↓第37話 あなたは、だれです?

 海岸でゴミ拾いを終えた澪は、一旦、星蓮荘に帰る。

 玄関の扉を開けると、中から女性の声がした。


「ハーイ! 澪チャン!」


 そこにいたのは知らない女性だった。

 瞳が青く、モデルみたいにスタイルがいい。

 迷子たち以外の宿泊客はいないはずだと、澪は頭の中で記憶を辿った。


「…………」


「おかえりなサーイ! 今日はどんな夕食デースか?」


「…………あのぉ」


「what?」


「どちらさまで……?」


 澪はカゴを背負ったまま、メガネを上下させて瞬きする。

 そんなことをしていると、階段から迷子とうららが下りてきた。


「あ、みおちゃん!」


「おかえり、みおっち」


 そこに振り返った澪は、助けを求めるような視線を向ける。


「この人誰!?」といった動揺を見て取った迷子は、「その人はエレナさんです!」と、なんでもないように返答した。


「え? エレナ……さん?」


「そうです」


「みおっちも知ってるヤツだぜ?」


「ええ??」


 澪はもう一度エレナを見る。

 サラサラのショートヘアに焼けた肌。

 大きく膨らんだ胸元にタンクトップ。

 デニムのホットパンツから覗くきれいな脚。


「…………」


 そのどれもがはじめてだった。

 いくら思い出そうとも、エレナは記憶にない人物だ。


「あ、ゴメンナサーイ! この声じゃわかんないわよネ?」


 エレナと呼ばれた女性はハッとして、自分の喉を指で触る。

 数回咳き込んだあと、発声練習をするように声のトーンを徐々に変えていった。


「ン~、ん~……。アー、あー……。どう? これでわかるかしらぁ?」


「その声……って、ゆららさんッ!??」


 澪は顔を近づけてエレナを凝視する。

 間違いなくその声は、ゆららのものだった。


「どうですみおちゃん。これはゆららんの変装なんです。ニンジャは時に相手の根城に潜入しますからね。こういったスキルも要求されるんですよ」


「へぇ……それにしても、こんな別人になるものなの?」


 澪は、まじまじと変装したゆららの顔を見る。

 それはどこからどう見ても別人。

 エレナ以外の何者でもなかった。


「ゆららんにはこの状態でテソロの面接を受けてもらいます。わたしたち以外の人間がバイトするには問題ないはずですから」


「ま、中身がゆららって気づけば別だけどな!」


 迷子もうららも、余裕の笑みを浮かべる。

 声まで変わっていると、ゆららの変装を見抜くのは容易ではない。


「すごいよ、テソロに潜り込むためにここまで……。でもゆららさん、危ないことはくれぐれも――」


 澪は不安そうな眼差しを向ける。

 例のウワサ――売春の件を心配しているのだろう。


「大丈夫よぉ澪ちゃん。そっちは問題ないからぁ」


 エレナはウインクを返した。

 暗躍のエキスパートならではの余裕だ。


「それじゃあさっそく行ってくるわぁ。夕暮れまでまだ時間があるしぃ」


 そしてゆららは食堂を出ていく。

 が、そのまえに声を変えて澪の前に立つと、


「じゃあね、澪チャン! 美味しいゴ飯作ッテ待っててネー!」


 ふざけながらハグして、ほっぺにキスをした。


「じゃーネー!」


 今度こそ手を振りながら去っていくエレナ。

 数瞬おくれて澪は顔を真っ赤にした。


「あわ……あわわわ! わたしがんばってご、ご、ご飯つくりますのでっ!」


 そう言って調理場へと駆けていくと、ガッシャンと食器が落ちる音がする。

 動揺が激しい……。


「はは、いよいよクライマックスって感じだな!」


 うららが八重歯を光らせて笑う。

 今回の作戦次第で、事件の進展に大きな変化があるかもしれない。

 妹のスキルに全幅の信頼を寄せているうららはドンと構えるが、しかしその横で迷子は顎に指を当てたまま考え込んでいた。


「? どしたよ迷子?」


「ん~……あとちょっとなんですよ」


「え?」


「なんかこう、モヤっとした違和感があるんです。点が線に繋がるような、そんな気がして……」


 迷子はこめかみを押さえる。

 釈然としないこの気持ちを、うまく言葉にできない。


「なにか見落としてる気がするんです」


「見落とすだって?」


「む~……迷ってる場合じゃありませんっ! ちょっと出かけてきますっ!」


 顔を上げると、すぐさま迷子は駆け出してしまった。

 食堂を出て、海岸のほうへと走っていく。


「ちょ、おい迷子ぉ!?」


「あれ? どうしたんですか?」


 何事かと思い、澪が調理場から出てくる。

 ひとまずうららは冷静になって、


「アイツのことはまかせろ! みおっちは夕食をたのむっ!」


 そう言って迷子を追いかけた。

 果たして迷探偵は何を思い立ったのだろう?


 澪は二人の背中を見つめたまま、茫然と包丁を持って立ち尽くしていた――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回もお時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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