょこんと椅子に座ると、澪が淹れたてのお茶を運んでくる。

 アホ毛の飛び出した顔で湯飲みをすすっていると、迷子の前にお膳が運ばれてきた。

 あくびをしながら両手を合わせると、


「いただきます」


 もくもくと朝食を食べる。

 そんな迷子に、澪がエプロンを畳みながら語りかけてきた。


「そうだ迷子ちゃん。このあと海岸の掃除に行くんだけど、食器はそのまま置いといてね。あとで片づけるから」


「ゴミ拾いに行くんですか? なら、わたしも行きます!」


 ご飯粒をほっぺにつけたまま、迷子は元気よく手を挙げた。


「え? でも、お客さんにそんなこと頼めないよ」


「いいんです。わたしがやりたいので」


 パクパクご飯を食べながら、迷子はやる気をみせる。

 リスみたいに膨らんだその頬を見て、澪は少しおかしくなった。


「ふふ、そんなに言われたら。……う~ん、じゃあ手伝ってもらおうかな?」


「やたー! それでは精一杯がんばりまふのでゴフッ……!」


 朝食をかき込んだせいで、迷子は少しむせる。

 そんな彼女の背中を摩りながら、困ったように澪は微笑んだ。


 と、同時に――。

 なにか様子がおかしい……。


 迷子がなにか隠しているようで、あるいはなにかを言おうとしているようで。

 それが何なのかわからないが、澪はたしかにその雰囲気を察していた――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回もお時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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